訳ありってやつです
城下町の大通りを馬車が走り抜け王城の前までやってくる。遠くでは傾斜的な建物に見えたがだんだん近くに来るにつれ、それは修復中の崩れた王城だということがわかった。
いったいどうしたのかとトルジスさんに目を向けると、トルジスさんは俺のケツを撫でながら「エル様が……」とつぶやいたので俺は目を伏せた。バルバトスのおっさんは王城を見て大笑いしていた。
馬車は王城の門をくぐり抜け中庭で止まる。ケツ撫でも終わりの時を迎えてトルジスさんと喜びを噛みしめた。感極まった俺たちは涙を浮かべながら固い握手を交わしお互いの健闘を讃えあった。喜びのあまりへんなテンションになっていたのだと思う。そして二人の間に何物にも代えがたい友情が生まれたのをひしひしと感じていた。これがバルバトスのおっさんが言っていた思いがけない大切なものなのかもしれないと思ったが、元凶はおっさんなので感謝のカケラも感じなかった。バルバトスのおっさんは俺たちを気にも留めずにさっさと馬車を降りて行った。
足の縄を解かれ馬車から連れ出される。魔族という言葉のイメージにはそぐわない、ずいぶんと華やかな中庭だ。手入れの行き届いた花壇には赤や紫や黄色といった様々な花が美しさを競うように咲き誇っている。花壇の向こうに目を向けると丁寧に切りそろえられた芝生が生い茂り、その上になぎ倒された庭木がいくつか見える。その庭木に注目するとところどころ焦げていたり、その周辺の芝生が剥げていたりと悲惨な様子を呈している。
俺はすっと目を逸らして何もみなかったことにした。どうせ犯人は今、前に止まっている馬車から二人の兵士に担ぎ出されてきた縄でぐるぐる巻きにされているアホの子だろう。
アホの子はぐったりとしているが目ざとく俺を見つけたようだ。
「陽介~、お腹すいたのじゃ~。ごはん食べたいのじゃ~」
二日ぶりの第一声がそれかとがっくりきたが、もしかしたら馬車の中では食事をとらせてもらえなかったのかもしれない。俺たちは朝夕の二回パンと干し肉をもらっていた。
「トルジスさん、エルにはご飯を食べさせてないんですか?」
「いや君たちの二倍は与えているはずだぞ」
つまりエルには量が足らなかったと……。なら心配はないので優しく見守ろう。
アホの子が王城内へと運搬されるとそれと入れ替わりで一人の年老いた、しかし眼光は鋭く顔中に傷がある執事がよく着るクロックコートを身にまとった紳士が現れた。服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体、白髪をオールバックにした髪の隙間から両脇から生えていたであろう角は片方は半ばで、もう片方は根元から折れているのがわかる。ただそこに立っているだけで全てを威圧するような戦場の悪鬼を連想させる。
ゆっくりと歩みを寄せる紳士にバルバトスのおっさんが警戒を発する。
「兄ちゃん、これはちょっとばかしやべぇかもしんねぇな……」
バルバトスのおっさんだけでなく隣にいるトルジスさんも威圧されてしまったようだ。唾をのむ音が聞こえてくる。緊張がこの場を支配した。紳士だけがその中を悠然と動いている。
俺の目の前に立ち止ると俺の顔を見下ろす。身長は百九十センチメートルくらいだろうか。研ぎ澄まされた刃物のような鋭い視線で全身を見つめてくる。その鋭い視線が縛られている手首で止まり、俺から視線が外れ隣に立つトルジスさんに向かった。
「なぜ、縛られている?」
「はっ! 王城まで連行するにあたり人間の拘束は不可欠かと」
トルジスさんは緊張した面持ちで返答した。紳士の目つきが鋭くなる。
「すぐに縄を解きなさい」
「か、畏まりました!」
俺たちは縄を解かれ、久々に自由になった手に若干の解放感が押し寄せてきた。
「お客人、私についてきていただきたい」
紳士は俺とバルバトスのおっさんを眺めてそう告げると踵を返して王城に入っていった。
俺はどうするべきかとバルバトスのおっさんに視線を送るが、
「ついて行くしかねぇだろ」
とややあきらめたような顔で返された。バルバトスのおっさんはさっさとついて行ってしまったので慌てて俺もついて行く。振り向いてトルジスさんに手を小さく振って別れを告げた。トルジスさんは微笑んで小さく手を振ってくれた。俺のケツはすでにすり切れているが、俺たち二人の友情はいつまでも擦り切れないでいてほしいと願った。
城の中は質実剛健というような無骨な内装をしており、華やかさはほとんど感じられなかった。一分ほど歩き応接室に通されるがエントランスからここまで調度品はいっさいなく、まるで砦の中を歩いているようにさえ感じられた。
