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俺の口、今日で引退

 俺の部屋の扉を、アレンが足で軽く閉める。

 カチャリ、という小さな音がやけに大きく響いた。


 「……ルカ」


 アレンの声が、耳元で低く響く。

 敬語なのに、どこか甘ったるくて、俺の背筋をぞくりとさせる。


 そのままベッドの方へ歩いて、俺をそっとシーツの上に下ろした。


 次の瞬間、アレンの体がゆっくりと、けれど確実に俺の上に覆い被さってくる。


 重みと熱が、俺を包み込む。

 逃げ場がない。逃げたくもない。


 「…………っ」


 アレンの瞳が、俺の首筋をじっと見つめているのがわかる。


 「……ルカは、もう俺のものですから」


 静かに、けれどはっきりとした声で囁く。

 そのまま、首の横に唇を寄せて──


 ちゅっ、と軽く吸い付く。


 「んっ……!」


 体がびくっと跳ねる。熱い疼きが首から全身に広がって、頭がくらくらする。


 アレンは一度離して、満足そうに赤く染まった痕を眺めると、また別の場所に唇を這わせる。


 「全部……俺のもの」


 ちゅっ、ちゅっ、と丁寧に、でも執拗にキスマークを刻んでいく。


 まるで所有の証を一つ一つ付けていくみたいに。


 「アレン……っ、ちょっと、待っ……」


 俺は弱々しく胸を押すけど、力が入らない。むしろ指先がアレンの服を掴んでしまっている。


 (……嫌じゃない。嫌じゃないんだ……)


 恥ずかしくて、気持ちよくて、頭がぐちゃぐちゃになる。


 アレンの唇が鎖骨まで降りてきて、また吸い付いた。


 「んぁ……っ」


 声が漏れる。

 自分でもびっくりするくらい甘い声。


 アレンがふっと笑って、耳元で囁く。


 「可愛い声ですね、ルカ」

 「……っ、言うな……」


 顔を背けても、アレンは優しく顎を掴んで正面に戻す。


 そしてまた、首筋に唇を落とす。




 その時── 




 バンッ!!


 扉が勢いよく開いた。


 「殿下!」


 聞き慣れた、けれど今は明らかに動揺した声。

 フランソワだ。


 アレンは即座に反応した。

 俺の体を自分の胸と腕で覆うようにして、完全に隠した。


 「フランソワ様」


 アレンの声はいつも通り丁寧で、けれどどこか鋭い。


 「今は、お引き取りください」


 フランソワは部屋に入るなり、ベッドの上の俺たちを見て──


 アレンの広い背中しか見えなくて、ぽかんとする。


 「……殿下……? アレン様……?」


 俺はアレンの胸に顔を埋めたまま、慌てて何か言おうとする。


 「ち、ちがっ……いや違わないけど違うというか違わなくもないけど違う部分もあって……あの、これは、その、事故で……いや事故じゃないけど……事故みたいな……あの……!」


 (何言ってんだ俺!?)


 フランソワがぽかんとする。


 俺はさらに追い詰められ、言葉が完全に迷子になる。


 「えっと、俺が……その……女になって……いや女じゃないけど女みたいな……いや違う、そうじゃなくて……アレンが……その……俺を……いや、俺が……あの……!」


 (語彙力、息してくれ!!)


 アレンの胸に顔を埋めたまま、俺は必死に続ける。


 「ちが……ちがうんだよ……ちが……ちが……ちが……ちがわないけど……ちが……あの……!」


 (“ちが”しか言えてねぇ!!)


 フランソワは優しい目で俺を見つめた。


 「殿下、落ち着いてください」

 「落ち着いてる!! 落ち着いてるからこうなってる!!」


 (いや落ち着いてない!!)


 アレンが小声で囁く。


 「ルカ、無理に喋らなくていいですよ」

 「む、無理じゃない……無理だけど……無理じゃないけど……無理……!」


 (どっちだよ俺!!)


 フランソワはなぜか感動したように手を合わせる。


 「殿下……そんなに動揺するほどアレン様のことを……!」

 「ちがっ……ちが……ちが……ちが……ちが……!!」


 (もうダメだ……俺の口、今日で引退だ……)


 顔が熱い。死にたい。


 アレンはというと、俺を庇う姿勢を崩さず、静かに頭を下げる。


 「申し訳ありません、フランソワ様。ルカの姿を……今は、見せたくないんです」


 その言葉に、フランソワは一瞬目を丸くして──

 くすりと小さく笑った。


 「……そうですか」


 フランソワの瞳が、きらきらと輝き始めた。


 「アレン様が殿下を自分の体で隠して……守るように覆い被さって……ああ、もう……最高に尊い……! 独占欲と優しさが混ざった守護攻め……! 私の推しカプが、こんな神シーンを……!」


 (……………………は?)


 俺とアレン、二人して同じ顔で固まる。


 フランソワは両手を頬に当てて、うっとりした表情で続けた。


 「殿下の乱れた姿を誰にも見せたくないアレン様……! 受けの無防備さと攻めの独占欲が……! ああ、もう、脳内補完が止まらない……!」

 「……フランソワ、お前……」


 俺、初めて知った。

 こいつも、腐女子だったのか。


 フランソワはふっと我に返ったように、はっと息を飲む。


 そして、にっこり柔らかく微笑んで──


 「お幸せに、殿下。アレン様」


 深々とお辞儀をして、


 「殿下の乱れ姿は、アレン様だけのものですね。邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした。どうぞごゆっくり」


 そう言って、静かに扉を閉めて出て行った。


 …………。


 部屋に、沈黙がおちる。


 「……今のは」

 「……夢、だったんでしょうか」

 「……多分、現実だ」


 二人して、しばらく固まったまま。


 やがて、アレンがぷっと吹き出して笑い始めた。


 「ルカ……さっきの、続きを」

 「……お前、今それ言うか!?」


 俺は真っ赤になって枕を投げつける。


 アレンは軽くかわして、また俺の上に覆い被さってきた。


 「だって、フランソワ様のお墨付きをもらったんですよ?」

 「それ関係ないだろ!」


 笑いながら抵抗する俺を、アレンは優しく、けれどしっかりと抱きしめる。


 「……ルカ」


 また名前を呼ばれて、胸がきゅっとする。


 「俺はずっと、ルカのそばにいます」


 静かで、真剣な声。


 俺は、抵抗をやめて──


 そっと、アレンの背中に腕を回した。


 「……俺も」


 小さく呟く。


 「ずっと、そばにいてくれ」


 アレンの唇が、優しく俺の額に触れる。

 甘い熱が、再び部屋を満たしていく。


 外では、きっとフランソワが一人で悶えているんだろうけど──


 今は、そんなことどうでもいい。


 俺とアレンの間にある、この温もりが。

 ただ、それだけで十分だった。


 (……これから、どんな未来が待っていても)


 俺は、アレンの胸に顔を埋めて、そっと目を閉じた。


 (お前がいるなら、きっと大丈夫だ)

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