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第99話 牛の重さ

牛舎は村の端にある。


風が通る場所だ。


草の匂いと、湿った土の匂いが混ざる。

低い鳴き声が、ゆっくりと響いていた。


エメリクが近づくと、牛が一頭こちらを見た。


黒い目。


大きな身体。


「太ってる」


エアリスが言う。


牛飼いの男が笑う。


「そりゃそうだ」


男は桶を持ち上げる。


中には、パンの切れ端と麦の粉、少し傷んだ野菜。


昨日の店の箱の中身だ。


「これを食う」


桶を地面に置く。


牛が鼻を鳴らし、ゆっくり食べ始める。


エメリクはそれを見ている。


「人が食べないものを牛が食べる」


「そう」


男は答える。


「助かる」


「どのくらい助かる」


男は肩をすくめる。


「飼料の三割は浮く」


「肉の値段は」


男は苦笑する。


「変わらん」


エアリスが炭筆を走らせる。


「牛は太る」


「そうだ」


「人は」


男は黙る。


牛が桶を舐める音だけがする。


エメリクは牛の背を触った。


温かい。


重い。


「この牛はいくらだ」


「安い」


「なぜ」


「皆が同じ牛を育てるから」


男は言う。


「ホルスタイン」


エアリスが聞く。


「他の牛は?」


「少ない」


「なぜ」


男は草を踏む。


「安く売れない」


エメリクは頷く。


「同じ肉」


「同じ肉」


「同じ値段」


「同じ値段」


牛がまた鳴く。


遠くで別の牛も鳴く。


牛舎は広いが、どの牛も似ている。


似た色。


似た体。


似た大きさ。


「個性がない」


エアリスが言う。


男は少し笑う。


「肉に個性は要らない」


エメリクは言う。


「客は違いを知らない」


「知らない」


「知らないまま食べる」


沈黙。


男は桶をもう一つ持ってくる。


「これもロスだ」


エメリクは桶の中を見る。


白い液体が少し混ざっている。


「牛乳」


男は頷く。


「売れ残り」


「飲める」


「でも棚には戻らない」


エメリクはゆっくり言う。


「安く作り、安く売り、余りで太らせる」


男は笑う。


「うまく回ってる」


エメリクは首を振る。


「回ってるが、上がらない」


エアリスが言う。


「上がるのは量だけ」


牛が桶を舐め終わる。


空になる。


男は桶を回収する。


「それでも牛は太る」


エメリクは牛の目を見る。


「太るが、豊かじゃない」


男は黙る。


風が吹く。


牛舎の屋根がきしむ。


エメリクは言った。


「余りが多いほど、肉は軽くなる」


エアリスが聞く。


「軽い?」


「価値が」


男は遠くを見る。


「昔は違った」


「どう違う」


「牛は家族だった」


牛がまた鳴く。


ゆっくりと。


「今は商品だ」


エメリクは言う。


「商品は重さで決まる」


エアリスが書く。


「重さの文明」


エメリクは牛の背を叩く。


「次は森だ」


男が顔を上げる。


「森?」


「餌は畑。畑は森。森が痩せれば牛も痩せる」


牛舎の向こうに山が見える。


木が並ぶ。


静かだ。


だが、何かが変わり始めている。


エメリクはゆっくり歩き出した。


「森を見に行く」


牛の鳴き声が背後で響く。


重く、低く。


文明の音だった。

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