しかし応接室にはコの字に配置された品のいいソファーや意匠を凝らし宝石をちりばめた素晴らしいテーブル、美しい山脈を描いた絵画など高価に見える調度品が飾ってある。いざとなったらこれを盗んで逃げるのか? とアイーシャさんに強要されたことを思い出し、目の前の紳士をチラ見して、無理無理瞬殺だって、とあきらめた。第一持てない。
「お座りください」
紳士に促され俺たちは腰を下ろす。俺と紳士が対面に座る形となった。ソファーの柔らかさにバルバトスのおっさんは少し驚いたようで、小さな感嘆の声上げているが、俺は中腰の姿勢で止まっていた。
「? どうなされました?」
紳士が訝しげに俺を睨んで、いや見つめてくるが正直に言っていいものか迷ってしまう。しかしバルバトスのおっさんが笑いながらばらしてしまった。
「すまねぇな。こいつ馬車ん中でずっと兵士にケツを撫でられてたせいで、ケツが擦り切れて痛くて座れねぇんだ」
「それはそれは……先ほど隣にいた女の兵士にそういう趣味があるのですか? それとも……」
やっぱりトルジスさんは女に間違われるのか。ていうか趣味ってなんだよ。それとも……、のあとが気になるよ。
「なんか種族の掟とかでやらなきゃいけないって言ってたな。だからあんまり追求しないでやってくれ」
おいおっさん。それだと種族の掟がケツを撫でることになるだろうが。元凶はおっさんのくせにとぼけやがって。
「まあそれならば仕方ありませんね。種族の掟ならば他の種族が口を出すことはできませんから」
仕方なくねーよ。口出してくれよ。いや元凶はおっさんなんだが。
「ではお客人さえよろしければ寝転がっていただいてもかまいません」
「さすがに寝転がるのは……。立ったままではいけませんか?」
「兄ちゃん、そうさせてもらいなって。一人だけ立ってるのはちょっとあれだぜ」
一人だけ寝転がってるのもあれだと思うが……。
そうは思うが痛みに苛まれるよりはましなので寝転がさせてもらうことにした。真横になって寝そべり両肘をついて顔は紳士のほうを向く。ようは女豹のポーズだ。寝転がっている俺を見る紳士が一瞬薄ら笑いを浮かべたように見えたが気のせいだったのだろうか。
寝転がって姿勢を整えるとノックが響いた。紳士が「入れ」と声をかけるとメイドさんがお茶を持って入ってきた。肩の後ろくらいまでの艶やかな黒髪が印象的だ。その切れ長の黒い瞳で俺のほうをじーっと見て、さっき庭木を見た時の俺のようにすうっと目を逸らした。部屋には何とも微妙な空気が流れメイドさんがお茶をセットする音だけが空しく響き、誰一人視線を合わせることなく押し黙ったままメイドさんが退出していった。
「んっんー、ではお客人申し遅れました。私はエル様の教育係をさせていただいているセルバス・チャンと申します」
気を取り直した紳士が自己紹介を始めた。恐ろしい威圧感もさっきの微妙な空気で霧散してしまった。
エルの教育係って確か生まれた時から付いてるっていうあの不遇の人……。てーかそれなら名前はセバスチャンでいいじゃねーか。ニアピン賞もらえるよ。
「オレはバルバトス・ボイドでこっちが……」
「陽介です」
姓はなるべく名乗らないようにしている。姓から異界人とばれる可能性があり、やっかいになるとアイーシャさんに以前教えられた。どうしても名乗らなければならないときはエクサスの姓を使うようにと言い聞かせられている。
「バルバトス様に陽介様ですか。いやはやお二人ともずいぶんと我々の言葉が上手でございますね」
「まあ訳ありってやつでな」
「俺も訳ありってやつです」
とりあえずバルバトスのおっさんに乗っかってみよう。訳ありなのは事実だしな。
「訳ありですか……。まあそうでもなければ我々の言葉など話せるわけがございませんね」
バルバトスのおっさんがぐいっとお茶を飲むと静かに目をつぶった。いつもより真剣な、何かを悩んでいるようにも見える顔をしている。
「まず初めに、エル様を救っていただき誠にありがとうございました」
セルバスさんは立ち上がると俺たちに一礼し、また席に着いた。バルバトスのおっさんはちらっとセルバスさんを見てまた目をつぶった。
救ったというのはエスパデルからになるんだろうか。
「マギラスからの書状ではエルはこの王城にいて俺たちが連れてきたエルは偽物だということだったんですが、あれはいったい……」
「そうですね……。はっきりと言えば嘘です」
「嘘……ですか。それはまたなぜ……」
視界の端でバルバトスのおっさんはぱちぱちと目を開けたり閉じたりしているのが見える。なんかこっちを見ないようにしているみたいな気がする。
「今回、エル様が乗って行かれた……いや正確には強奪していったドラゴンはライナスという名前で、先代のころに大雪山を住みかとするルビードラゴンに譲り受けた卵から育てた大事な大事なドラゴンでした」
「強奪……ですか……」
「さすがエルお嬢様だな、スケールが違うぜ」
アホの子のスケールなんて目盛りがぶっ壊れてて計れるものではないのはわかっていたが……。
