第97話 牛は何を食べている
朝の市場はもう終わっていた。
広場には、こぼれた麦と踏み跡だけが残っている。
エメリクは店の裏口から出た。
裏手の通りは静かだ。
表の棚には並ばなかった箱が、いくつも積まれている。
クレアが木箱を開ける。
中にはパンの切れ端、少し傷んだ野菜、形の崩れた果物。
「これが今日の余り」
彼女は言った。
エメリクは一つ拾う。
パンだ。まだ食べられる。
「どこへ行く」
クレアは肩をすくめる。
「牛よ」
遠くで低い鳴き声がする。
牛舎は村の外れにある。
クレアは箱を閉じる。
「腐らせるよりいい」
エメリクは頷く。
「牛は何を食べている」
「この村の余り」
答えは簡単だった。
「人が食べないものを牛が食べる」
エアリスが書き留める。
「循環?」
クレアは少し考える。
「循環に見える」
エメリクは言う。
「だが違う」
クレアが眉を上げる。
「何が」
「牛は余りで太る」
「そう」
「人は余りで痩せる」
静かな言葉だった。
箱を担いだ男が歩いてくる。
牛飼いだ。
腕は太い。服には干し草がついている。
「今日もあるか」
「三箱」
クレアが答える。
男は箱を覗く。
「助かる」
エメリクが聞く。
「本当に?」
男は笑う。
「飼料代は浮く」
「肉の値は」
男は笑いを止める。
「変わらない」
沈黙。
牛は太る。
だが農家は太らない。
「値段は誰が決める」
エメリクが聞く。
男は空を見上げる。
「俺じゃない」
箱を担ぎ、去っていく。
牛の声が近づく。
クレアは言う。
「でも、腐らない」
エメリクは答える。
「腐るより遅いだけだ」
エアリスが小さく言う。
「何が」
エメリクは牛舎の方向を見る。
「価値だ」
風が吹く。
箱の布が揺れる。
エメリクはもう一つの箱を開ける。
そこには、白い塊があった。
脂だ。
牛の脂。
クレアが言う。
「それは別」
「何に使う」
「蝋燭」
エメリクは少し笑う。
「余りは光になる」
エアリスが顔を上げる。
「つまり?」
エメリクは答える。
「安さは夜を延ばす」
遠くで教会の鐘が鳴る。
昼の終わり。
牛が草を踏む音がする。
余りは牛へ。
牛は脂を生む。
脂は蝋燭になる。
蝋燭は夜を伸ばす。
夜はまた消費を生む。
円は続く。
エメリクは静かに言った。
「この円は、どこで切れる」
誰も答えない。
牛が鳴く。
その声は、ゆっくりと空へ消えていった。




