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傾国の少女と嫌われた少年  作者: 末乃
第一章 『傾国の少女』
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邂逅

「ええっと……」

 困惑の声を漏らしている少女。彼女は浅倉あさくら華火はなびだ、隣には平良たいら修平しゅうへいもいる。彼女らは、絢瀬(あやせ)の成功を祈りながらもしょうれい高校に登校している最中だった。

 絢瀬は上手くいっただろうか、なんて話しながら登校している二人だったが、例の曲がり角へたどり着いた途端に目に飛び込んできたのは、ローションまみれで必死にローションをタオルでぬぐう、涙目の友人の姿だった。

「───うっ、うう……」

 間違いじゃなければあの少年は本来、好きな女の子と食パンを咥えてぶつかり、運命的な出会いを果たしているはずの少年だ。たとえ、失敗したとしてもこうはならない。一体どうやったら、泣きながら道路のローションを掃除する羽目になるのだろうか。後ろを見ると、大勢の人間がぶっ倒れているし、ところどころには炎も上がっている。

「うわ、なんだよこれ! ベットベトじゃねえか!」

 気付かず、ローションゾーンに足を踏み入れてしまった平良はびっくりして声を上げている。

「うわあ……、なんかめちゃくちゃ沢山人倒れてるし……」

 そして、絢瀬の奥まで進んだ華火はその戦場の跡に気付き声を上げている。

「ち、違うんだよぉ…、僕はキチンとあの戦場を制してやり遂げたんだ……。ただ、ラッキースケベ狙いの変態が紛れ込んでいたってだけで…、そいつがヌルヌルの置き土産を置いていきやがったってだけで……」

 半べそをかきながら絢瀬は弁明するが、二人からしてみれば何を言っているのか欠片も分からない。何を言っているんだコイツという冷ややかな目線が向けられる。

「そ、そうだ! 二人も片づけ手伝ってよ! まだ、()()ここを通ってないんだ。三人でやればなんとか片付けきれるかも!」

 ローションでヌルヌルのラッキースケベ的展開は、絢瀬の望む初対面の演出ではなかったらしい。だから、時間がない中でも必死に必要のないローションを片付けているのだろう。

 しかし、それをやるには遅すぎた。

 ───コツン、とローファーが地面を叩く音がした。

 涙目で四つん這いになっている絢瀬も、その横に立って倒れた人たちに驚いている華火も、ヌルヌルの地面を歩くのに苦戦している平良も、三人の視線がその一点に集中した。


 傾国の少女・一宮(いちみや)玲佳(れいか)、彼女が既に目の前まで歩いてきていた。

「「……っ!」」

 華火も、平良も、声を出そうとしたが出せなかった。彼女の登場によって瞬く間に空気が変わった。自然と少女に目を奪われ、あまりの美しさに思考が鈍る。

 当然、絢瀬も硬直していた。以前初めて見かけたときには、五分以上も思考が停止し、そのも二週間は引きずったのだ。計画を失敗してしまったことも含めて、頭の中は大量の情報でパンク寸前だろう。

 一宮玲佳はまだこちらに気付いておらず、視線を下げて歩みを進めている。

 だが、二、三歩あるいたところで、四つん這いになっている絢瀬が視界に入ったのか、彼女は歩みを止めた。

 絢瀬世奈と一宮玲佳の視線が、交錯する。

 

「───へっ?」

 傾国の少女・一宮玲佳が最初に発した声、それは困惑のものだった。少女は驚いた顔をして、目を丸くさせたまま固まっている。

 高校への初登校の最中、所々にローションをつけた男が涙目で四つん這いになっているのだから当然のことではあるのだが。

 しかしこれは、一宮玲佳にとって非常に珍しいことでもあった。

 一宮玲佳が人と関わることはほとんどない。それは彼女の性質的なもので、人とは極力話さない、目も合わせない、話しかけられても出来る限りは無視をする。それが、現在の彼女のコミュニケーションの全てだった。

 一宮玲佳から感情を声に出させた時点で、実はかなりの偉業を成し遂げらているのだが、残念なことに絢瀬はそれどころではない。絢瀬は初めて聞くことが出来た彼女の綺麗な声に感極まり、涙がこぼれないよう努力するので精一杯だろう。


 しばらく、絢瀬世奈と一宮玲佳は互いに見つめあっていた。そして、数秒を経て、先に口を開いたのは意外にも一宮玲佳の方だった。

「───な、なにをしているんですか?」

 全くもって、ごもっともな質問である。流石の一宮玲佳も気になってしまったのだろう。彼女が自分から声をかけるなんて、何年振りのことだろうか。

 これに対し、絢瀬は回らない頭で逡巡しゅんじゅんしながらも必死に答えを考える。

「えっと、これは…、その」

 どう言うべきか、必死に考える絢瀬だが、このローションの惨状を納得させる言い訳が全く思いつかない。もはや、頭がキチンと働いていてもこれに完璧な回答を用意するのは難しい気がする。だが、なんとかして言葉を紡ぎだす。折角話しかけられたのに、返事も出来ないのでは初対面の印象が最悪だ。

 『高校』、『新入生』、『通学路』、『朝』、『ローション』、これらの現状に対して、必死に記憶や経験から導き出した答えがこれだ。

「ぼ、僕もここの新入生でね! 部活の朝練で、その…、体験入部で、ローションを……していたんだよ……」

 残念ながら、道路にローションを撒く部活など存在しない。

「えっ…、これ、ぶ、部活、なんですか?」

「───そ、そう! うん。……相撲部だよ、相撲部! 相撲は体幹が命だからね! ローション相撲をすることで体幹を鍛えていたんだ!」

 翔麗高校に、相撲部は存在しない。

 加えて言うなら、相撲部がローション相撲で体幹トレーニングをすることもまず無い。

「…………、そうだったん、です、ね。……すみません話しかけちゃって。…朝早くから、精が出ますね、ご立派です! が、頑張ってください!」

 タタタッ、と四つん這いのヌルヌル相撲部の横を駆けながら、その少女は去っていった。

 そしてその目は、完全に異常者を見る目をしていた。


「「「………」」」

 残された三人には、重い沈黙が続いていた。


 これが、絢瀬世奈と一宮玲佳の初対面、傾国の少女と平凡な高校生の出会いである。

 出会いなんて、結局はそんなものである。

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