第65話「同じ昼、違う皿」
「視察、ですか?」
書記は少し驚いた顔をした。
「はい。公式には」
エメリクはそう言って、外套の留め具を留め直した。
「本当は?」
「確かめたいだけだ」
何を――とは言わなかったが、書記は察していた。
最初に訪れたのは、王都近郊の私立学校だった。
石造りの校舎。
手入れされた庭。
正午を告げる鐘が鳴ると、子どもたちは整然と食堂へ向かう。
給食は、盆に載せられて運ばれてきた。
焼いた肉。
豆と油を使った煮込み。
乳製品。
果実。
「量は控えめですね」
書記が言う。
「だが、密度が高い」
エメリクは皿を覗き込んだ。
「腹を膨らませる構成ではない」
「身体を作る構成だ」
食べる子どもたちの様子も違っていた。
噛む。
話す。
また噛む。
急がない。
飲み込まない。
「午後の授業に響かないのです」
案内役の教師が、当然のように言った。
「眠くなりませんか?」
「むしろ、集中します」
それが前提の顔だった。
次に向かったのは、王都の公立学校。
規模は大きい。
人数も多い。
給食は、桶からよそわれる。
白いパン。
薄い汁。
芋。
「基準通りです」
調理係は胸を張った。
「全員に、同じ量を」
子どもたちは黙って食べる。
早い。
とにかく早い。
「残すと叱られますので」
教師が言う。
「時間内に食べる訓練です」
エメリクは、匙を止めた。
「訓練?」
「集団行動の一環です」
子どもの一人が、途中で咳き込んだ。
「静かにしなさい」
教師の声が飛ぶ。
午後の教室。
何人かが、机に伏していた。
「よくある光景です」
教師は、気にしていなかった。
最後に訪れたのは、田舎の学校だった。
小さな校舎。
人数も少ない。
給食は質素だったが、様子が違った。
干し肉。
野菜。
穀物。
「これは?」
エメリクが尋ねる。
「近くの農家からです」
「余ったものを分けてもらっています」
調理係は、少し申し訳なさそうに言った。
「基準とは違いますが……」
「誰が決めた基準だ?」
その問いに、誰も答えなかった。
子どもたちは、よく噛んでいた。
「午後、外で動くので」
教師が言う。
「腹が重いと、動けませんから」
集中力は、ばらつきがある。
だが、眠りこける子はいない。
「身体が、使われている」
エメリクはそう感じた。
三つの学校。
同じ「給食」という名。
だが、皿の上はまるで違う。
私立は、身体を育てるための食事。
都会の公立は、腹を満たすための食事。
田舎は、生活に合わせた食事。
「同じ昼なのに」
書記が、ぽつりと言った。
「まるで別の国のようです」
「別の思想だ」
エメリクは答えた。
「どの身体を、どこへ向かわせたいか」
「それが、皿に出る」
書記は、帳面を開いた。
「では、この差は何から生まれるのでしょう?」
エメリクは、しばらく考えた。
「余裕だ」
「金?」
「金もある。だが――」
一拍置く。
「想像力だ」
「この子が、午後どうなるか」
「明日、どうなるか」
「十年後、どうなるか」
それを考える余裕があるかどうか。
「都会の公立は、今日を回すだけで精一杯だ」
「田舎は、明日が見える」
「私立は、未来を買っている」
「買っている……」
「金でな」
エメリクは、前世を思い出した。
鈴村陽一だった頃。
「同じ給食を食べているはずなのに」
「なぜ、こんなに差が出るのか」
誰も説明しなかった。
村へ戻る馬車の中。
エメリクは、帳面を閉じた。
「次は、何を見ますか?」
書記が尋ねる。
「“栄養”と呼ばれているものの中身だ」
「炭水化物、ですか?」
「それだけではない」
エメリクは、窓の外を見た。
「なぜ、腹が膨らむものが選ばれるのか」
「なぜ、足りないと分かっていて変えられないのか」
「誰が決めているのか」
馬車は、ゆっくりと進む。
「給食は、社会の縮図だ」
エメリクは、静かに言った。
「ここを変えられないなら」
「他も変えられない」
次の章では、
“何が入っていないか”を、さらに細かく見ることになる。
腹は満たされている。
だが、
未来を支える身体は、まだ飢えていた。




