三体同時撃破の男
俺の胸が、ぎゅっと締めつけられる。
アレンの瞳から零れ落ちる涙が、俺の頬を伝って、首筋まで滑り落ちていく。その熱さが、まるで俺の心に直接染み込んでくるみたいで──息が、苦しい。
(……もう、駄目だ)
指先が、勝手に動いていた。
アレンの頬に触れる。濡れた睫毛に、涙の雫に、そっと指を滑らせて。
「穢れた思いなんて、言わなくていい」
掠れた声で、俺は呟いた。
アレンの瞳が、驚きに見開かれる。涙で滲んだその瞳が、俺をまっすぐ見つめてくる。
「そんな風に、自分を貶すな。アレン」
「……殿下……?」
「俺は……お前の気持ちが、嬉しい」
言葉が、喉の奥で震えた。
でも、言わなければいけなかった。
この熱いものが、胸の中で暴れ回って、もう抑えきれない。
アレンの唇が、わずかに開く。信じられない、というように。
「……ほんと、ですか」
震える声。ほとんど囁きに近い。
俺は、ゆっくりと、小さく頷いた。
それから、目を逸らさずに──
「……俺も、お前のことが大切で。好きだ」
小さな声だった。けれど、確かに届いた。
次の瞬間、アレンの瞳が大きく見開かれ、喜びが溢れ出す。
「──っ!」
彼の腕が、俺を強く抱きしめた。
熱くて、力強い腕。俺の背中を、ぎゅっと、壊れそうなくらいに締めつけてくる。
「ルカ……!」
名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が熱く痺れた。
(……ルカ、だって)
今まで一度も、こんな風に呼ばれたことがなかった。
殿下じゃなくて。ルカ。
アレンが、俺の名前を、こんなにも柔らかく、愛おしそうに呼ぶなんて。
心臓が、激しく鳴る。嬉しくて、恥ずかしくて、たまらない。
アレンは俺を抱きしめたまま、顔を俺の首筋に埋めてくる。熱い息が、肌を撫でる。
そして、ゆっくり顔を上げると──
また、唇が重なった。
今度は、先ほどよりもっと深く、もっと貪るように。
艶やかな舌が、俺の唇を割り、絡みついてくる。熱くて、甘くて、情熱的で。
アレンの舌先が俺の舌を追いかけ、絡め取り、吸い上げるたび、頭の奥が白く溶けていく。
恥ずかしいのに、止められない。
アレンの手が、俺の髪に滑り込む。指先が、優しく、けれど熱っぽく髪を梳いて、耳の後ろを撫でる。
(……好きだ。好きすぎて、狂いそう)
俺の体が、熱くなる。女の体が、こんなにも敏感だなんて、知らなかった。
徐々に、空気が変わっていく。
甘い熱が、どろりと濃くなっていく。
アレンの体が、ゆっくりと俺を押し倒す。
彼の体重が、俺の上にのしかかってくる。
熱い。重い。なのに、心地いい。
アレンの胸が俺の胸に密着し、鼓動が直に伝わってくる。速くて、激しくて、俺の心臓と共鳴するみたいに。
彼の膝が俺の脚の間に滑り込み、腰を沈めてさらに深く体重をかけてくる。
アレンの手が俺の腰を掴み、指が布越しに肌を強く押さえる。
熱い掌が、俺の体を覆うように這う。
首筋に唇が触れ、軽く吸われて、ぞくりと背筋が震えた。
アレンの吐息が耳元で熱く、俺の髪をそっとかき分けて、耳たぶに舌を這わせる。
(……重い。アレンの重さが、こんなにも……俺を包み込んでくる)
心臓が、早鐘のように鳴り響く。
体が、勝手に反応してしまう。アレンの熱に、溶かされそうになる。
でも──
「待て、アレン!」
慌てて、俺は彼の胸を押した。
アレンの動きが、ぴたりと止まる。
息を乱しながら、俺を見下ろす瞳が、熱を帯びたまま揺れている。
「……まだ、早い」
俺は、顔を真っ赤にして、目を逸らした。
「お前は……経験豊富かもしれないけど、俺は、そうじゃないんだ」
王族として育てられた俺は、こんなこと──触れ合うことさえ、ほとんど知らない。
まして、女の体で、こんな風に誰かを──
アレンは、俺の頬にそっと手を添えた。親指で、優しく撫でる。
「ルカ」
また名前を呼ばれて、胸が震える。
「ルカの気持ちがあるうちに、関係を確かなものにしたかったんです」
アレンがそう言ったあと、ふいに視線を泳がせた。
「……それに、その……」
声が小さくなる。さっきまであれほど情熱的だった男が、急に口ごもるなんて珍しい。
「なんだよ、言え」
促すと、アレンはますます言いづらそうに、俺の肩口あたりを見つめながら、もごもごと続けた。
「……ルカを狙ってる人、多いですし……」
「は?」
「だ、だって……ジーク先輩とか……フランソワ様とか……他にも……その……」
語尾がどんどん小さくなっていく。
「お前……嫉妬してたのか?」
思わず吹き出しそうになるのを堪えると、アレンは耳まで真っ赤にして、むっと唇を尖らせた。
「……しますよ。しますけど……言いたくなかったんです」
「なんでだよ」
「だって、ルカに引かれたら嫌だから……」
その小さな声が、胸の奥にじんと染みた。
こんなにも真剣に、俺のことを想ってくれていたなんて。
「……馬鹿だな」
俺は、そっとアレンの頬に触れた。
「そんなことで引くわけないだろ」
アレンは一瞬きょとんとしたあと、安堵したように微笑んだ。
「……俺はお前のことが好きだから、心配するな」
俺は、アレンの目を見つめて、ゆっくり言った。
「でも……もし俺が、男に戻ったら? お前はどうするんだ?」
アレンは、一瞬も迷わなかった。
「男でも、女でも……大好きです」
迷いがない。まっすぐで、熱い言葉。
俺の胸が、熱くなる。
涙が、にじみそうになる。
「……ありがとう」
小さく呟くと、アレンはふっと笑った。
柔らかくて、甘い笑顔。
その笑顔を見ていると、また空気が変わり始める。熱っぽい視線。絡みつくような空気。
「……おい」
俺は、軽く睨む。
「また、そんな目で見るな」
アレンは、くすりと笑った。
「だって、ルカが可愛いから」
その言葉に、俺までつられて笑ってしまう。
頬が熱い。恥ずかしいのに、嬉しい。
「……もう」
小さく笑いながら、俺はアレンの手を握り返した。
「国王と王妃に……俺が女体化したこと、そろそろちゃんと報告しないとな」
少し声を落として、続ける。
「一緒に、ついてきてくれないか?」
アレンは、迷わず、力強く頷いた。




