第40話 調合室は満ち、森は空く
王立癒院の奥に、調合室がある。
扉を開けると、薬草の匂いが濃く漂った。
乾かされた葉、粉にされた根、瓶に詰められた液体。
棚はぎっしりと埋まり、人の数も多い。
「……多いな」
エメリクが思わず口にすると、白衣の男が振り返った。
「薬剤師は足りている、というより……余っている」
「余っている?」
「配置の問題だ」
男は苦笑した。
「癒殿から流れてきた者が多い。
あちらでは“薬を配る”のが仕事だった」
「ここでも同じか」
「似て非なる」
男は瓶を一つ取り、軽く振る。
「ここでは、足りない」
「何が」
「薬草だ」
棚は満ちているのに、という顔をエメリクはした。
「量ではない」
「質か」
「持続だ」
男は低い声で続けた。
「森から来る者が、減っている」
エメリクは思い出す。
山際で、籠を背負っていた人々。
土に手を突っ込み、根を傷つけないよう掘っていた姿。
「なぜ、来なくなった」
「報酬が出ない」
「出しているだろう」
「“配る側”にだ」
男は棚を指した。
「我々は高給だ。
だが、森に入る者は、施し扱いだ」
「同じ薬の、同じ命綱なのに?」
「そうだ」
瓶の蓋が、静かに閉まる。
「森の者は言った」
男は言葉を探しながら続けた。
「『自分たちは、汚れる仕事だ』と」
「汚れる?」
「土に触れ、虫に刺され、血を吸われる」
エメリクは息を吐いた。
「外科と同じだな」
「そうだ」
「では、なぜ薬剤師は多い」
「安全だからだ」
男は即答した。
「屋内、清潔、評価される」
「創っている、とは言えないな」
「配っているだけだ」
沈黙。
調合室の隅で、若い薬剤師が瓶を磨いている。
「彼女は?」
「癒殿出身だ」
「技術は?」
「ある。
だが、森に行ったことはない」
エメリクは一歩踏み出した。
「配置換えは?」
男は首を横に振る。
「拒まれる」
「なぜ」
「森は、下だと」
その言葉に、エメリクの表情が変わった。
「……逆だ」
「何が」
「命の始点は、森だ」
男は驚いたように見た。
「切る者が足りず、
集める者が消え、
配る者だけが増える」
エメリクは静かに言った。
「このままでは、瓶は空になる」
「だが、癒殿は――」
「短期では回る」
エメリクは遮った。
「だが、続かない」
彼は棚を見渡した。
満ちているようで、
どこか空虚だった。
「……配置を変える」
「誰を」
「薬剤師の一部を、創る側へ」
男は目を見開いた。
「反発が出る」
「出るだろう」
「身分の問題もある」
「だからだ」
エメリクは言い切った。
「身分を、仕事で決め直す」
調合室の空気が、わずかに揺れた。
外から、風の音が聞こえる。
高いところから、低いところへ。
「……森が、呼んでいるな」
男は小さく笑った。
エメリクは頷いた。
この癒院は、
まだ立て直せる。
そのためには、
瓶の中身から、変えねばならなかった。




