第77話「銀で消えるもの、消えないもの」
銀は、音を立てない。
袋から出され、机に置かれ、
帳面の横に並べられるとき、
それはただの重さになる。
だが——
人の判断を変えるには、十分な重さだった。
癒殿の奥、記録室。
エメリクは、三つの帳面を前にしていた。
・施しの帳
・癒術の帳
・運搬の帳
その横に、小さな袋。
中には、七十七枚の銀貨。
「……ずいぶん、きれいに揃えたな」
書記が言った。
「依頼主が気にする数字だそうだ」
「七と七は、縁起がいいと」
「誰にとっての?」
エメリクの問いに、書記は答えなかった。
帳面をめくる。
そこには、ここ数週間の記録が並んでいる。
・馬車の往復回数
・餌の消費量
・癒殿の来訪者数
——そして。
「清掃費」
その項目だけが、妙に新しい。
「これは?」
「……最近、追加されました」
「村の外から人を呼んでいます」
「何のために」
「……片付け、です」
エメリクは、筆を止めた。
「誰が頼んだ?」
書記は、声を落とした。
「癒殿の後援者の一部です」
「“村の印象が悪くなる”と」
印象。
その言葉は、便利だった。
実際に困っている者の声よりも、
遠くから来た目の方が重く扱われる。
「銀は、何に使われている」
「道の表面です」
「目につく場所だけ」
エメリクは、外の道を思い浮かべた。
馬車が通り、
人が行き交い、
そして——踏み固められる場所。
「裏は?」
「……そのままです」
七十七枚の銀貨は、
すべて**“見える部分”**に使われていた。
臭いを消すためではない。
量を減らすためでもない。
**「見えなくするため」**だった。
「なるほどな」
エメリクは、袋を持ち上げた。
銀が、かすかに鳴る。
「これで、問題は解決したことになる?」
書記は、少し迷ってから言った。
「少なくとも、“問題がある”とは言われなくなります」
エメリクは、静かに笑った。
「それは解決じゃない」
「封印だ」
七十七。
この数字は、完全を装う。
区切りがよく、
人を納得させる。
だが——
数えられていないものは、消えない。
餌は増え続ける。
馬は出し続ける。
運ぶ量も、人の数も、止まらない。
銀で隠した分、
後で必ず別の形で現れる。
「村長」
書記が言った。
「この処理を続けますか?」
エメリクは、帳面を閉じた。
「続けさせる」
書記が驚いた顔をする。
「……止めないのですか?」
「今、止めれば」
「誰が銀を出しているかが分からなくなる」
エメリクは、はっきりと言った。
「金は嘘をつかない」
「流れを見るには、まず流させろ」
七十七枚の銀貨は、再び袋に戻された。
その重さは、
村を救う重さでも、
腐らせる重さでもある。
——使い方次第だ。
エメリクは思った。
これはまだ、準備段階だ。
本当の争いは、金が足りなくなった時に始まる。
祈りでは埋められない。
銀でも隠しきれない。
その時、
誰が帳面を開き、
誰が目を逸らすのか。




