侍女たちの悲鳴が何よりもうるさい城
国王の私室に足を踏み入れた瞬間、俺の心臓がどくんと大きく跳ねた。
重厚な扉が静かに閉まる音が背中で響き、アレンが一歩後ろに控える気配を感じる。いつもの護衛の位置。けれど今は、ただの護衛じゃないことが俺自身一番よくわかっていた。
そして、部屋の隅のソファに、腕を組んで座っている弟の姿。
ノエルだ。
「……どうしたんです?兄上」
急に現れた俺を見て、不思議そうにする。
ノエルとデートしていたフランソワの柔らかな笑顔が思い出されて、胸がチクッと痛んだ。
国王と王妃は座ったまま俺を見上げている。
「……父上、母上」
声が少し上擦った。自分でも嫌になるくらい。
「実は……その、数日前から、俺……体が、女に、なってしまって」
言葉を絞り出すように言った途端、国王が軽く手を上げた。
「ああ、わかっている」
「……え?」
「体が女になったのだろう?」
あまりにもあっさりした口調に、俺はぽかんとする。
王妃も穏やかに微笑みながら、
「実はね、密かに報告を受けてたの。そういうこともあるわよね」
「……は、はい?」
………。
…………。
(いや、雑っ!!)
心の中で盛大に突っ込みながら、俺は思わず国王の顔を二度見した。
国王は顎に手を当て、のんびりとした調子で続ける。
「さて……王子でなくなって、王女になるのか。ふむ。衣装はどうする?」
(衣装!? そこ!?)
その瞬間、アレンが一歩前に出て、深く頭を下げた。
「陛下、王妃殿下。俺が──ルカを傷つけてしまいました」
静かで、けれどはっきりした声。
「責任を取らせてください。どうか、結婚を許していただけませんか」
俺の頭が真っ白になった。
……は?
え、今なんて?
国王と王妃が、同時に額を押さえるのが見えた。
「……やはり、な」
国王がため息混じりに呟く。
「前から妙にルカを熱い目で見ておったからのう……」
王妃も小さく笑いながら、
「アレン、あなたって本当に……」
俺はまだ状況を飲み込めずに、ただアレンの横顔を呆然と見つめていた。
その時、ソファからノエルが勢いよく立ち上がった。
「はぁ!? 結婚!?」
声が裏返りそうなくらい高くなる。
「ちょっと待てよ、アレン! お前……兄上に何したんです!? 傷つけたって……!!」
顔を真っ赤にして、アレンを睨みつける。拳を握りしめて、肩が小刻みに震え始めた。
アレンは静かに、けれど迷いなく答えた。
「その……ルカの体が女になってから、俺が我慢できなくて……」
「はあぁぁ!?」
ノエルの声が一気に跳ね上がる。
「お前……! 兄上に、勝手に……! 兄上は俺の兄上なんです! お前なんかに……!」
言葉の最後が震えて、途中で詰まる。
目がうるっと赤くなって、慌てて視線を逸らした。
王妃がくすくすと笑いを堪えながら、
「ノエル、落ち着きなさい」
国王も苦笑している。
王妃が柔らかい視線を俺に向けて、静かに尋ねる。
「ルカ。あなたはどうしたいの?」
喉がからからに乾いていた。
でも、答えはもう出ていた。
「……アレンと、結婚しても……いい、です」
自分で言ってしまって、顔が一気に熱くなる。
ノエルが、ぴたりと動きを止めた。
「……兄上?」
信じられない、という顔で俺を見る。瞳が揺れて、唇が小さく震えている。
「……嘘、ですよね?」
小さな声で呟く。
「……兄上が、そんな……アレンなんかと……」
国王と王妃は顔を見合わせ、ほとんど同時に小さく頷いた。
「ルカがそれでいいと言うなら……」
「ええ。結婚式は……そうね、来週の空いてる日で」
(来週!? 王家のスケジュール軽いな!?)
その言葉が終わらないうちに──
アレンの腕が、突然俺の腰に回ってきた。
「っ!?」
次の瞬間、俺の体がふわりと浮く。
姫抱きだ。
「ア、アレン!?」
「ルカ」
アレンは満面の笑みを浮かべて、俺をしっかりと抱き上げたまま国王と王妃に向かって頭を下げる。
「では陛下、王妃殿下。失礼します」
「ちょっと待て、おい!」
「さっきの続きを、しよう」
耳元で囁かれた甘い声に、全身がぞくっと震えた。
ノエルが慌てて駆け寄ってくる。
「待ってください! 兄上をどこに連れてくんですか!まだ話は終わってません!」
顔を真っ赤にして、アレンの腕を掴もうとする。
でもアレンは軽く身をかわして、俺を抱えたまま大股で歩き出した。
「ま、待てって! まだ話が──!」
「あとで、ゆっくりご挨拶に伺います!」
アレンの声が弾む。
国王の呆れたような声と、王妃のくすくす笑う声が背後から聞こえてきた。
そして、ノエルの焦った、掠れた声。
「兄上……! 兄上は俺の……俺の大事な……!」
ドアが閉まる寸前、ノエルが追いかけてきそうな気配を感じた。
(……ノエル、ごめんな)
アレンに抱えられたまま廊下を進む俺。
すれ違う侍女たちが、全員そろって
「きゃああああああ!!!」
と悲鳴を上げる。
……いや、悲鳴というより歓声だな、あれ。
「アレン様、ついに……!」「尊い……!」「今日の晩餐は祝杯ですね……!」
(なんでお前らのほうが祝ってんだよ!!)
アレンはというと、完全に“勝者の笑み”を浮かべていた。
「アレン、歩けるから降ろせって……!」
「だめだ。今のルカは危険です」
「危険って何が!?」
「可愛すぎて、俺の理性が……」
(おい、誰かこの男を取り締まってくれ……!)




