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アクアミネスの勇者  作者: 佐倉真稀
第一章~宇佐見編~

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坂上智樹4

坂上智樹視点

王都の森は鬱蒼として不思議と雪は少なかった。奥に行くほどひんやりとはしているが、森の保有する魔素の影響で雪が積もらないんだとか。

森に入ってから宇佐見明良は森の歩き方、というのを俺に教授してくる。

植生、魔物や獣の痕跡、気配の絶ち方、察し方。薬草の見つけ方、等々。

こいつはほんとによくやっている。反抗的な俺を引っ張って、この世界の知識を身につけて、同郷の指導をしている。

何故だ?何故そんなに頑張れる。

チートをもらったから?

王女に好かれたいから?

それだけか?

「おい、聞いてるのか?ぼうっとしてたら命落とすぞ。」

思わず思考に気を取られてた俺に宇佐見明良から注意が飛んだ。

そういえば、こいつ、足音が全然しない。落ち葉や、雑草も生えているのに。小枝だって落っこちてるし…。そこまで考えて、気配の薄いことに気付いた。意識しなければ、俺はこの森で一人で歩いてるのでは、と思ってしまうほど。

俺が歩くたびにがさりと音がする。枝に引っかかって、その枝を折ってしまったりする。

だが、そんなことは宇佐見明良にはない。

歩き方も、俺とは全然違う。

わからなかった。

そういえば、早朝のトレーニング、あとからの10人は、音を立てていなかった。

足の運び方が違っていた。

多少、オーバーワークになった時は、乱れたり、声をあげたりしていたが、そうでないときは、宇佐見明良のような走り方をしていた。


俺はこの時身にしみて、自分の力量があとの10人の誰にも及ばないとわかった。


どうしたら、あんなふうになれるんだ。

チートの差じゃない。

俺だって、強力な能力はもらっている。

そうじゃない部分だ、この差は。

あいつを見ろ、違いを探せ。

追いつかなければ、俺はここにはいられない。

今までの行為が生きているのが恥ずかしくなるほどの、愚かしい行為だとわかってしまったから。


それからの俺は従順になった。ならざるを得ないと、言うほどのスパルタだった。

始めは丁寧に教えてくれる。

実行させられる。

出来ないと繰り返し。命の危険がないと手を出しては来ない。

魔法はあいつが、剣術はカディスに鍛えられた。

そうして、いつの間にか、身体が引き締まっていたことに気付いた。


追いつけてはいない。

マシになった程度だ。

それでも、あいつがこの集団を仕切るようになって、他の奴らの意識も変わっていったのがわかった。

食堂で見る他の奴らは皆楽しそうだ。

今までのグループではなく、今組んでいるグループごとに集まっている。

迷宮に行く前の、やる気のなさとは一転、やる気に溢れているようだった。


「智樹、ラビちゃん先輩の個人授業はどうなんだ?」

「きついんじゃね?」

「でも、一番鍛えられてんじゃねえの?」

昌樹、勝道、りくが声を掛けてきた。

久しぶりだった。

「スパルタだよ。そっちはどうなんだ?」

意外と普通に言葉が出た。迷宮以来、あまり話してはいなかったのに。

「あいつら意外とやるんだよな。ビックリしてさ。」

昌樹が言う。

「まあ、認めてやらないことはねえけど。」

勝道が口を尖らせて言った。

「まあ、まあ。前よりマシになったくらいじゃないかな。」

とりくが言う。

こいつらも顔つきが変わった。やっぱり環境なのだろうか。グループの他の面子と仲良くやっているらしいことは、こいつらを呼ぶ、そいつらの表情でわかる。

「んじゃ、呼んでるから。」

とさっさと行ってしまう。

「ああ。」

と俺は手を振る。その手を降ろすと握りしめた。


俺だけだ。俺だけがこの変化についていけてない。

いつの間にか、俺はボッチだ。


自業自得だとは分かっている。

だが、この世界に俺はいる価値があるんだろうか。


