第39話 白衣の序列
処置室の外は、まだ慌ただしかった。
「次、腹痛」
「発熱、三日目」
「めまい、歩行困難」
呼び声は絶えない。
だが、ある一角だけが空いている。
「……外科は?」
誰かが小声で聞いた。
「今、手が離せない」
「もう一人は?」
「夜明けまで戻らない」
エメリクは、その空白に気づいていた。
内科の癒術師は多い。
白衣も、人も、足音も。
一方で、刃を扱う者の姿は少ない。
「なぜ、こんなに偏っている」
壁際で記録をしていた癒術師が、答えた。
「望まれないからだ」
「望まれない?」
「外科は、血に触れる」
「命を救うのに?」
「血は穢れだと、言われる」
エメリクは思わず聞き返す。
「誰に」
「皆に」
癒術師は紙を束ねながら続けた。
「家族に嫌がられる。
婚姻を断られる。
住まいを貸してもらえない」
「それでも、ここにはいる」
「行き場がない者が、残る」
通路の向こうで、呻き声が上がった。
「落ち着け!」
「押さえろ!」
「……縫合を」
声は切迫している。
「外科医を呼べ!」
「いない!」
一瞬の沈黙。
「……私がやる」
さきほどの白衣の女が、前に出た。
「内科だろ」
「刃は握れる」
「だが――」
「時間がない」
誰も止めなかった。
エメリクは、その背中を見ていた。
「……外科は、身分が低いのか」
「そう扱われる」
「癒殿では?」
「違う」
癒術師ははっきり言った。
「癒殿では、外科は飾りだ」
「飾り?」
「奇跡を演出するための」
エメリクは眉をひそめる。
「実際の処置は?」
「裏でやる。
名は残らない」
「ここも同じか」
「ここでは、名は残る」
癒術師は言った。
「だが、金は残らない」
ヨハンが口を開いた。
「なぜ、外科だけが不足する」
「理由は単純だ」
「汚れと、報酬」
「……」
「内科は言葉で治す。
外科は切る」
「切る方が、嫌われる」
「そして、割に合わない」
処置室から、声が聞こえた。
「止血、成功!」
「脈、安定!」
小さな拍手のような息が漏れる。
「助かったか」
「今夜はな」
女が出てきた。
額に汗、手に血。
「ありがとう」
誰かが言う。
女は首を振った。
「仕事だ」
「名は?」
「要らない」
そう言って、再び中へ戻る。
エメリクは、その姿を目で追った。
「……序列がある」
「ある」
「だが、命に序列はない」
「だから、ここは赤字だ」
ヨハンが静かに言った。
エメリクは、灯を見た。
小さい。
だが、確かに照らしている。
「……ここから、直さなきゃならない」
何を、とは言わなかった。
だが、ヨハンには伝わった。
「風が、強くなるな」
「高いところから、低いところへ吹く」
エメリクは答えた。
「なら、圧を変えるしかない」
二人は、同じ灯の下に立っていた。
その光は、まだ弱かった。




