第68話「先に行きすぎた畑」
その畑は、村の外れにあった。
畝は整っているが、どこか違う。
作物の背丈が揃っていない。
だが、弱っている様子もない。
「ここが例の場所か」
エメリクが言うと、案内役の青年が苦笑した。
「はい。でも……あまり評判は良くありません」
「なぜ?」
「やり方が変わりすぎていて」
「皆、真似できないんです」
畑の奥で、人影が動いた。
女だった。
作業着は簡素だが、無駄がない。
動きが早い。
だが雑ではない。
土を掴み、匂いを嗅ぎ、
葉の裏を一枚ずつ確かめている。
「……来ると思ってた」
振り返った女が言った。
年は、エメリクより少し下だろう。
「君が?」
「ヴァルゴ」
「この畑の主」
名乗りは短い。
だが、声に迷いがなかった。
「評判が悪いと聞いた」
エメリクが言うと、ヴァルゴは肩をすくめた。
「売れないから?」
「それとも、理解されないから?」
「両方だ」
「でしょうね」
ヴァルゴは、畑の端にしゃがみ込んだ。
「でも、この土は生きてる」
「数字より、そっちを見てるだけ」
エメリクは、近くの作物を手に取った。
香りが強い。
「肥料は?」
「使ってない」
「正確には、“足してない”」
「足してない?」
「抜いてるの」
ヴァルゴは、指で畝をなぞった。
「余計なものを」
「効きすぎるものを」
「収量は落ちるだろう」
「落ちる」
「でも、力は残る」
力。
また、その言葉だ。
「このやり方、誰も続かないと思う?」
エメリクが問う。
ヴァルゴは、少し考えた。
「続かない」
「今は」
「なぜ?」
「早すぎるから」
はっきりと言った。
「皆、売り方の話をしてる」
「私は、作り方の話をしてる」
「売れなければ意味がない、と?」
「短期ではね」
ヴァルゴは立ち上がり、遠くを指した。
「でも、その先で壊れる」
「均一にしすぎた畑は、必ず」
「確信がある?」
「もう、壊れ始めてる」
エメリクは、その言葉を否定できなかった。
給食。
牛舎。
港。
どれも、同じ方向を向いていた。
「流行っているのは?」
エメリクが聞く。
「“楽な農業”」
「考えなくていい農業」
「言われた通りにやる農業」
「君は?」
「考える農業」
「観察する農業」
「面倒な農業」
ヴァルゴは、少しだけ笑った。
「だから、ついてこれない」
「孤立している?」
「ええ」
「でも、遅れて壊れるよりはマシ」
風が吹いた。
畑の葉が揺れる。
ヴァルゴは、風向きを見ている。
「この風、三日後に変わる」
「雨が来る」
「なぜ分かる?」
「葉が先に知ってる」
エメリクは、息を吐いた。
「君は――」
「時代の先を見ている」
「違う」
ヴァルゴは首を振った。
「遅れてないだけ」
「皆が、見るのをやめただけ」
帰り道、エメリクは書記に言った。
「この畑は、今は売れない」
「だが、必要になる」
「支援しますか?」
「まだだ」
「なぜ?」
「支援した瞬間、潰される」
書記は理解した。
「孤立している方が、安全だ」
「そうだ」
エメリクは、最後に振り返った。
畑の中央で、ヴァルゴが一人、作業を続けている。
誰にも合わせず、
誰にも媚びず、
ただ正しいと思うやり方を貫く。
その姿は、危うい。
だが――
未来そのものだった。




