第38話 門は開いていた
夜明け前、王立癒院の門は開いていた。
豪奢な装飾はない。
高い塔も、香の匂いもない。
ただ、石造りの門と、消えかけの灯が一つ。
「来たぞ!」
担架が運び込まれる。
「男、若い、落下事故!」
「出血多量!」
声が重なり、足音が増える。
「名前は?」
「リオス!」
「意識は?」
「ある、が浅い!」
癒術師が走り寄る。
「運べ、処置室へ!」
中は狭い。
天井は低く、壁は年季が入っている。
だが、動きに無駄がない。
「布!」
「縫合具!」
「水を温めろ!」
一人が止血し、一人が脈を測り、一人が記録を書く。
「骨盤に損傷の疑い!」
「外科を呼べ!」
「……今、二人とも処置中です!」
一瞬、空気が張り詰める。
「代わりに私が入る」
白衣の女が前に出た。
「経験は?」
「戦地帰り」
誰も止めなかった。
エメリクは壁際に立って、その様子を見ていた。
「証は?」
誰かが小声で聞く。
「不要だ」
癒術師が即答した。
「ここは王立だ」
「施し証も?」
「要らない」
「では、費用は?」
「後だ」
刃が走る。
血が拭われ、縫われる。
「声をかけ続けろ!」
「リオス、聞こえるか!」
「……ああ」
「今は、息をするだけでいい!」
時間が伸びる。
やがて、動きが少しずつ落ち着いた。
「……持ち直した」
誰かが言う。
「今夜は越える」
息が、吐かれた。
エメリクは初めて、肩の力を抜いた。
廊下に出ると、簡易寝台が並んでいる。
子ども、老人、怪我人。
症状は違えど、皆、同じ灯の下だ。
「……人が足りないな」
ヨハンが後ろに立っていた。
「常にだ」
癒術師が通りすがりに言う。
「使命で回っている」
「それで、続くのか」
「続いていない」
即答だった。
「人が抜ける。
癒殿へ行く」
「なぜ」
「給金が出る。
休みもある」
エメリクは唇を噛んだ。
「ここは?」
「赤字」
「だが、命は救っている」
「それだけでは、生きられない」
ヨハンは静かに辺りを見渡した。
豪奢さはない。
だが、誰も追い返されていない。
「……灯は小さいな」
「消えないように、削っている」
「削る?」
「人も、時間も、誇りもだ」
エメリクは理解した。
ここは、
選ばれた者の場ではない。
残された者の場だ。
「……この門は、閉じない」
エメリクは言った。
誰に向けた言葉でもなかった。
ヨハンは答えなかった。
ただ、灯を見つめていた。




