その涙、反則だろ……
……唇が離れた瞬間、アレンは俺の額に自分の額を押しつけたまま、凍りついたように動かなくなった。
互いの息が、熱く、乱れて、絡み合っている。
俺の胸は、息が詰まるような苦しさに支配されていた。
アレンの睫毛が、俺の頬に触れるほど近くで震え、その先端に光るものが、次々と溜まっていく。
堪えきれず、一粒、また一粒と、熱い涙が俺の肌に落ちてくる。
「……っ」
アレンは、喉の奥で小さく嗚咽を飲み込む。必死に目を閉じて、涙を止めようとしているのに、止まらない。
その震えが、俺の心を直接抉る。
(……アレン。お前が泣くから……俺まで、壊れそうになる)
俺は、思わず彼の背中に手を伸ばしかけた。
この腕で強く抱きしめて、震える体を全部包み込んで、「もう泣かなくていい」と囁いてやりたい。
その衝動が、胸の奥から爆発しそうになる。
でも──指先が、ぴたりと止まる。
(……抱きしめたら、終わりだ)
女の体で、男の心を抱えたまま。
アレンの唇の熱が、こんなにも嬉しくて、こんなにも深く刺さるのに、俺はこの体で、彼を本当に受け止められるのか?
男として、護衛として、俺はアレンをどうしたいのか?
自分でもわからない。
フランソワの穏やかな笑顔が、ふと頭をよぎる。
あの人は俺を、ただ政略結婚の相手とみてる。
恋愛の対象としてなど、思っていない。
それなのに──なぜ今、アレンの涙を見ていると、フランソワの顔が罪のように胸に重くのしかかるのか。
俺は何を求めている?
アレンを? それとも、ただ誰かに必要とされたいだけなのか?
この体が、俺の心を裏切る。
アレンの熱に溶かされそうになるたび、俺は自分自身を呪いたくなる。
アレンの肩が、びくりと震える。
彼の指が、俺の服の裾を弱々しく掴んだまま、離さない。
「……殿下」
掠れた声が、ほとんど泣き声だ。
「僕……こんな、情けない姿を……殿下に見せたくなかった」
涙が、また俺の頬に落ちる。
その一滴が、俺の心をさらに深く抉る。
「……アレン」
俺は、声を絞り出した。
震えていた。
「泣くな」
でも、その言葉がアレンをさらに追い詰めるみたいで、彼の肩が、激しく震えた。
「ごめん……なさい。殿下に……こんな、穢れた想いを……押しつけて……」
言葉が途切れるたび、アレンの指が、俺の服を強く握りしめる。
でも、すぐに力を抜いた。
まるで自分を戒めるように。
俺は、ただ見つめることしかできなかった。
アレンの瞳は、濡れて、赤く、今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えている。
護衛として鍛え上げられたはずの、強い瞳が、こんなにも脆く見えるなんて。
「……もう少しだけ」
突然、アレンが掠れた声で呟いた。
俺の額に押しつけた額が、わずかに離れ、彼の瞳が、涙で滲みながら俺を捉える。
「……このままでいてください」
その言葉は、懇願に近かった。
今離したら二度と触れられないと知っているかのように。




