昔馴染み
「ハア…ッ、ハアッ」
流石の絢瀬にも疲労の色が伺えた。今日だけでも東や案内人、その他諸々と連戦しているのだから当然だが、これ以上戦いが続くと絢瀬にも結構苦しいものがある。
(───ッ!)
息を整えようとする間に、道路で案内人が起き上がるのが見えた。
「まだ動けるのか……!」
警戒心を強め驚愕混じりに絢瀬がぼやく、
「アヤセ……、お前を甘く見ていた。ガキの喧嘩程度と評したが訂正しよう、すまなかったな」
想像以上の苦戦を強いられ、難色を示している案内人は再びこちらへと歩いてくる。
まだ、『絢瀬世奈』と『案内人』の戦いは終わっていない。
やるしかないか、と絢瀬が構えなおすが、別の足音があった。
そして、二人を遮るように響く声があった。
「───やめて二人とも」
艶やかで繊細な、宝石のような声。
絢瀬は既にこの声を聞いたことがある。一度聞いたら忘れるわけがない。
声の主の少女は、もう一度空き地へ踏み込もうとする案内人の隣へと並んだ。
「……、一宮、さん……」
その少女は、傾国の少女・一宮玲佳だった。
一体なんで彼女がこんなところに、と絢瀬は考える。昔馴染みだという案内人に会いにきたのか、それとも絢瀬に用でもあるのか。いいや、絢瀬に用があるのならそれこそ本人が来るのではなく案内人を経由して用を済ませるのではないだろうか。
思考していると、
「緋色、彼にここまでする必要ないでしょ?」
玲佳が、隣の案内人へと向かって話しかけていた。
(この二人、本当に昔馴染みだったのか……。てか、ひいろ……って。案内人の名前か?)
絢瀬は案内人の素性を何一つ知らない。だが、状況を考えればそれが案内人の名前だとすぐに分かる。昔馴染みならば玲佳は知っていて当然だ。
「こんなに大暴れして……、あなたも彼も血塗れじゃない……」
呆れるような玲佳の問いかけに対して、案内人は食い気味に、
「しかし、レイカさん! あの男は、そこらの有象無象とは違った! 甘く見るべきじゃない。奴が今の全体のバランスに影響を及ぼす恐れだって───」
「───彼はただのクラスメイト、それ以上でもそれ以下でもない。だから、余計に手を加えないで」
遮って、なだめるように案内人へと強く制止を促す玲佳。
そして、案内人が黙ったのを確認して玲佳は絢瀬の顔を見た。思わず絢瀬もドキッとしてしまう。
「絢瀬くん、だよね?」
「は、はい。絢瀬です」
名前が合っているのか不安なのか、玲佳は確かめるように話し始めて、
「ごめんね、いきなり。……こんな風に襲わせちゃって」
申し訳なさそうに少女は、
「襲撃なんかしておいて何様かと思うだろうけど、緋色も誰かを傷つけようとしてこんなことをしているんじゃないの。私が原因でこんなことをさせてしまっているだけで、彼自身は悪い人ではないの」
隣の案内人はバツが悪そうな顔をしていて、
「もう二度とこんなことしないように私からきつく言っておくから。だから、今日は本当ごめんなさい。……あ、あとこれ、少ないけど」
玲佳は何かを地面に置くような素振りをして、
「緋色」
「はい……ッ」
玲佳の呼びかけに反応した案内人が煙玉のようなものを放ち、
───二人とも、姿を消してしまった。
つい呆然としてしまう絢瀬だが、玲佳が立っていたところまで歩くと、細長い茶封筒が落ちていた。中にはそれなりのお金が入っていて、治療費にでもしてくれという意図かもしれない。
「……、」
茶封筒を手にして、絢瀬はしばらく誰もいない空き地で一人考えていた。
一宮玲佳の持つ影響力、表に出ていないだけで彼女を狙っている裏の世界の住人たち、そして案内人。今の戦いでほんの少しだが垣間見ることが出来た。絢瀬がまだ知らない、彼女を取り巻く環境の全体像が。
絢瀬はまだ彼女のことをほとんど知らない。彼女に挑戦するのなら、その無知を無くしていかなければ足掛かりも見えてこない。
そう、まだ絢瀬の挑戦は始まったばっかりだ。
まずは、彼女を知るところから始めなければならない。




