表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

俺の心が忙しいのは、全部お前のせい

 街に着くと、飲み屋はまだ開いていなかった。

 仕方なく、大衆食堂へ入る。


 店内は活気に満ちていた。

 鉄鍋の音、香ばしい匂い、忙しなく動く店員たち。


 その瞬間――


 「ちょっと、見てあの人。イケメンじゃない?」

 「よかったらこっち座りなよ〜」

 「ねぇねぇ、旅の人? あとで一杯どう?」


 店のあちこちから声が飛んできて、気づけばアレンの周りに女性たちが集まっていた。

 明るい笑い声と、距離の近い視線。

 まるで獲物を見つけた猫みたいに、彼を囲んで離れない。


 俺はアレンの向かいでスープを啜るふりをしていたが、味なんて一滴もわからなかった。

 視線は勝手にアレンへ吸い寄せられる。


 ――なんだよ、あの距離。

 ――そんなにくっつく必要あるか?

 ――護衛が仕事中に気を抜くなよ。


 そう思ったはずなのに、胸の奥がじりじりと熱くなる。

 苛立ちとも不安ともつかない感情が、喉の奥に張りついて離れない。


 そして、ふと気づく。


 ――俺は……何に腹を立ててる?


 俺がモテないからか。

 それとも――


 いや、そんなはずない。

 俺は男だ。

 たとえ身体が女になったとしても、心まで変わったわけじゃない。そんな簡単に揺らぐはずがない。


 ……なのに。


 アレンが他の誰かに向ける笑顔を見るたび、胸の奥がざわつく。

 そのざわつきの正体を認めるのが怖くて、余計に目を逸らせない。


 女性たちは次々と声をかけてくる。

 「かっこいいねぇ」「一緒に飲もうよ」と、軽やかに。

 アレンはそのたびに困ったように笑って、丁寧に断っていた。


 ――なんで、そんな優しい顔するんだよ。

 ――誰にでも、ああやって笑うのか?


 胸の奥がまたきゅっと締めつけられる。

 それが“主君としての不満”なのか、“女としての嫉妬”なのか――自分でもわからない。


 わからないからこそ、余計に苦しい。


 スプーンを持つ手に力が入りすぎて、カチャッと音が鳴った。


 その音に気づいたのか、アレンがふとこちらを見る。


 「殿下、スープ……冷めてますよ?」

 「……別にいいだろ」


 素っ気なく返したつもりなのに、声が少し尖ってしまった。

 アレンはその変化を見逃さず、じっと俺の顔を見つめてくる。


 「……さっきから、なんだか機嫌悪そうですね」

 「悪くねぇよ」

 「ほんとに?」


 アレンは身を乗り出してくる。

 テーブル越しなのに、距離が妙に近い。

 そのせいで、胸がまた変に跳ねた。


 「殿下、さっきから僕のこと……ちらちら見てましたよね」

 「み、見てねぇ!」

 「じゃあ、なんでそんなに眉が寄ってるんです?」

 「寄ってねぇ!」


 ――寄ってるのか?

 ――俺、そんなにわかりやすいのか?


 アレンはくすっと笑う。

 その笑い方が、妙に優しくて、余計に腹が立つ。


 「……殿下って、わかりやすいですよね」

 「何がだよ」

 「嫉妬すると、すぐ顔に出るところ」

 「はぁ!? してねぇ!!」


 胸が跳ねる。

 図星を刺されたようで、息が詰まる。


 否定したいのに、胸の奥が熱くなる。

 その熱が、否定を許してくれない。


 「じゃあ……」


 アレンはゆっくりと手を伸ばした。

 けれど、髪には触れない。

 触れそうで触れない距離で、指先がふわりと空気を揺らす。


 その仕草だけで、心臓が跳ねた。


 「なんでそんなに……僕の方ばかり見るんです?」

 「見てねぇって言ってんだろ!」

 「じゃあ、どうしてそんなに目を逸らすんです?」


 アレンの指先が、俺の頬のすぐ横をかすめる。

 触れてはいないのに、触れられたみたいに熱い。


 ――やめろ。

 ――そんなことされたら……俺は……。

 ――護衛として気にしてるだけだ。

 ――それとも……。


 アレンは、ほんの一瞬だけ迷うように指を止めてから──俺の髪に触れた。


 指先がそっと髪をすくい上げる。

 その動きは驚くほど優しくて、胸の奥がじんわり熱くなる。


 「……殿下、こういう顔……僕、嫌いじゃないですよ」

 「か、顔って……どんな……!」

 「僕を気にしてくれてる顔です」


 アレンは満足そうに微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