スーツの男
絢瀬と玲佳が屋上で会話をした翌日。四月十七日 金曜日
絢瀬はいつものように、登校中に襲い掛かる恋敵たちを蹴散らしていた。
「……たくっ、どこまで増えるんだよ」
絢瀬の足元には二十人近くの屍の山が築き上げられている。ここのところ、登下校中はボーナスタイムと言わんばかりに襲撃者が現れていて、その人数は変わらず増加し続けている。そのため最近は一人で登校しているのだが、今日はいよいよ遅刻になってしまいそうだ。
「で、これで満足か? 僕もう学校行かなきゃなんだけど」
近くの屍を見下ろして絢瀬が話しかけると、
『ぐ、ぐがぁ……、し、しかたねえ、今日のところは、こ、これで見逃してやるよ、グボァッ』
屍が血を吐きながら許してくれたので、絢瀬は急いで学校へと走り出す。
おそらくホームルームには間に合わないが、一時間目にはギリギリ滑り込めるかもしれない。
「急がないと……」
絢瀬が実際に学校に着く頃には、既にホームルームは終了していたようだった。校舎を歩いてると、一時間目の特別教室に移動する生徒たちとすれ違う。
遅刻した生徒は一度職員室に行って遅刻届を書かなければならないため、まず絢瀬が目指さなければいけないのは職員室である。
絢瀬が職員室の前まで行くと、丁度担任の半田が部屋から出てくるところだった。手間が省けた、半田に遅刻届の用紙を貰おう───そう考えて絢瀬が半田に挨拶をする。
「───おう絢瀬か、おはよう。遅刻とは珍しいな」
「おはようございます、半田先生。いやあ、ちょっと変なのに絡まれまして」
「……んん? ああ、一宮絡みか」
『絡まれる』と聞いて、絢瀬に玲佳関係で何かがあったということを理解したらしい。
半田という教師は噂やそういった事柄に疎いらしく、最初は、特に一宮玲佳のことを気にかけたりもしていなかった。だが、普通に教師として彼女に接していると、何故だか恨みを買って命を狙われる事案が多発。彼女はモテすぎていて下手に話すと命が危ない、という結論に中年なりになんとかたどり着いたらしい。
加えて、彼女の周りでは常に暴力沙汰の事件が起こっているため、そのトラブルの対処にも日々奔走させられている。一宮玲佳周りでも屈指の苦労人である。
「まったく、一宮も大変だな。モテすぎるってだけでこんなんになるんだから……」
思わず、半田も教え子に同情してしまう。
「てか、先生の方こそ大丈夫なんですか? 授業中に一宮さんを指名したってだけで、車のブレーキホースが切断されてたらしいじゃないですか。そんなの、一歩間違えれば大事故ですよ」
「───幸い、愛車が廃車になっただけだから問題ない。犯人も既に指導済みだ」
仕事として接しているだけでも、彼女に関わればこんな扱いを受けてしまう。
「……はあ、まあいいや。ほれ、遅刻届。さっさと書いちまえ」
半田は持ってた授業資料の中から、遅刻届を取り出した。
絢瀬はお礼を言って、遅刻届に到着時刻やらなんやらを記入していく。
「あ、そうだ。絢瀬これも持っとけ」
ペンを走らせていると、半田が同じ用紙をもう一枚渡してきた。
「なんです……それ?」
「今日、浅倉もまだ来てないんだよ。だから、もし来たらお前が渡してやってくれ」
「……え? 華火、まだ来てないんですか?」
「ああ、まだだが……。俺はてっきりお前と一緒に遅刻してんのかと思ってたよ。本人からも遅れるってメールが来てたし」
(あの華火が遅刻? どうしたんだろ)
疑問に思う絢瀬だったが、ここで後ろから自分を呼ぶ声がしたので一旦振り返る。すると、後ろには平良修平が居て絢瀬のことを手招きしていた。
(……?)
「絢瀬──ちょっとこっち来い」
それだけ言うと、平良は絢瀬の首根っこを掴んで、無理やり人気の少ない中庭へと歩き出してしまった。半田は口をポカーンと開けて、引っ張られる絢瀬を見送っている。
「───なんだよ、平良。こんなところまで連れてきて」
絢瀬が疑問を口にするが、平良はそれに答えずに先に別の疑問をぶつけてきた。
「絢瀬、お前浅倉と一緒じゃなかったのか?」
平良は。半田と同じようなことを言ってきた。
「え? うん、最近は僕が襲われすぎるからって別々に行ってるし」
「……、」
「おい、どういうことだ平良。さっきから深刻な顔して」
平良は焦ったような、切迫感のある表情をしていて、
「……今朝な、登校中にスーツの男たちに襲われたんだよ」
「スーツの男?」
服装だけを言われてもいまいちピンと来ず、絢瀬はつい言葉を繰り返してしまう。
「これまでもお前に巻き込まれて、変なのに絡まれることは多少あったが、今日の、……そのスーツのやつらは少し毛色が違ったんだ。俺を潰しに来るというよりは、俺を捕まえようとする動きというか──」
「捕まえるって、平良のことをか?」
「……ああ。あいつら、いきなり俺を大勢で囲って車に乗せようとしてきた。偶然通りかかった東さんが居たからそっちに逃げてやり過ごせたが────、あれは只者じゃない。他のただ嫉妬で暴走しているような連中とは違う。きっと、明確な目的があって、その手段として動いてる組織的な行動だ」
「このタイミングでやって来た誘拐未遂……か、となるとそいつらの目的は───」
「───おそらく、一宮玲佳に関してのなんらかの脅迫」
「だから、平良だけじゃなくてもしかしたら華火も襲われているかもって、そう言いたいのか」
「そういうことだ」
「……どうだろう……? 半田先生が言うには、一応華火から連絡は来てたみたいだけど」
普通に遅刻してしまった可能性が一番高い。だが、華火が偶然遅刻をしてしまい、その連絡をした直後にその男たちに襲われた可能性だってある。そのスーツの男たちが、華火の携帯を奪って勝手に送信した可能性だって……。もしものことを考えて、確かめる必要はありそうだ。
「……ん? 待てよ、だったら連中はなんで僕を狙わなかったんだ? 今日まで僕を襲ってきた連中にスーツのやつらなんていなかったと思う。彼女と一番関わろうとしてるのは僕のはずなのに。……あくまで平良や華火はその僕と仲がいいってだけで、一宮さんとは直接の関わりがないのに……」
絢瀬が疑問を唱えると、直後に何か不自然な風が中庭を吹き抜けた。
「「───ん?」」
二人が何かに気付いたと同時、意外にも答えは頭上から降って来た。
シュタッ、と絢瀬と平良の目の前に突如として人影が現れる。
「んな──っ!」
平良が驚きの声を上げる。その人影は、かつて一度、絢瀬と戦った男。
「アンタ……、案内人!」
「よう、久しぶりだなアヤセ」
忍者の男は、風と共に再び舞い降りる。




