好き…いや好きじゃ…いや好き!!
翌朝、鏡に映る自分の顔は、ひどく情けない。
(……昨日、泣きすぎたせいだな)
ベッドに沈み込みながら、昨日の出来事がじわりと蘇る。
アレンが必死に抱きしめてくれたこと。
ジークが何度も扉の前で声をかけてくれたこと。
それなのに──俺は二人とも追い出して、部屋に籠もってしまった。
「殿下、せめてお食事だけでも……」
「……今は誰とも話したくない」
ジークの低い声は、いつもよりずっと柔らかかった。
アレンは扉越しに何度も「大丈夫ですか」と呼びかけてくれた。
それでも俺は、二人の心配を全部拒絶した。
(……最低だな、俺)
胸がちくりと痛む。
落ち込むのは自分らしくないと分かっている。
こんなふうに塞ぎ込んでいたら、余計に情けなくなるだけだ。
(よし……もうやめよう。俺は俺だ。こんなことで折れてられねぇ)
そう気持ちを立て直そうとした、その時だった。
──コン、コン。
控えめなノックが響く。
(ジークか……アレンか……? どっちにしても、昨日のこと謝らねぇとな)
そう思いながら返事をしようとした瞬間、扉がそっと開いた。
「失礼いたします、殿下」
入ってきたのはメイドのマリンだった。
その後ろに、もう一人──
「……っ」
思わず息が止まる。
そこに立っていたのは、フランソワだった。
深い青の瞳は湖面のように澄んでいる。
白い肌は光を受けて柔らかく輝き、仕立ての良いドレスが彼女の気品を際立たせていた。微笑みは、どこか気品と優しさを含んでいた。
(……なんだよ……綺麗すぎるだろ……)
見惚れてしまった自分に気づき、慌てて咳払いする。
そうだ──俺は“風邪で休んでいる”ことになっているんだった。
「……げほっ、げほっ……す、すまない。少し……喉が……」
必死に風邪の演技をすると、フランソワは驚くほど優しい表情を浮かべた。
「無理をなさらないでくださいませ、ルカ殿下。お顔色が優れません……本当に、ご心配で……」
(……え、誰……? お茶会で俺を完全無視してた人と同じ……?)
お茶会での冷たい態度とはまるで別人だ。
声も柔らかく、言葉遣いも丁寧で、俺の体調を気遣う視線は真っ直ぐで温かい。
胸がどくんと跳ねた。
(やばい……!ときめく……!!コミュ障の俺、でてくるな……!)
王子らしく振る舞いたいのに、うまく言葉が出てこない。
「え、えっと……その……来てくれて、ありが……」
「殿下、こちら……お見舞いの品をお持ちいたしました」
フランソワがそっと包みを差し出す。
その瞬間、昨日の光景が脳裏をよぎった。
──ノエルと二人で買い物していた姿。
──寄り添うように歩いていた距離の近さ。
──フランソワがノエルに向けていた柔らかな笑顔。
(……これ、昨日ノエルと買ってたやつ……?)
胸がきゅっと締めつけられる。
けれど──
(……でも、俺のために……持ってきてくれたんだよな)
複雑な気持ちの中に、どうしようもなく嬉しさが混ざってしまう。
フランソワの指先が、そっと俺の手に触れた。
「どうか……早く良くなってくださいませ、ルカ殿下」
その優しい声に、心臓がまた跳ねた。
(……やめろよ……そんな顔されたら……)
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
フランソワが差し出した包みを受け取った瞬間、
俺の心臓はありえない速度で跳ね上がった。
「……お気に召すと良いのですが、ルカ殿下」
柔らかい声。
優しい眼差し。
昨日ノエルに向けていた笑顔と同じ──いや、それ以上に優しい気がする。
(や、やめろ……そんな顔で見んな……! 心臓が死ぬ……!)
王子らしく「ありがとう」と言うだけでいいのに、口がうまく動かない。
「えっ、あっ……あの……その……うん……いや、うんじゃなくて……」
語彙力が死んだ。
フランソワが小首をかしげる。
「……殿下? お辛いのですか?」
「つ、つら……? いや、つらくは……つらい? いや、つらくない……つらい……?」
(何言ってんだ俺ーーーーー!!)
脳内で自分が土下座しているのが見える。
フランソワは心配そうに一歩近づいた。
「お顔が赤いようですが……熱が上がっているのでは?」
「っ!? あ、ああああああああああああああああああああ!!」
思わず変な声が出た。
フランソワがびくっと肩を揺らす。
「で、でででで大丈夫だ!! だいじょぶ!! だいじょぶだから!!」
(落ち着け俺!! 王子だろ!? なんで“だいじょぶ”連呼してんだよ!!)
フランソワは逆に慌てたように両手を胸の前で揃えた。
「そ、そんなに無理をなさらなくても……! あの、もしよろしければ……お水を……」
「み、みみみみ水!? あっ、いや、みず……水……飲む……飲むよ……?」
(語彙力どこ行った!?)
フランソワは「やっぱり具合が悪いのでは」と本気で心配している顔だ。
その優しさが、逆に俺のコミュ障を加速させる。
(やめてくれ……そんな優しい顔……俺に向けるな……! 惚れる……いやもう惚れてる……いや惚れてない……いや惚れてる……)
脳内が大渋滞していると、
フランソワがそっと微笑んだ。
「殿下が少しでも楽になりますように……。……お気に入りいただければ嬉しいです」
「……あ、ありがと……」
やっとの思いで言葉を絞り出すと、
フランソワはほっとしたように微笑んだ。
その笑顔に、また心臓が跳ねる。
(ああもう……無理……好き……いや好きじゃない……いや好き……)
俺のコミュ障は、今日も絶好調だった。




