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俺、街娘になる。百合のために

 翌日の昼。

 薄いカーテン越しに差し込む光が、ぼんやりとした温かさで部屋を満たしていた。


 俺は布団の中で丸くなり、天井を見つめながら深いため息をつく。


 「……百合展開、どうやって作ればいいんだよ……」


 昨日のスイーツ地獄と令嬢たちのBL講座が脳裏をよぎる。悪いやつじゃないけど……方向性が違いすぎる。


 (あいつら、完全に“ジーク×アレン”の世界に生きてるんだよな……俺の百合計画とは真逆のベクトルだ……)


 布団をぎゅっと握りしめる。


 「……フランソワ、今日も来ねぇのか……」


 昨日も来なかった。

 今日も来ない。


 婚約者なのに。

 俺が“重度の風邪”って設定なのに。


 (……ちょっとくらい、心配してくれてもいいだろ……)


 胸の奥が、じわりと痛んだ。


 令嬢たちとは話が合わない。

 フランソワは来ない。

 じゃあ、どこで百合展開を作る?


 (……平民の、優しいお姉さんとか……どうだ?)


 街の飲み屋で働く、包容力のあるお姉さん。

 ちょっと色っぽくて、でも優しくて、俺が困ってたら「どうしたの?」って頭を撫でてくれるような――


 想像した瞬間、胸がドキンと跳ねた。


 「……っ!!」


 勢いよく起き上がった拍子に、枕元の水差しを倒してしまう。


 ガシャーン!!


 派手な音が部屋に響いた。



※※※



 「殿下!? 今の音は……!」

 「殿下!? 生きてます!?」


 部屋の扉が勢いよく開き、ジークとアレンが飛び込んできた。


 ジークは剣の手入れをしていたらしく、布を持ったまま。

 アレンはソファで寝転んでいたのか、髪が跳ねている。


 (お前ら……自由すぎるだろ……)


 ジークは眉を寄せ、俺の周囲を素早く確認する。


 「殿下、怪我はありませんか?」


 アレンは水差しを拾いながら、にこにこしている。


 「殿下、何か楽しいことでも思いついたんですか?」


 図星すぎて言葉に詰まった。


 「……いや、その……街に行きたいんだよ」


 ジークが目を瞬かせる。


 「街に……ですか?」


 「そうだ! 街には優しいお姉さんがいるだろ!? 飲み屋とか、食堂とか……!令嬢たちとは話が合わねぇし、フランソワは来ねぇし……! だったら俺は……俺は……百合展開を掴みに行くしかねぇんだよ!!」


 アレンは感動したように手を叩いた。


 「殿下、素晴らしいです! その意気です! 百合は逃げません、追うものです!」


 ジークは困惑した顔をしたが、アレンが全力で頷くので、結局折れた。


 「……殿下がそこまで言うのなら。ですが、変装は必須です」

 「任せてください、ジーク先輩。僕の出番ですね」



※※※


 アレンはどこからともなく服を取り出した。


 「殿下、今日は“街娘”でいきましょう!」


 差し出されたのは淡いクリーム色のワンピース。

 ……までは普通だった。


 問題はその下。


 「……おいアレン。これ、なんだ」


 俺はワンピースの横に置かれた“黒のニーハイソックス”を指差した。


 アレンは胸を張る。


 「殿下の脚を世界一可愛く見せる魔法の布です!」

 「魔法じゃねぇよ!! てかお前の趣味だろ!!」

 「はい、趣味です!」


 即答すんな。


 ジークが横で「また始まった……」と天を仰いでいる。

 アレンはキラキラした目で続ける。


 「殿下、ニーハイはいいんですよ。絶対領域が生まれるんです。清楚なワンピースと黒ニーハイのコントラスト……尊い……!」

 「語るな!! 尊くすんな!!」

 「殿下が履いたら絶対似合います。僕、確信してます」

 「なんで確信してんだよ!!」


 アレンは黒縁メガネまで取り出した。


 「これで知的さもプラス。ニーハイとの相性は抜群です」

 「相性ってなんだよ!? 靴下とメガネに相性とかあんのか!?」


 ジークが小声で囁く。


 「殿下……アレンはこういう時、絶対引きません。諦めてください」

 「お前まで俺を見捨てるな!!」


 アレンはワンピースとニーハイを抱え、真剣な顔で俺を見つめた。


 「殿下。街に行くんですよね? 優しいお姉さんに会いたいんですよね?  だったら変装は完璧であるべきです。殿下が可愛ければ可愛いほど、自然に話しかけてもらえます」

 「……っ」


 妙に説得力があるのが腹立つ。


 アレンはさらに追撃。


 「それに……殿下がニーハイ履いてくれたら、僕は嬉しいです」

 「お前の感情は関係ねぇだろ!!」

 「あります。めちゃくちゃあります」


 真顔で言うな。


 だが、ここまで言われると断りづらい。


 「……わかったよ! 履けばいいんだろ、履けば!!」


 アレンはぱぁっと輝いた。


 「殿下ぁぁぁ!! 今日の日を僕忘れません!!ありがとうございます!!」


 (……なんかプロポーズ受けたみたいなリアクションだな……)


※※※



 着替えて鏡を見ると――


 そこには、清楚な街娘(脚だけ妙に色っぽい)が立っていた。


 黒ニーハイが主張しすぎている。


 「……俺、なんか……脚だけ別人みたいじゃね?」


 アレンは感極まった顔で手を震わせている。


 「殿下……最高です……! 脚が……脚が……!」

 「脚ばっか見るな!! 顔見ろ顔!!」


 ジークは耳まで真っ赤にして視線を逸らした。


 「……っ、問題ありません。似合っています。脚が……いえ、全体が」

 「お前も脚に引っ張られてんじゃねぇか!!」


※※※



 「じゃあ、行ってくるわ!」

 「僕も行きます!」


 アレンは騎士服を脱ぎ始めた。


 「ちょっ……お前、ここで脱ぐなよ!」

 「殿下の前だからいいんですよ」


 にやりと笑い、ゆっくりとシャツのボタンを外していく。鍛えられた胸筋と腹筋が、滑らかなラインを描いて露わになった。


 金髪は無造作に揺れ、切れ長の瞳が色気を帯びている。唇は薄く、笑うと小悪魔みたいに片方だけ上がった。


 (……なんだよこいつ……色気の暴力か?)


 思わず頬が熱くなる。


 アレンはその反応を見逃さず、挑発的な視線をよこした。


 「殿下、赤くなってます?」

 「なってねぇ!!」

 「ふふ、可愛い」


 そのまま黒のシャツと細身のズボンに着替え、街の青年風に仕上げていく。

 胸元は少し開き、鎖骨がちらりと覗いた。


 (……こいつ、普通にイケメンすぎるだろ……)


 街に出たら絶対モテるタイプだ。


 「ジーク、お前も来るか?」

 「……いえ。殿下の“風邪設定”を守るため、私はここに残ります」


 真面目すぎる護衛騎士は、静かに頭を下げた。

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