第76話「餌と糞と、止まらぬ車輪」
癒殿の裏には、朝になると必ず人が集まる。
荷を積む者。
馬を繋ぐ者。
そして、餌を数える者。
干し草、麦、豆の搾りかす。
塩の袋。
それらは食料ではない。
馬を動かすための糧だった。
馬車は二台。
一台は癒殿へ向かう物資。
もう一台は、馬のための餌。
「これだけあれば、今日一日は持つな」
御者が言う。
エメリクは、その餌袋の量を見ていた。
——人は、馬車が物を運ぶと思っている。
だが実際は違う。
餌が先に運ばれ、馬が後から物を運ぶ。
馬が止まれば、すべてが止まる。
癒殿も、施しも、診療も。
すべては、この袋の中身に依存していた。
「村長」
御者が低い声で言う。
「最近、餌の量が増えてます」
「行き来が増えた分だけ」
エメリクはうなずいた。
癒殿ができてから、人の動きは確かに増えた。
治った者が別の村へ行き、薬が運ばれ、銀が動く。
だが——
動けば、必ず別のものも増える。
エメリクは、馬の後ろに目を向けた。
地面に落ちているもの。
踏み固められ、乾きかけたそれ。
「……片付けは?」
御者は肩をすくめた。
「自然に任せてます」
「雨が流すか、誰かが避けるか」
「誰か、とは?」
「……下の者です」
それ以上、言葉は続かなかった。
馬は、生きている。
生きている以上、必ず出す。
それは避けられない。
だが人は、出るものより、運ばれるものだけを見る。
餌は数える。
距離も数える。
時間も数える。
だが——
地面に残るものは数えない。
「餌が増えれば、出るものも増える」
エメリクは、独り言のように言った。
「はい」
「ですが、それは誰の帳面にも載りません」
御者の言葉は、淡々としていた。
癒殿の帳面には、治療の数がある。
施しの帳面には、銀の数がある。
だが、
糞の量を書き留める帳面は、どこにもない。
「集めて、畑に回せばよいのでは?」
そう言いかけて、エメリクは口を閉じた。
集める者。
運ぶ者。
臭いに耐える者。
——それは、誰がやる?
「村長」
御者が言った。
「馬車を増やせば、便利になります」
「でも、それに伴うものも増えます」
エメリクは、はっきりとうなずいた。
癒殿は善意で始まった。
だが、善意は重さを運ばない。
重さを運ぶのは、馬であり、
餌であり、
そして、地面に残る現実だった。
馬車は動き出す。
餌を積み、
物を積み、
そして——目を逸らされるものを残して。
エメリクは思った。
これはまだ、小さな兆しだ。
だが、これを数えぬまま進めば——
必ずどこかで、詰まる。
その詰まりを
祈りで覆う者と、
帳面で暴く者が、
いずれ対立する。
それが避けられぬ道だと、
この時の彼は、もう気づいていた。




