第93話 余りの行き先
夕方になると、店の空気は変わる。
昼の客が去り、床には麦粉の粉が薄く積もっている。棚の中央に置いた小粒の袋は、思ったよりも減っていた。
だが、減らなかったものもある。
店の奥、布で覆われた木箱が並んでいる。そこに、日付を書かれた札が刺さっていた。
「三日目」
クレアが札を見て言う。
「これ以上は置けない」
箱を開けると、パンと麦粉と少し傷んだ野菜が混じっている。
「腐ってはいない」
エメリクが指で押す。
「だが、売れない」
マリノスが肩をすくめる。
「見た目が悪い」
「味は」
「問題ない」
「ではなぜ」
「売れないから売れない」
マリノスは当然のように言う。
エメリクは箱の中を見つめる。
「これが、削られた未来か」
クレアが答える。
「これが現実よ」
彼女は別の帳面を取り出す。
「回収表」
「どこへ行く」
「畜産農家へ」
エメリクは顔を上げる。
「どのくらい」
「今月で四十袋」
「増えているな」
「売り場を広げたから」
棚を変えれば、余りも変わる。
「畜産は喜ぶか」
クレアは少しだけ間を置いた。
「助かる、と言う」
「本当に助かっているか」
「飼料代は浮く。でも、肉は安いまま」
マリノスが言う。
「客は安い肉を求める」
エメリクは思い出す。
市場の机で下がった一割。
棚の中央に置いた袋。
そしてこの箱。
「循環しているようで、減っている」
エアリスが言う。
「減っているのは、何」
「価値だ」
店の裏口が開く。
男が一人入ってきた。
腕は太く、手は荒れている。服には牛の毛がついている。
畜産農家だった。
「今日は三箱か」
クレアが頷く。
「量はある」
男は箱を覗き込む。
「悪くない」
「助かるか」
エメリクが尋ねる。
男は少し笑った。
「助かる。だが」
「だが?」
「牛は太る。だが値は変わらない」
沈黙。
「穀物は安くなる。肉も安いまま。儲かるのはどこだろうな」
男は箱を担ぐ。
「でも、腐らせるよりはいい」
そう言って出ていった。
扉が閉まる。
エメリクは言う。
「余りは、誰かの腹に入る」
「ええ」
クレアは答える。
「でも、豊かにはならない」
マリノスは棚を整える。
「豊かって何よ」
エメリクは箱の空になった底を見つめる。
「選ばれなかったものの重さを知ることだ」
エアリスが言う。
「棚に並ばないものの話ね」
クレアが腕を組む。
「ロスをゼロにすることはできない」
「ゼロにしろとは言わない」
「じゃあ?」
「なぜ出るかを減らす」
店の外で風が吹く。
旗が揺れる。
マリノスがため息をつく。
「理屈は分かる。でも、明日の売上は理屈じゃない」
「だから棚を変えた」
エメリクは言う。
「棚を変えれば、客は変わる」
クレアは静かに頷く。
「客が変われば、畜産も変わる」
エアリスは炭筆を走らせる。
「余りは罪じゃない。設計の結果」
エメリクは店の天井を見上げる。
夕暮れの光が薄く差し込む。
「余りが出るたび、どこかが痩せる」
「どこが」
マリノスが問う。
エメリクは答える。
「土と、水と、人」
店の奥で蝋燭に火が灯る。
小さな炎が揺れる。
夜が伸びる。
労働が伸びる。
余りも伸びる。
棚は語らない。
だが、裏口は静かに未来を運んでいる。




