第41話 森へ向かう者、戻らぬ評価
朝の空気は冷えていた。
王立癒院の裏門に、人が集まっている。
籠、布袋、刃物。
森へ入るための、簡素な支度だ。
「本当に、行くんですか」
若い薬剤師が小声で言った。
「行く」
エメリクは短く答える。
「調合室が回らなくなります」
「回りすぎている」
「評価が……」
「評価は後で変える」
その言葉に、周囲が静まった。
「森に入る者は、記録に残る」
エメリクは続ける。
「名も、日付も、成果もだ」
「今までは?」
「残らなかった」
誰かが息を呑む音がした。
「森で集める者は、
これまで“施し”と呼ばれてきた」
エメリクは一人ひとりを見る。
「今日からは、
“供給”と呼ぶ」
籠を背負った女が、顔を上げた。
「……供給」
「癒院は、そこから始まる」
門の外で、待っていた者がいた。
年配の男。
山際で薬草を集めていた者だ。
「久しぶりだな」
「来るとは思わなかった」
「来た」
それだけで、十分だった。
森へ入る。
土は湿り、足元は不安定だ。
枝が服を引き、虫が音を立てる。
「ここは、踏むな」
「根を傷つける」
「刃は浅く」
言葉は短い。
だが、動きは確かだ。
若い薬剤師が、戸惑いながら真似る。
「……難しい」
「慣れだ」
「評価は?」
「今はない」
「それでも?」
「命に近い」
その答えに、薬剤師は黙った。
昼過ぎ、籠は半分ほど埋まった。
「これで、どれくらい持つ」
「十日は持つ」
「調合は?」
「戻ってからだ」
エメリクは頷いた。
森の中で、風が通る。
高い枝が揺れ、葉が擦れる音がする。
「……ここでは、祈りは要らないな」
誰かが言った。
「要る」
年配の男が答える。
「ただし、言葉じゃない」
「何だ」
「手だ」
刃を持つ手、掘る手、包む手。
それだけで、十分だった。
戻り道、若い薬剤師が言った。
「調合室に戻ったら、
居場所がなくなるかもしれない」
「なくならない」
「なぜ、そう言える」
エメリクは歩みを止めた。
「森に入った者は、
戻れる場所を二つ持つ」
「二つ?」
「創る場所と、配る場所だ」
「評価は?」
「遅れてついてくる」
「遅れたら?」
「それでも、続ける」
薬剤師は黙って頷いた。
王立癒院が見えてくる。
門は、まだ開いている。
「……灯は小さいな」
「だが、増やせる」
エメリクは籠を見る。
中身は少ない。
だが、確かだ。
「ここから、直す」
誰にともなく言った。
森の匂いを、
そのまま持ち帰りながら。




