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傾国の少女と嫌われた少年  作者: 末乃
第二章 『案内人』
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新生活の朝

 結局、その日は病院でてのひらやその他諸々の傷を形だけ塞いでもらい、絢瀬は帰路に着いた。普通は入院なりなんなりするんだろうが、病院滞在中に恋敵ライバルとかが襲撃してくるのが怖かった。とりあえず出血さえ止められれば、絢瀬はものの数日で完治する。周囲の迷惑も考えて、病院には長く居ない方がいいだろうという判断だ。もっとも、主治医や職員が恋敵ライバルである可能性もあるのだから、入院どころか麻酔を受けることも論外であるのだが。

 そうして、帰路の途中の襲撃を軽くいなして、その足でホームセンターで防犯グッズを買いあさり、我が家を鉄壁の要塞へと変貌させたところでようやく絢瀬は眠りについた。

 つまり、四月八日 水曜日。現在時刻は朝の七時三十分である。

 絢瀬はけたたましいアラーム、とは異なる携帯から出る電子音で目が覚めた。眠い目を擦って液晶に目をやると『浅倉あさくら華火はなび』と表示されている。着信中のようだ。

 なんだ朝はやくに、と思いながら通話に出ようとするが、出るよりも先に寝室の窓をガンガンと叩く音が聞こえてきた。

 察しがついた。音を出しているのが襲撃者の可能性もなくはないが、電話がかかっているのをかんがみるに華火が窓の外にいるのだろう。家までやってきたはいいものの、要塞と化した絢瀬宅に入るに入れず、電話を掛けた上で絢瀬が寝ている寝室の窓前までやって来たというところか。

(ここ二階なのにな、どうやって登って来てるんだ)

 そう思いながら、護身用に窓に釘で打ち付けた木の板を外していく。そうして窓も開くと、予想通り浅倉華火が立っていた。一階の玄関部分の屋根に当たる下屋げやに乗っかっている。

「おっ、生きてた生きてた。昨日は大丈夫だったー?」

 軽い調子で笑って声をかけてくる華火、そういえば昨日は大勢に追い回されているところを見捨てられてそのまま別れたのだった。まるで何も無かったように振る舞う華火に思うところはあったが、絢瀬は無理やり飲み込んで、

「んー、まあなんとかね。追いかけられた方は別に問題なかったよ」

「方?」

 追いかけられた以外にもトラブルがあったのか、と不思議そうな顔をする華火。

 だが、先に窓に打ち付けられていた木の板や、玄関ドアの防犯ドアロックが気になったようで、

「てかこれなんなのー? 随分と鉄壁の要塞造ってるみたいだけど。そこまで危機的な生活になっちゃってるわけ?」

「一応だよ、寝てる最中に襲われないよう保険にね。流石に寝てるときは僕も無防備だし」

 ふーん、と興味なさそうに相槌を打つ華火、

「はあ……、いつまでも屋根の上に居るのもあれだから、とりあえず入りなよ」

 そうして、絢瀬は家に華火を招き入れた。



「───うわッ! 絢瀬その手どうしたの!」

 寝室を出てリビングに行った二人。ダイニングテーブルに腰掛ける華火が、顔を洗ったりと身支度を終えて、学ランに着替えようとする絢瀬のてのひらに巻かれた包帯に気が付いた。

「昨日、案内人ナビゲーターに会ったんだよ」

「……えっと、案内人ナビゲーター?」

「華火も聞いてたでしょ? あずま秀道しゅうどうが言ってた噂。一宮玲佳の近くに居て、護衛みたいなことしてるって奴の話」

「ああ! その人に会ったんだ」

 学ランに着替え終えた絢瀬は、食パンをトースターに突っ込んで続ける。華火も食べたがったので食パンは二枚分だ。

「会ったというよりは、襲われたの方が正しいかもだけど」

「その手、その人にやられたの?」

 絢瀬は朝食の準備をしながら、一瞬、自分の手に目をやって、

「うん、クナイとか手裏剣をぶん回す忍者みたいな奴だった。それも、かなり強い」

「傷は平気なの?」

「大丈夫、もう縫ってあるし、一晩寝たら痛みも和らいだ。それよりも───」

 絢瀬は昨日、案内人ナビゲーターからされた話を伝えた。一宮玲佳は表で見える以上に大規模に水面下から狙われていること、絢瀬やそこらの人たちの争いは意識的に放置されていること、このまま有象無象との争いを続けていれば、いずれそいつらが顔を出し、衝突する危険があることを。


