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傾国の少女と嫌われた少年  作者: 末乃
第二章 『案内人』
12/19

 時刻は八時十五分。絶望的な初対面を終えて、三人は翔麗しょうれい高校の正門前までたどり着いていた。一宮(いちみや)玲佳(れいか)と会話したなんて多くの恨みを買いそうなものであるが、彼女から異常者のような目を向けられた絢瀬あやせに同情したのか、ここに来るまでに恋敵ライバルたちからの攻撃は特になかった。

「……まあ、元気出しなさいよ。インパクトだけなら十分あったし、少なくとも認知くらいはされたんじゃない?」

 かなり落ち込み、今にも倒れそうな絢瀬を華火はなびが支える。

「ちくしょう、こんなはずでは……。僕ってそんな変なやつじゃないのに……」

「そこに関しては(よう)審議(しんぎ)だけどね……」

 悔しそうにする絢瀬、ほんの数十分前までウキウキのハイテンションだったのが嘘のようだ。

「素直に、ローションばらまいた変質者がいたから、その片付けをしてあげてましたって言えばよかったのにな」

 平良が言うが、もはや後の祭りである。当時の絢瀬にそれだけ働く思考力は残されていなかった。結局得られたものは置かれたままだったローションのボトル、ただそれだけだ。


 そうして、三人が敷地内を歩き校舎を目指していると、

「おっ、あったぞお前ら。───運命のクラス表だ」

 前を歩いていた平良が、一度歩みを止めて振り返った。

 校舎の入り口にはでかでかとした紙が貼られていて、大勢の生徒の名前がつらねられている。

「そうだよ絢瀬! まだあの子と同じクラスになれるかもしれないじゃん! 全然希望はあるよ、元気出そっ!」

 励ましながら、華火が一目散にクラス表へと走っていく。絢瀬としては、出来ることならあの一宮玲佳と、少なくとも華火と平良のどちらかくらいとは同じクラスであってほしいと思う。

「……ええっと、どれどれ~」

 もう見る気力すらない絢瀬の代わりに、華火が名前を探してくれている。すると、

 ああっ! と華火が指をさしながら大きな声をあげた。それに反応して、絢瀬と平良も華火の目線の先を追う。どうやらクラスは全部で五つあり、華火が見ているのは一年四組の表らしい。華火の指は四組の上の方をさしていて、そこには、いくつかの生徒が名前順に並べられていた。

 出席番号 1 浅倉華火、2 絢瀬世奈、3 一宮玲佳、………と。

「いやったぁー!」

 絢瀬は思わず、両腕を大きく掲げて喜んでいた。この時点で、少なくとも平良以外は同じクラスであることが確定している。あの一宮玲佳と同じクラス、その事実が落ち込んでいた絢瀬のテンションをあっという間に復活させる。

