第78話「流れを止める者」
銀の袋は、翌朝、消えていた。
正確には——
“移された”。
書記が蒼白な顔で、報告に来た。
「……癒殿の倉庫から、七十七枚の袋が」
「運搬用の記録も、消されています」
「誰が?」
「癒殿の“監督官”が」
「大教会の紋章を持つ者です」
その名を聞いた瞬間、
エメリクは理解した。
——流れを止める力が、動いた。
癒殿の外では、朝から騒ぎが起きていた。
馬車が一台、通行を止められている。
その前に立つのは、
黒い外套を着た監督官と、
関所の役人たち。
「本日より、癒殿関連の物資は」
「すべて“再認可”が必要となった」
声は冷たい。
「安全確認のためだ」
「無許可の運搬は、罪になる」
エメリクは、群衆の後ろからその様子を見ていた。
「……来たな」
これは、ただの嫌がらせではない。
資金の流れを断ち、
村の機能を止めるやり方だ。
その時。
人垣の外から、
軽やかな鈴の音がした。
二台の馬車。
操るのは、そっくりな二人の娘。
髪の色も、背丈も、声も似ている。
だが——
目だけが、違った。
一人は、いたずらっぽく。
もう一人は、冷静に。
「……遅れました!」
「通行止め? じゃあ、別道で」
同時に言う。
周囲がざわめく。
監督官が睨む。
「誰だ、お前たちは」
二人は胸を張った。
「ジェミニです」
「ツインです」
「運び屋」
「“止められない道”を知ってます」
エメリクは、はじめて彼女たちを見る。
——風のような二人。
道が塞がれれば、別の道へ。
命令が降りれば、隙間を探す。
「無許可だ、通すな」
監督官が命じる。
だがジェミニは笑った。
「道は、あんたのものじゃない」
「“流れ”のものだよ」
ツインが続ける。
「止めれば、別の場所が溢れるだけ」
二人は、馬車をくるりと回した。
関所の裏、
人が気にも留めない細道へ。
「追え!」
監督官の声が響く。
だが、馬車はすでに消えていた。
エメリクは、静かに息を吐いた。
「……これが、ヨハンのやり方か」
祈りと権威で、
“正義の顔”をした妨害。
だが同時に、
新しい流れも生まれている。
「村長」
書記が言う。
「これ以上、癒殿は持ちません」
エメリクは、遠くを見る。
「なら、次の段階だ」
彼の目は、はっきりとした光を宿していた。
「止められるなら、奪い返す」
祈りの時代から、
器の時代へ。
そして——
流れを取り戻す戦いが、始まった。




