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101/114

第101話 もう一本

森の奥は静かだった。


風が木の上を通り過ぎる。

葉が揺れ、光が細かく砕ける。


その下で、斧の音だけが響いていた。


コン。


コン。


コン。


エメリクは足を止めた。


「急いでるな」


エーグルが肩をすくめる。


「急ぐのが好きな男だ」


斧の音は速い。


規則的ではない。


コン、コン、コン。


苛立ったような音。


エーグルが言う。


「コルボーだ」


森の奥から木屑が飛ぶ。


太い幹が半分まで切られている。


コルボーは汗まみれだった。


斧を振り下ろす。


コン。


木が震える。


コン。


もう一撃。


コン。


エーグルが声をかける。


「乾いてるぞ」


コルボーは振り向かない。


「知ってる」


「裂ける」


「早く倒せばいい」


斧が振り上がる。


コン。


次の瞬間だった。


乾いた音。


バキッ。


幹が裂ける。


予想外の方向へ。


コルボーが腕を引く。


だが遅い。


斧が跳ねる。


金属の音。


そして


短い叫び。


斧が地面に落ちた。


エメリクが走る。


コルボーが膝をついている。


左手を押さえている。


指の間から血が流れる。


エーグルが低く言う。


「また持っていかれたか」


コルボーは笑った。


苦笑いだった。


「森は気前がいい」


エメリクが布を掴む。


手を開く。


血の中に、指がない。


薬指。


左手の。


エアリスが息を呑む。


「折れた?」


エーグルが首を振る。


「飛んだ」


コルボーは地面を見た。


落ちていない。


「森に返した」


エーグルが言う。


コルボーは肩を震わせて笑った。


「どうせ使わねえ」


エメリクが布を巻く。


「痛むか」


「当たり前だ」


「医者を呼ぶ」


「いらねえ」


コルボーは立ち上がろうとする。


足がふらつく。


エーグルが腕を掴む。


「座れ」


コルボーは木の根に腰を下ろした。


血はまだ止まらない。


エメリクが言う。


「小指も無いな」


コルボーは左手を見る。


「昔やった」


「約束の指」


エーグルが言う。


コルボーは鼻で笑う。


「約束する相手がいねえ」


エアリスが小さく言う。


「薬指は」


コルボーは空を見上げた。


「結婚の指だろ」


エーグルが頷く。


コルボーは肩をすくめた。


「使う予定なかった」


風が吹く。


森が揺れる。


倒れかけた木がゆっくり軋む。


エーグルが言う。


「森は急ぐ奴から持っていく」


コルボーは血のついた手を見つめる。


「二本目だ」


そして小さく笑う。


「あと三本ある」


エメリクは森を見渡す。


乾いた葉。


切り株。


黒く焦げた地面。


「急ぎすぎだ」


コルボーは答えた。


「急がないと食えねえ」


遠くで鳥が飛び立つ。


森は静かだ。


だがその静けさの中で、


何かが少しずつ失われていた。

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