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第43話 静かな抗議

帳簿の書き換えから、三日が経った。


王立癒院の中は、表向きは変わらない。

同じ廊下、同じ寝台、同じ灯。


だが、空気は確実に張りつめていた。


「……来ているな」


外科医が低く言った。


「何が」


「視線だ」


廊下の奥、入口の方。

白衣ではない者が立っている。


香の匂い。

整えられた衣。

教会の者だ。


「話がある」


神官が言う。


声は静かだが、拒む余地はない。


応接の間は簡素だった。

椅子と机、それだけ。


「帳簿の件」


神官は単刀直入だった。


「聞いている」


エメリクは頷く。


「供給、という項目を作ったそうだな」


「作った」


「勝手な判断だ」


「必要だった」


神官は一瞬、黙った。


「その仕事は、これまで“施し”として扱われてきた」


「それが問題だ」


「施しは、王の権限だ」


「命の始点は、王のものではない」


神官の目が細くなる。


「言葉に気をつけた方がいい」


「事実だ」


神官は椅子に深く座り直した。


「森に入る者、血を扱う者。

 それらを前に出すのは、秩序を乱す」


「乱れているのは、隠されていることだ」


「民は、見なくていい」


「見なければ、選べない」


沈黙。


「……教会としては、困る」


「何が」


「役割が曖昧になる」


「癒殿がある」


神官は言った。


「私が運営している」


「知っている」


「なら、住み分ければいい」


「同じ民を癒している」


「語りが違う」


その言葉に、エメリクは目を上げた。


「語りが違うだけだ」


神官は否定しなかった。


「だからこそ、揃えられると困る」


「帳簿は、事実を書くだけだ」


「事実は、時に毒になる」


神官は立ち上がった。


「これ以上、踏み込まないことを勧める」


「勧めで済むか」


「済まない場合もある」


静かな脅しだった。


神官が去る。


残された空気は、重い。


「来たな」


外科医が言う。


「来た」


エメリクは答えた。


「帳簿を戻せと言われた」


「戻すか」


「戻さない」


「覚悟は」


「ある」


外科医は、少し笑った。


「なら、俺たちも続ける」


調合室から、薬剤師が顔を出す。


「森の者が、増えています」


「……そうか」


「記録は?」


「つけています」


帳簿は閉じられなかった。


その夜、癒院の灯は、いつもより遅くまで消えなかった。


静かな抗議が、

確かに始まっていた。

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