その日のクエストの帰り道。カディスが話しかけてきた。

「どうだ?調子は。」

にやにやとしているこの男は、あいつより剣技では強い。

「…頼みがあるんだけど。」

そう言ったら、この男は一瞬びっくりした顔をした。


「俺に剣を教えてほしい。夜に。」


意外にも受けてくれて、その日から課外授業が始まった。

カディスはスパルタだった。昼間の指導よりもはるかに。


「あいつの邪魔をしないように、鍛えてやるから覚悟しな。」


カディスはあいつの護衛で、親しい友人のようだった。


向こうの世界でも、こっちの世界でも、俺には真の友人がいないのだ。

どうしてなんだ。

どうしたらいいんだ。

俺は、俺は…。


1人でいるのはつらいんだ。



いつの間にか、俺は泣いていたらしい。剣を打ち合ってたカディスが驚いた顔で剣を止めた。


「どうした。どこか、怪我をしたか?」

俺は首を横に振った。自分でもなんで泣いてるかわからない。こんな年で、人前で涙が出るなんて、おかしい。

「わ、わからな、い。怪我はしてな、い…。」

剣を落として、腕で涙をぬぐう。

ぽんと頭に手が置かれて、カディスの胸に抱きこまれた。

「まだ、子供だなあ。ようし、お兄ちゃんの胸で泣きな。」

後頭部を手で押さえられて、動けなかった。

馬鹿にするな、といいたかった。

でも、そういうはずの口は、嗚咽しか漏れず。

みっともなくも、男の胸で気がすむまで泣いてしまったのだった。

せめて女の子の胸だったらよかったなどと、あとで思ったのだが、どうも俺はその時は相当追い詰められていたらしい。


その日のクエストは魔物討伐だった。思ったよりも体が動いて、魔法ではなく剣で屠れた。

解体も慣れてきて、珍しく宇佐見が褒めた。


「そろそろ迷宮に行ってもいい頃かなあ。」


そう、呟いた。


カディスとはまだ特訓が続いていて、大泣きした日以来、少しカディスの態度が変わってきたような気がした。


打ち負かされて膝をついた俺に多分にやにやした顔をして言っているんだ。


「泣いてもいいのよん。お兄さんが受け止めてあげるから。」

むっとして俺は立ち上がって斬りかかる。

「ば、馬鹿にするなよ!?」

剣を何なく受け止めてカディスはにやりと笑った。

「いい顔になってきたよ。それなら安心だな。」

いい顔ってなんだ?なんでそんな得意げな顔をしているんだ。

なんだかムカついて、めちゃくちゃに打ちかかったら、いちいち悪いところを指摘されてさんざんに痛めつけられた。


わかっている。あの日以来俺の心の奥底の澱がなくなったのだと。

だけどそれを素直に認めるのは、とても恥ずかしいことで、きまりも悪かった。

だから、変わらぬ態度で、今だけいうことを聞いてやってるんだと、そんなふうに宇佐見には振舞う。


「迷宮にはいる時はガッキ―チームに混ざるといい。21人は人数が多いから3分の1に分けて攻略に向かう。俺か、カディスが補助につく。」

どうやら、マンツーマンの指導は終わったらしい。


冒険者ランクがDに上がって、まだ少しCには及ばないというのが俺達最初の10人だ。

それでも、宇佐見の及第点に達したようで、俺達は迷宮への挑戦のやり直しをする。


「智樹もこのグループだって?」

昌樹が言う。

「とりあえず俺がこのチームのリーダーなので、従ってもらうからね。ウッド。」

と、このチームを率いる新垣悠斗、ガッキ―が言った。ウッドは恥ずかしいからやめてほしいんだが。

「よろしく~ウッドって、ほんとラビちゃん先輩のネーミングセンス最低。」

上谷真悟が言う。しんちゃんと呼ばれていた。

「まあ、よろしく頼む。」

緊張で少し声が裏返った。皆が少し目を見張った気がしたが、一瞬あと、口々によろしくと皆から声がかかった。


その日、俺はやっと、一人ではなくなったのだった。


坂上智樹のお話はこれで一応完結です。


次回からは宇佐見視点に戻ります。

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