第37話 崩れた足場、割れた声
夜明け前、教会領の裏手は薄暗かった。
催しの後片付けが続いている。
布は畳まれ、木枠は外され、積み上げられた板が壁際に寄せられていた。
「そこ、気をつけろ」
低い声が飛ぶ。
「分かってる」
返事は軽い。
足場は仮組みだった。
昨日までは人の流れを受け止めていたが、今は重さが違う。
「その板、支えが甘いぞ」
「大丈夫だって」
次の瞬間だった。
鈍い音。
乾いた木が裂ける。
「――っ!」
声にならない叫び。
足場が沈み、板が傾き、人が一人、二人と崩れ落ちる。
積まれていた木材が滑り、下へ流れた。
「下に人がいる!」
「止めろ!」
誰かが叫ぶが、もう遅い。
重なった板の下から、呻き声が漏れる。
「……動くな」
「息は?」
「ある、けど……足が」
血の匂いが、微かに混じる。
エメリクは走っていた。
広場からここまで、距離はない。
だが、音は確かに違った。
「どけ!」
人垣を割る。
倒れているのは、若い大道芸人だった。
昨日、火を扱っていた男。
「動かすな」
エメリクは言った。
「首かもしれない」
「でも、ここじゃ……」
「癒殿は?」
誰かが言う。
「証は?」
「持ってない」
一瞬の沈黙。
「王立癒院だ」
エメリクは即答した。
「遠いぞ」
「担架を出せ」
「許可が……」
「今は要らない」
誰かが走り出す。
「血が止まらない」
「布を」
「水を」
混乱の中で、時間だけが過ぎる。
そこへヨハンが現れた。
「何が起きた」
「事故だ」
「なぜ、ここで」
「後片付けだ」
ヨハンは倒れている男を見る。
「……証は」
「ない」
「なら、癒殿では――」
「間に合わない」
エメリクは遮った。
「この距離、この出血量」
「王立は設備が――」
「ある」
エメリクは言い切った。
「ここよりは」
ヨハンは一瞬、黙った。
「運べ」
結局、その一言だった。
担架が担ぎ上げられる。
「名前は」
「……言えるか」
「リオス」
掠れた声。
「リオス、聞こえるか」
「……ああ」
「目を閉じるな」
「……祭りは」
「終わった」
「……そうか」
担架は揺れながら進む。
教会領を出ると、道は一気に暗くなる。
整えられた石畳はなく、土がむき出しだ。
「早く!」
「息が浅い!」
「止血を続けろ!」
エメリクは横を走りながら、気づいていた。
ここから先は、
祈りでも、証でもない。
「間に合え……」
王立癒院の灯が、遠くに見えた。
その明かりは小さい。
だが、確かに、そこにあった。




