第47話 数えられないものを、数える仕事
礼拝堂の鐘が鳴り終わったあとも、人はしばらく立ち去らなかった。
膝をつき、額を床につけ、何かを願う。
願いの中身は誰にも分からない。
ただ、願うという行為だけがそこに残る。
エメリクは、その光景を柱の影から見ていた。
「今日も多いな」
隣に立つ書記が、小さく息を吐いた。
「祈りは増えています。特に冬に入ってから」
「不安が増えれば、祈りも増える」
「はい。ですが――」
言葉が途切れる。
「癒殿の支出も、同じだけ増えている?」
書記は帳面を抱え直した。
「……はい。正確には、祈りよりも早い速度で」
エメリクは視線を礼拝堂から外し、石壁の方へ向けた。
「祈りは、数えられない」
「ですが支出は、必ず数えられます」
それが、この村で彼が引き受けた役目だった。
部屋に戻ると、机の上には二つの束が置かれていた。
一つは、祈願の記録。 もう一つは、施しと癒術の支出記録。
前者は言葉で満ちている。
後者は数字で満ちている。
「この二つは、同じ量だと思われている」
エメリクは独り言のように言った。
書記は否定しなかった。
「実際は?」 「違います」 帳面を開く。
「祈りは重なりますが、支出は重なりません」
「一つの治療には、一つの費用が要る」
「……当然のことだな」
「ですが、当然のことほど語られません」
エメリクは、瓶に視線を移した。
机の端に置かれた大きな陶器。
地元の土で焼かれた、厚く、重い器。
水が入っている。
揺らせば、表面がわずかに波打つ。
「祈りは流れる」
「だが、支出は溜まる」
瓶の水は、あふれない限り静かだ。
「この村は、長く祈りの流れで回ってきた」
「はい」
「だが今は、器の容量を超え始めている」
書記は、初めてはっきりと顔を上げた。
「……では」
「次の段階だ」
エメリクは瓶に触れない。
ただ、その存在を確かめるように見つめる。
「祈りを止めることはできない」 「だから――」
一拍置く。
「どこに、どれだけ注いでいるのかを、見えるようにする」
書記は、ゆっくりとうなずいた。
鐘の音はもう聞こえない。
代わりに、紙をめくる音だけが部屋に残った。
祈りの時代は終わらない。 だが、器の時代は始まっていた。




