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第35話 選ばれる場、選ばれぬ手

教会領の奥では、朝から人が動いていた。


石畳が掃かれ、木枠が組まれ、白布が張られていく。

広場よりも整った場所。

水路は浅く掘り直され、流れはゆっくりと制御されていた。


「この位置でいい」


「もっと内側だ」


「いや、信徒の列が詰まる」


声は低く、よく揃っている。


エメリクは少し離れた場所から、その様子を見ていた。


「広場より、早いな」


隣にいた男が言う。


「慣れている」


「毎月やってるからな」


「毎月……」


男は頷いた。


「祈念の催し。

 名目は違えど、やることは同じだ」


「人は集まるか」


「集まるさ。

 集め方が違うだけだ」


木枠の前で、名簿を持った神官が立ち止まった。


「お前は、ここまで」


「え?」


若い男が戸惑う。


「外の者だろう」


「でも、昨日は……」


「昨日は広場だ」


線が引かれる。


布の内と外。

祈りの場と、そうでない場。


「こちらへ」


別の神官が、別の男を手招く。


「信を示している」


示す、という言葉が重い。


「示してない者は?」


「後ろだ」


「後ろって、どこだ」


答えはない。


エメリクは歩き出した。


名簿の前に立つ。


「条件は?」


神官が顔を上げる。


「加護を受けていること」


「受けていないと?」


「奉仕からだ」


「奉仕は、賃が出るか」


神官は一瞬、言葉を選んだ。


「施しはある」


「証は?」


「……不要だ」


エメリクは理解した。


賃は出ない。

証も残らない。


「働いた証は?」


「祈りが残る」


「祈りで腹は満たせない」


神官は視線を逸らした。


「満たされぬ者は、信が足りぬ」


その言葉の向こうで、別の神官が指示を飛ばす。


「その者は内へ」


「その者は外へ」


流れは速い。


迷いはない。


そこへヨハンが現れた。


「問題があるか」


「線が多すぎる」


エメリクは答える。


「線があるから、場が保たれる」


「線の外は、どうなる」


「自然に散る」


「散った先で、どうなる」


ヨハンは少し考えた。


「祈りを覚える」


「覚えなかったら」


「それも選択だ」


エメリクは水路を見る。


流れは穏やかだが、溢れないように低く抑えられている。


「この水路、誰が掘った」


「奉仕の者だ」


「証は残るか」


「残らぬ」


「だが、毎月掘り直される」


「信が続く限りな」


エメリクは一歩引いた。


場は整っている。

だが、支えている手は見えない。


「広場では、手が見えた」


「見えすぎるのは、騒がしい」


ヨハンは静かに言った。


「見えない方が、信は保たれる」


エメリクは何も言えなかった。


ただ、線の外に立つ人々の足元を見ていた。


誰も騒がない。

誰も声を上げない。


それが、最も重い音だった。

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