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「あ……ああ……」
ノアは崩れ落ちそうになる膝を、盾を支えにして耐えた。
もう、魔力は空だ。腕の骨はとっくにヒビが入っている。
(お父様、お母様……ごめんなさい。やっぱりノアは、お役に立てませんでした……)
一匹のバーニング・ウルフが、ノアの喉元を目掛けて跳躍する。
炎を纏った牙が迫る。彼女が静かに目を閉じた、その刹那。
——シュン。
耳元で、風が鳴った。
いや、それは風ではない。空間そのものが一瞬で「凪」になったような、絶対的な静寂。
「……もう、十分守っただろ」
低い、落ち着いた声が聞こえた。
ノアが目を開けると、そこには漆黒の剣を抜いたばかりの、一人の青年が立っていた。
目の前にいたはずの魔物が、いない。
否、魔物だけではない。周囲にいた数十体のバーニング・ウルフが、一瞬にして「等間隔に四散して」転がっていた。
切り口は鏡のように滑らかで、熱さえ帯びていない。あまりの速さに、魔物たちは自分が斬られたことすら気づかずに絶命していた。
「な……魔法を、使わずに……?」
ノアが呆然と呟く。
彼女の視界に入る青年の背中からは、魔力の「色」が一切感じられない。ただの、虚無。なのに、その背中はどんな巨岩よりも頼もしく見えた。