「はい、これ華火の分」

 華火に、トーストと目玉焼き、サラダが乗ったプレートを差し出して、ダイニングテーブルに座る。

「悪いね、母さんでも居てくれたらもっとマシなのを出せたんだけど。うちの両親は海外行って好き勝手やってるみたいだから」

「全然いいわよ、押しかけた上にご馳走までしてもらってるんだし」

 実は絢瀬の両親は海外へと仕事に行っているため、家には絢瀬一人しかいないのだ。今の状況を考えると結果的には好都合にも思えるのだが。


「あ、そうだこれ」

 食べ始めて少し経つと、突然思い出したように絢瀬が鞄をガサゴソと漁りはじめて、何かを差し出した。

「なに、これ?」

 差し出された物を受け取った華火は素っ頓狂な声で首をかしげた。

 それは、小さいスプレーのようなものだった。中には透明の液体が入っている。

「昨日、帰りにちょっと襲われたときに、襲ってきたやつから拝借したんだ」

 絢瀬はトーストにジャムを塗りながら、

案内人ナビゲーターの話だと、今よりももっと危険なやつらが襲ってくることがあるかもしれない。中には、僕と関わってる華火や平良を襲うやつが出てくるかも。だから、そのための護身用アイテムだよ。中身は吸引した人を昏倒させる催涙スプレー、試しにかけたら速攻倒れたから役に立つと思う。有害性はないみたいだし」

 試しに匂いでも嗅いでみようかなとスプレーを観察していた華火は身体をビクッとさせ、

「へ、へえー、べんりー。てか、女の子にそんな物騒な物持たせないでよ!」

「仕方ないよ、何も起こらないとは限らないんだ。だからあくまで、何かがあったら使うお守り程度の認識で持っとけばいい。平良にも、学校着いたら似たようなアイテム渡しておくし」

「……はあっ」

 セーラー服のポケットに催涙スプレーを仕舞い、再び華火は食べ始める。

「てか、それじゃあアンタはまだ一宮さんを諦めないのね? それだけの怪我までしておいて」

「ああ、もちろん辞める気はない。また、今日も一宮さんに話しかけてみようと思う」

 一宮玲佳に関わろうとすること、それを続けることは、自分をより危険に晒すことに他ならない。なんなら絢瀬の周囲の人間だって含まれる。

 敵となるのは、学校やそこらで襲ってくる襲撃者はもちろん、今は静観している危険度の高い連中まで全てだ。だけど、そいつらを絢瀬が一人でまとめて倒してしまえばそこまでなのだ。もし絢瀬がそれら全てを弾き返せるくらいに強靭であるのなら難しいことではない。

 一宮玲佳は人と関わろうとはしない。だが、絢瀬と戦う案内人ナビゲーターを止め、絢瀬へと話しかけた昨日の素振りは、好意こそ無いが敵意や嫌悪を含むものでもなかったと思う。絢瀬のことを人間として嫌っているという可能性はあまり高くないだろう。

 だったら、蜘蛛の糸を掴むくらいの可能性ならあるはずだ。

 絢瀬がしなければならないことは単純で、彼女を取り巻く面倒くさい全てを踏み越えて、彼女の心を開かせる。ただ、それだけだ。

「ふ~ん」

 華火はどこか納得いかなげな表情をしているが、華火自身、絢瀬がそこで止まらないことを誰よりも理解している。

「さて……」

 最後の一口を口に詰め込んで、絢瀬は食洗器へと食器を並べていく。

「ごちそうさまでした、と。───よし。それじゃ、行こうか」

 高校生活二日目、玄関ドアの防犯ロックを解除して、二人は学校へと歩き出した。



 学校まであと少し、例の曲がり角までやってきた頃。

 ワイワイと騒ぐ喧騒が耳に入った。角を曲がって見てみると、紐でぐるぐる巻きに縛られて電柱の上の方から逆さに吊るされている男がいた。周囲には犯人らしき集団が居て、吊られた男に罵詈雑言を浴びせている。

 少し先を見ると、例の少女、一宮玲佳が居た。おそらく、あの吊られた男は一宮玲佳に話しかけたがあえなく撃沈し、それを見ていた群衆にボコボコにされたのだろう。

「「……」」

 少なくともこれから一年は、誰かが話しかけたりする度にこんな景色を見させられることになるのかとナーバスになってしまう。

「この国って法律とか無くなったんだっけ?」

「警察とかも一宮玲佳に関することは黙視もくししてんじゃない? 知らないけど」

(あの子の前じゃ法律なんて関係なくなるのか、恐ろしい)

 だが、考えていても仕方ない。見ているこちらも挑戦者チャレンジャー側なのだ。

 変なのに絡まれる前にさっさと横を通り抜けて、先を行く一宮玲佳を追いかける。

 当然、話しかけるために。

「一宮さん!」

 後ろから声をかけるも、玲佳は肩をぴくんとさせるだけで、そのまま止まらず先へ行ってしまった。

 話しかけたのが絢瀬ということくらいは認識しているかもしれないが、反応は芳しくない。

「……くっ」

 好きな人から返事が返ってこないというのは、思った以上に精神にこたえる。思わず口からも悔しさがこぼれ出てしまう。

 あんまり話しかけてもダメなようなら、しつこく行くのは良くないか、ここぞってところで話しかけないと──、悔しそうに絢瀬が今後の方針を練っていると、隣の華火がうげっと声を出して絢瀬から距離を置いた。

「ん?」

 好きな人と喋ると思考がそっちに集中してしまって良くない。一宮玲佳に話しかければどういう仕打ちを受けるのか、先ほど見たばかりなのにすっかり忘れていた。

 思い出したように絢瀬が振り返ると、そこには凄い顔をした武装集団がニコニコと怖い笑みを浮かべていた。

 そうして、今日も血生臭い朝から一日が幕を開ける。

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