第32話 銅貨はどこで止まり、どこへ消える
昼前になると、広場は人で埋まった。
畑仕事を終えた者、工房を抜けてきた者、教会帰りの老人、子どもたち。
音楽と匂いに引き寄せられ、自然と足が向いている。
「焼き菓子一つ、銅貨三枚だよ!」
「ほらほら、刃投げだ! 当たれば酒一杯!」
声が飛び交い、銅貨が鳴る。
エメリクは広場の端、簡易の机に座っていた。
目の前には帳面、石板、そして小さな秤。
「次、菓子屋だ」
呼ばれた男が近づく。
旅装の商人だが、どこか疲れた顔をしている。
「粉の仕入れは?」
「村の西。三袋」
「砂糖は?」
「南の港町から。高い」
「薪は?」
「村の炭焼きから」
エメリクは石板に刻みながら、淡々と続ける。
「売上は?」
男は少し間を置いた。
「……銅貨百二十」
「場所代」
「二十」
「通行税」
「十」
「教会領使用料」
「……十五」
エメリクは顔を上げた。
「残りは?」
「七十五」
「材料費は?」
「六十」
沈黙が落ちた。
「十五か」
男は苦笑した。
「宿と食事で消える。
次に来るかは……正直、分からん」
エメリクは頷いた。
「ありがとう。下がっていい」
次に呼ばれたのは、刃投げの芸人だった。
「的は自前か?」
「ええ」
「刃は?」
「鍛冶場で借りてます。使う分だけ」
「売上は?」
「昨日で百五十」
「経費は?」
「六十」
「残り九十か」
芸人は胸を張った。
「ここは悪くない」
その様子を、少し離れた場所でヨハンが見ていた。
「……随分と細かいな」
「細かくしないと、分からない」
エメリクは帳面を閉じた。
「兄上。
同じ“催し”でも、結果は全然違う」
「それで?」
「赤字の者が増えれば、次は質が落ちる。
借金をして来る者も出る」
「自業自得だ」
「村も巻き込まれる」
ヨハンは一歩近づいた。
「どういう意味だ」
「売れない者は、教会に頼る。
施しを受け、借りを作る」
「それの何が悪い」
「教会領の負担が増える」
ヨハンの表情がわずかに硬くなった。
「……だから、選別が必要だと言っている」
「選別じゃない」
エメリクは広場を見回した。
「条件だ。
地元の麦を使う。
地元の炭を使う。
地元の工房を通す」
「強制か?」
「指針だ」
「従わなければ?」
「場所代を上げる」
ヨハンは息を吐いた。
「結局、管理だな」
「そうだ」
エメリクははっきり言った。
「風は放っておくと、荒れる。
だが、道を作れば、畑を潤す」
そのとき、子どもたちの笑い声が上がった。
曲芸師が失敗し、派手に転んだのだ。
「見ろ」
ヨハンが呟く。
「笑いと無秩序だ」
「違う」
エメリクは静かに返す。
「今、銅貨が十枚、あそこに落ちた」
ヨハンは黙った。
「それが、どこへ行くかを見てる」
風はまだ止まらない。
だが、村の中に、初めて“溝”が掘られ始めていた。