 ちょっとして、その表を下の方まで眺めていた平良が、自身の名前も見つけだし、

「なんだ、俺も含めて皆同じクラスか。これはまた随分と偏ったな……」

 全員まとめて、同じ一年四組である。幸運にも絢瀬の願いは叶い、想定する中でも最も理想的なクラスが誕生した。

「ええー! やったね。二人とも! また一年同じクラスかぁ、これからよろしくね」

 華火も、見知った彼らが同じクラスであることが純粋に嬉しいようだった。

 彼らが三者三様の反応を示し、その喜びを分かちあっていると───、ふと後ろから声をかけてくる人影があった。


「そこの三人、ちょっといいかね」

 三人が振り返ると、一人の男が立っていた。華火と平良は見覚えがないが、それは絢瀬が知っている顔だった。

「あっ、アンタはさっきの……」

 そう。その男は、先ほど曲がり角にて絢瀬がライダーキックでぶっ飛ばしたあの侍男である。

「誰? 知ってる人?」

 華火が絢瀬に尋ねると、

「ああ、さっき曲がり角で戦った人だよ。早いな、もう復活したのか」

 予想以上のタフさに驚きつつ、

「先ほどはどうも、まさかここまでやるとは思ってなかったよ。いやはや、一杯食わされた」

 侍男は笑いながら絢瀬を純粋に称えた。別に怒ったりはしていないようだ。もしかしたら仕返しをしに来たのかも、と警戒していた絢瀬だが、どうやらその必要はないらしい。

「そこの二人は絢瀬殿のご学友かね? 二年のあずま秀道しゅうどうだ、よろしく頼む」

 意外と礼儀はしっかりしているのか、絢瀬の横にいる二人へ深々とお辞儀をしながら東が自己紹介をする。

「えと、浅倉あさくら華火です! どうも初めまして!」

「平良修平(しゅうへい)です。よろしくお願いします」

 これに二人も応えた。

「それで、なにかご用ですか?」

 何故わざわざ話しかけてきたのか、そもそも二年は校舎が違うはずだ。ここにわざわざ来るということは理由があるのだろう。絢瀬がその理由を尋ねる。

「……うむ。お主、とりあえずは一宮殿と話すのに成功したらしいな」

 そのとき東は気絶していたので、実際の状況は見ていない。人伝ひとづてにでも聞いたのだろうか。

「ええ、内容はともかく……。まあ、僕を認知ぐらいならしてもらえたと思いますよ」

 実際に話した内容は伏せて、絢瀬が告げる。

「───そうか」

 侍男はちょっと悔し気な顔をしたが、

「確かにさきの戦いではお主に負けたが、拙者もこれで諦めるつもりはない。一宮殿へのアタックはこれからも続けるつもりだ。今後も、顔を合わせることがあるだろうがよろしく頼む」

 東はわざわざ、一度敗れた絢瀬に対して再度の宣戦布告をしに来たようだった。

「わざわざそれを言いにきたんですか? 律儀な人ですね」

 絢瀬の顔に微笑が浮かぶ。

「フッ、だがそれだけではない。……一つ、忠告をしに来たのだ」

「忠告?」

 絢瀬と東の話を聞いていた華火が、言葉を繰り返す。

「彼女を狙う者たちも当然そうであるが、警戒すべき存在はそれだけではない」

 そう言って、神妙な面持ちのまま、

「彼女、一宮殿が人との関わりを持たないのは周知の事実である。しかし、それには一人だけの例外が存在する」

 東は、敷地内を舞う桜の花びらに目を向けながら言った。

「『案内人ナビゲーター』。そう呼ばれる者が、一宮殿の護衛を勤めている。顔も声も不明、その一切の素性は明らかになっていない。ただ、彼女の危害となり得る全ての存在を殲滅する。とてつもない腕を持つ者だ」

 東秀道、この男も他の有象無象の連中と比べたらかなりの実力を持つ強者つわものだ。しかし、その東がわざわざ忠告し、警戒を促すほどの存在。

「お主、一宮殿と同じクラスになったのだろう? これから、お主が彼女と親密になることたって考えられる。──だからまあ、頭に入れておくといい」

 言うだけ言って、東は長い髪を靡かせながらさっさと自身の校舎へと歩き出し、

「まあ、本当にそんな者が存在するのか。真偽は定かではないがな」

 満足して二年生の教室へと行ってしまった。


案内人ナビゲーター、ねえ……?」

 どこまでも抽象的でフワフワとした存在に、華火が怪訝けげんな声で言った。

「なによそれ。突然そんなこと言われても意味わかんないし。どことなく胡散臭くない?」

「ううん、彼女くらいの人だったら、そういう人がいてもおかしくはないけど……」

 自信なさげに絢瀬が答える。そのまましばし思考を続けていると、

「なあ絢瀬。一宮玲佳は常日頃、ほとんど誰とも喋らないで生きてるって話だったよな?」

 突然、確かめるように平良が確認を取ってきた。

「えっ…、うん、そうみたいだよ。彼女を知っている何人かに聞いたことあるんだけど、彼女と喋ったことのある人間なんてそういないって。僕に話しかけてくれたのも例外的だと思う」

 少し平良が考えて、

「……、でもそれって難しくないか? 家にずっと引きこもってるならともかく、学校とかじゃ最低限業務的な会話とかが必要になるだろ? そうじゃなくても日用品の買い物とか。それら全てで他人との会話が一切ないってのはちょっと無理があるんじゃないのか?」

 もしかしたら、いるのかもしれない。一宮玲佳と他者を繋ぐ仲介ちゅうかいにん。世界と一宮玲佳を繋ぎ合わせるコネクターが。

「一宮玲佳への窓口という意味での案内人ナビゲーター……」

 確かに、それが実在するのなら納得は出来る。しかし彼女は『傾国の少女』だ。彼女にとって特別な立ち位置に誰かが存在するのなら、たったそれだけの理由で大勢から命を狙われかねない。絢瀬が彼女を認知してからまだ一か月程度だが、彼女と親密である・親密になろうとする、これがどれだけ危険であるかは十分分かってきたつもりだ。もし本当にそんな人間がいるのなら、そいつは嫉妬から生まれる莫大な恨みを跳ね除けることが出来る、とてつもない強者つわものってことになる。

 ───果たして、本当にそんな人物が存在するのだろうか。

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