あとバルバトスのおっさんがこっちを見ない。
「ライナスはこの国の希望となるはずだったのです。カウワイやアルフォンに反撃するための決戦兵器として育てられてきました。陛下は幼少の頃からライナスとともに育ち、それはそれは仲の良い関係だったのです。
しかしそのライナスがエスパデルで討伐されたと知らせを受けた陛下はショックで寝込んでしまいました」
エル……お前ってやつは……。
バルバトスのおっさんが真剣な顔で俺とセルバスさんを見比べている。
「今回ばかりは陛下の怒りは収まることがなく、エル様がエスパデルに捕まったのならば処刑されてしまえとあのような書状を送ったのです。それにカウワイとアルフォンの侵攻も激しさを増す中、エスパデルに報復で猛攻をかけられるわけにはいかなかったのも一つの理由です」
「王様に反対する人はいなかったのですか? こう言ってはなんですが、一応エルは王女ですし……」
「今までが今まででございましたから反対する者はおりませんでした。私は仕える立場なのでそのようなことを提言するのは憚られますし」
エルはただの厄介者だったのね……。まあしょうがないか。でもセルバスさんはエルの味方みたいだな。
バルバトスのおっさんがなんか吹き出した。とりあえず睨んでみよう。
「す、すまねぇ。ちょっと待ってくれ」
「いかがなさいました?」
「い、いや、確かに俺も寝っ転がったほうがいいって言ったが、ぶふ、真剣な話をしてんのにそのポーズはねぇだろ! 笑わねぇように我慢するのも限界だって」
失礼な! 誰のせいでこうなったと思ってるんだ。成功報酬からケツの慰謝料を引くぞ。
……なぜセルバスさんは横を向いて口ものを抑えているんだ? なぜ小刻みに震えているんだ?
「セルバスさん……」
「んっんー、失礼、陽介様」
さては笑ってやがったな……。誤魔化しきれてねぇぞ。
俺はおもむろに立ち上がり話を続ける。
「それで、王様の怒りが収まっていないならエルはどうなるんですか? わざわざマギラスまで来たのにここで処刑されるんですか?」
「待ってくれ兄ちゃん」
バルバトスのおっさんが勢いよく割り込んできた。
「っく、なんで自然に話を続けようとできるんだよ。ぶふ、これ以上オレを笑わせないでくれよ。は、反則だぜ」
「ぶっふ、……んっんー、失礼」
……。
「それで、王様の怒りが収まっていないならエルはどうなるんですか? わざわざマギラスまで来たのにここで処刑されるんですか?」
「やり直さないでくれよ!」
「ぶわーはっはっは」
もうやだこいつら。何なの変なツボに入っちゃったの? お母さん真剣な話してんだからあんたたちも真剣になりな!
「兄ちゃん、うひっ、すまんちょっと、休憩、うひっ」
「……もういいです。勝手にしてください……」
俺は二人に背を向けてソファーに横になった。俺は貝になるのだ。もはや誰にも心を開かずひっそりと眠るのだ。
二人は一分ほど俺を笑った後やっと落ち着いたようだ。
バルバトスのおっさんが俺の機嫌をとってくるがすでに俺は貝なのだ。心など開かない。無視だ無視。
「……だめだ、完全にすねちまいやがった」
「ふふ、小さい頃のエル様を思い出しますね」
アホの子と一緒にされるだと!? それは見逃せないぞ! いや、落ち着け……見逃すんだ……無視だ無視。
「まあしょうがねぇ。セルバスさん、話を続けるがエルお嬢様はどうなるんだ?」
「どうなる……かは私にも見当が付きません。処刑されることはないとは思いたいのですが……」
「なるほどなるほど、いずれにせよエルお嬢様は大変立場が悪いわけだ」
「魔力が封じられてしまうなどというのは考えもしておりませんでしたからね。王も悩んでおられるでしょう」
「よし、セルバスさん、ちょいと王に伝言を頼めるかい?」
「伝言でございますか。かまいませんが……いったい何を?」
「なーに、一言でいいのよ。ジェラスの息子が会いに来たって伝えてくれ」
「……了解しました。では失礼致します。何か用事がございましたら外で待機しているメイドにお申し付けください」
セルバスさんが部屋を出ていく音が響いた。バルバトスのおっさんと二人っきりの部屋の中には静寂が訪れた。すねた手前今更話しかけるのも恥ずかしいのでバルバトスのおっさんから話しかけてくれるのを待つ。しかしまったく話しかけてくれる気配がない。静寂とともに時間だけが流れていった。
しばらく経つと扉が開く音が聞こえた。どうやらセルバスさんが戻ってきたようだ。
「バルバトス様、王がお会いになりたいそうです」
「じゃあ行くか。兄ちゃん、あとは任せな」
二人が俺を残して扉の向こうに行く音が耳に届いた。部屋は再び静寂に支配される。俺は起き上がりすっかり冷えてしまったお茶を口に含む。優しい味が口に広がった。




