第33話 縛られる自由、流れる不安
翌朝、広場はまだ静かだった。
露を含んだ地面に、車輪の跡だけが残っている。
昨日の賑わいが嘘のように、音がない。
エメリクは倉の前で、二人の的屋と向き合っていた。
一人は年嵩、もう一人は若い。
「昨日の話、聞いたぞ」
年嵩の方が言った。
「地元の麦を使え、炭を使え、だと?」
「強制じゃない」
「だが、場所代が変わるんだろ」
「変わる」
若い方が口を挟んだ。
「それ、実質同じじゃないですか」
エメリクは否定しなかった。
「同じだと思うなら、そう感じているということだ」
「俺たちは“流れ者”だ」
年嵩が肩をすくめる。
「土地に縛られないから、やっていける」
「分かっている」
「だったら、なぜ縛る」
「縛りたいわけじゃない」
エメリクは地面に視線を落とした。
「昨日、銅貨がどこへ行ったか、見た」
「……」
「赤字の者は、次に来られない。
借りを作り、弱くなる」
若い的屋が眉をひそめた。
「弱いから悪い、って言うんですか」
「違う」
エメリクは顔を上げた。
「弱くならない仕組みを作りたい」
沈黙。
「だが」
年嵩が言った。
「それは“村の論理”だ。
俺たちの論理じゃない」
「知っている」
「なら、なぜ合わせろと言う」
エメリクは少し考えてから答えた。
「村が潰れたら、戻る場所がなくなる」
若い的屋が笑った。
「俺たちに“戻る場所”なんてない」
「ある」
「どこに」
「今、立っているここだ」
二人は言葉を失った。
そこへ、ヨハンが現れた。
川沿いから戻ってきたらしく、靴が湿っている。
「話は終わったか」
「途中だ」
エメリクが答える。
ヨハンは的屋たちを一瞥した。
「理解できないだろう。
彼らは流れる水だ」
「水は器がなければ溢れる」
「器は教会領にある」
「そこに集めすぎている」
ヨハンは冷ややかに言った。
「流れ者に情をかけると、村が濁る」
年嵩の的屋が一歩前に出た。
「濁る、か」
「そうだ」
「俺たちは汚れか?」
ヨハンは答えなかった。
沈黙が重く落ちる。
「……いい」
年嵩は背を向けた。
「次の月は来ない」
若い的屋も続く。
二人の背中が遠ざかる。
エメリクは何も言えなかった。
「見ただろう」
ヨハンが低く言う。
「自由とは、責任を持たないことだ」
「違う」
エメリクは静かに返した。
「責任を持てる場所がないだけだ」
ヨハンは川の方を見た。
「水は流れを選ばない」
「選ばせるのが、器だ」
兄弟はしばらく並んで立っていた。
広場には、風だけが残っていた。




