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第98話 灯りを作る人

牛舎から少し離れた場所に、小さな工房があった。


村の外れ。

川に近いが、水の音はほとんど聞こえない。


扉の前には木桶が並び、白く固まった脂が山のように積まれている。

脂の匂いがわずかに漂う。


エメリクは足を止めた。


「ここか」


クレアが頷く。


「ヤダナの蝋燭工房」


中から声が聞こえる。


低い声。


そして、もう一人の軽い笑い声。


扉が開いた。


細身の男が出てくる。


黒い髭。

長い指。

手には細い芯糸。


「村長殿」


男は軽く頭を下げた。


「灯りをお求めですか」


エメリクは工房の中を覗く。


天井から細い糸が何十本も垂れている。

その先に、まだ柔らかい蝋が滴り、ゆっくり固まっていく。


炎は使われていない。


ただ脂を溶かし、糸を浸す。


何度も。


何度も。


層を作る。


「時間がかかるな」


エメリクが言う。


男は笑う。


「光は急げません」


クレアが説明する。


「蜜蝋と牛脂を混ぜてる」


男は頷く。


「長く燃えます」


エアリスが蝋燭を手に取る。


「教会のより細い」


「教会のは祈り用」


男は答える。


「こちらは生活用」


エメリクは蝋燭を持ち上げる。


重い。


「脂はどこから」


「牛」


「牛は何を食べる」


「余り」


男は笑う。


「全部、繋がってます」


工房の奥には、別の蝋燭があった。


白く、太い。


「それは?」


「蜜蝋だけ」


「高い?」


「十倍」


沈黙。


エメリクは天井の糸を見上げる。


一本一本が蝋を重ねている。


時間を重ねている。


「夜は長くなったか」


男は肩をすくめる。


「昔より」


クレアが言う。


「灯りが増えたから」


「灯りが増えれば働く」


エメリクは呟く。


「働けば消費する」


エアリスが言う。


「そして余りが出る」


男は笑う。


「余りはまた脂になる」


エメリクは静かに頷く。


「円だな」


「円です」


男は蝋燭を箱に入れる。


「文明は円を描く」


エアリスが炭筆を走らせる。


「でも円は閉じる」


エメリクは答える。


「閉じすぎると腐る」


工房の外で、牛が鳴いた。


男は言う。


「灯りは必要です」


「もちろん」


エメリクは蝋燭を一本持つ。


「だが、どこまで伸ばす」


男は答えない。


クレアが言う。


「夜が長いほど、売れる」


エアリスが窓の外を見る。


教会の塔の上。


太い蜜蝋が燃えている。


昼でも。


「祈りは昼でも灯す」


男が言う。


エメリクは蝋燭の芯を指で触れる。


「生活の灯りは夜だけでいい」


工房の空気が少し変わる。


男はゆっくり頷いた。


「村長殿は、時間を削りたい」


エメリクは言う。


「余白を作りたい」


風が入る。


蝋の匂いが揺れる。


一本の蝋燭が、静かに固まる。


光になる前の姿。


エメリクはそれを見つめた。


「灯りは便利だ」


エアリスが言う。


「でも便利は増え続ける」


クレアが続ける。


「増えすぎる」


男は箱を閉じる。


「それでも人は灯す」


エメリクは答えた。


「だから、どこかで止める」


蝋燭はまだ燃えていない。


だが、夜は確実に長くなっていた。

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