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第42話 帳簿にない仕事

調合室の空気が、少し変わっていた。


棚は同じ。

瓶も同じ。

だが、集まる人の顔ぶれが違う。


「……あの人、森に入ったらしい」


「本当か」


「薬剤師が?」


声は低く、遠回しだ。


「帳簿に名前がない」


白衣の男が紙をめくりながら言った。


「出勤記録は?」


「森行きは、まだ項目がない」


「なら、欠勤だ」


その言葉が、静かに落ちる。


エメリクはそのやり取りを、扉の外で聞いていた。


「欠勤ではない」


中に入って言う。


「供給業務だ」


「そんな項目は――」


「今、作る」


記録係の手が止まった。


「誰の判断で」


「私だ」


ざわめきが起きる。


「評価基準は?」


「成果量、持続、連携」


「数値は?」


「後で決める」


誰かがため息をついた。


「曖昧すぎる」


「今までは?」


「決まっていた」


「誰が決めた」


沈黙。


そこへ、外科の癒術師が通りかかる。


「また、森の話か」


「関係あるか」


エメリクが問う。


「ある」


外科医は淡々と言った。


「俺たちも、帳簿に合わない」


「どういう意味だ」


「処置は記録される。

 だが、評価はされない」


「内科は?」


「言葉が残る」


「外科は?」


「血は残らない」


調合室が静まる。


「森も同じだ」


エメリクは言った。


「痕が残らない仕事が、消されている」


「だが、評価がなければ、秩序が――」


「秩序は、誰のためだ」


記録係が答えた。


「癒院のためだ」


「違う」


エメリクは首を振る。


「民のためだ」


「理想論だ」


「現実だ」


エメリクは帳簿を指した。


「この癒院は、

 赤字でも続いている」


「使命があるからだ」


「使命だけでは、

 人は残らない」


その言葉に、誰も反論しなかった。


そこへ、森に入った薬剤師が戻ってきた。


衣は汚れ、靴には泥。


「……戻りました」


「怪我は」


「ありません」


「収穫は」


籠が開かれる。


質の良い薬草が、静かに並ぶ。


「これで、何人分だ」


「十人、いや、もっと」


調合室がざわつく。


「評価は?」


誰かが聞く。


エメリクは答えた。


「帳簿に書く」


「どこに」


「最初の頁に」


「前例がない」


「だから、前に書く」


沈黙。


やがて、記録係がペンを取った。


「……項目名は」


エメリクは少し考えた。


「供給」


ペンが動く。


小さな音だが、

確かに、線が引かれた。


外科医が、ふっと笑った。


「じゃあ、俺たちも、

 もう少し前に出られるな」


「出ていい」


エメリクは答えた。


「血も、泥も、

 同じ仕事だ」


灯は、まだ小さい。


だが、帳簿の最初の頁が、

静かに書き換えられた。

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