いやなんでお前が!?
フランソワが部屋を出ていったあと、俺はしばらく、ベッドの上で呼吸すら忘れていた。
(……なんだよ、あれ……昨日までの態度と別人みたいじゃねぇか……)
胸の奥がざわつく。
期待なんてしちゃいけないのに、どうしようもなく心が浮き上がってしまう。
(……でも、あれは“婚約者としての礼儀”……だよな……)
そう言い聞かせても、耳に残る柔らかな声も、手に触れた指先の温度も、まるで消えてくれない。
(……やばい……ときめいた……)
顔を覆った、その瞬間──
扉がそっと開いた。
「殿下、失礼します。……様子を見に来ました」
アレンだった。
昨日のことがあるからか、いつもより慎重な足取りで近づいてくる。
「……フランソワ様が来られたと、マリンから聞きました」
穏やかな声。
けれど、その奥に張りつめたものがある。
「……あ、ああ。さっきまで……」
言いかけた瞬間、アレンの視線が机の上の包みに吸い寄せられた。
フランソワが置いていった“お見舞いの品”。
アレンの表情が、ほんの一瞬だけ固まる。
「……これは、フランソワ様が?」
「う、うん……その……俺のために……」
言った途端、アレンの瞳がわずかに揺れた。
痛むように、切なげに。
「……そうですか」
驚くほど静かな声だった。
アレンはゆっくりと包みに近づき、指先が触れそうな距離で見つめる。
「……殿下は、嬉しかったのですね」
「え……?」
「フランソワ様が……殿下のために選んだ贈り物を。その……とても、嬉しそうに見えます」
胸が跳ねる。
アレンは俺の顔を見ない。
ただ、包みだけを見つめたまま続ける。
「……殿下は、フランソワ様のことが……お好きなのですか」
あまりにも静かで、あまりにも優しい問いだった。
だからこそ、胸が締めつけられる。
「す、好きってほどじゃ……ない。ただ……その……綺麗だし、優しいし……」
言いながら、顔が熱くなるのが分かった。
アレンの指先が、かすかに震えた。
「……そう、ですか」
その声は、ひどく小さい。
アレンはゆっくりと顔を上げた。
けれど、その瞳はどこか遠い。
「……殿下は、フランソワ様に触れられたのですか」
「え……?」
「マリンが……“フランソワ様が殿下の手を取っていた”と……」
(……見られてたのか……)
アレンの表情は崩れない。
けれど、声がわずかに震えていた。
アレンは、ゆっくりと目を伏せる。
「……殿下が誰を好きでも。僕には……殿下をお守りする役目がありますから」
正しい言葉。
正しいはずなのに──
(……なんでそんな顔すんだよ)
胸が痛む。
昨日、俺を抱きしめてくれた時のアレンとは違う。
あの時は、俺の痛みに寄り添ってくれた。
でも今は──
俺が“フランソワにときめいた”ことに気づいて、静かに傷ついている。
「アレン……」
呼びかけると、彼は微笑んだ。
けれどその笑顔は、 昨日の温かさとは違っていた。
「殿下。どうか……お休みください。フランソワ様も、ノエル様も……殿下のことを案じておられます」
深く頭を下げるその仕草が、妙に遠く感じた。
(……アレン……なんでそんな顔すんだよ)
胸の奥がじんわりと痛む。
フランソワの優しさにときめいたはずなのに、アレンの寂しそうな笑顔が、それ以上に胸に刺さって離れなかった。




