ちょっと待て、俺の初キス返せ
アレンは一歩下がり、もう帰ろうとした。
その背中が、やけに遠い。
「……アレン」
呼び止めると、彼は静かに振り返った。
けれど、その瞳はどこか曇っている。
「はい、殿下。何か──」
言い終わる前に、俺は思わず手を伸ばしていた。
「……怒ってるのか?」
アレンの肩がわずかに揺れる。
「怒ってなど……いません。ただ……」
そこで言葉が途切れた。
アレンは唇を噛み、視線を落とす。
「……僕は、殿下の“護衛”です。殿下が誰に心を向けようと……口を挟む資格はありません」
そう言う声は、ひどく苦しげだった。
(……なんでそんなに苦しそうなんだよ)
胸が締めつけられる。
「アレン。お前……」
問いかけようとした瞬間、アレンが一歩だけ近づいた。
距離が縮まる。
息が触れそうなほどに。
「……殿下が、あんな顔をするから……」
「え……?」
アレンの瞳が揺れる。
嫉妬と、焦りと、どうしようもない想いが混ざった色。
「フランソワ様に触れられて……そんなに嬉しそうにして……僕は……どうすればいいのか、分からなくなるんです」
その声は震えていた。
次の瞬間──
アレンの両手が、そっと俺の頬を包み込んだ。
驚くほど熱くて、わずかに震えている指先。
「……忘れられないようにしたいなんて……本当は、思ってはいけないのに」
掠れた、ほとんど吐息のような声。
アレンの額が、俺の額にそっと触れる。
一瞬、互いのまつ毛が絡み合う距離で時間が止まる。
そして──
彼は目を閉じ、まるで最後の赦しを乞うように、ゆっくりと、けれど確実に俺の唇に自分の唇を重ねた。
柔らかくて、熱くて、どこか泣きそうな味がした。
最初はただ触れているだけだった。
けれど、すぐに抑えきれなくなったように、アレンの指が俺の髪の後ろに滑り込み、もう片方の手は首の後ろを優しく、でも必死に引き寄せる。
深く、けれど壊れ物を扱うような、切なさでいっぱいのキス。
舌先が触れ合った瞬間、胸の奥が甘く痛んだ。
俺の息が乱れるたび、アレンの吐息も震えて、まるで二人の心臓が同じリズムで暴れているみたいだった。
どれだけ時間が経ったのかわからない。
やがてアレンは、名残惜しそうに、ゆっくりと唇を離した。
けれど、額はまだ触れ合ったまま。
互いの荒い息が混ざり合っている。
「……申し訳ありません。殿下に……こんなことをするつもりじゃ……」
謝る声は途切れ途切れで、震えていた。
伏せられた睫毛の先には、うっすらと光るものが溜まっているように見えた。




