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人は思いがけない大切なものを手に入れるもんさ

 ガタゴトガタゴト馬車は揺れる。手足を縛られ床に転がされながらガタゴトガタゴト馬車は進む。


「ねぇバルバトスさん」

「なんだ? 兄ちゃん」


 ――さわさわさわさわさわさわ……。


「人生っていった何なんでしょうか?」

「そうだな。先が見えないトンネル……みたいなもんじゃねぇか?


 ――さわさわさわさわさわさわ……。


「なんで先が見えないでしょうか。見えたなら失敗なんてしないのに……」

「先が見えないからこそ楽しいんじゃねぇか。それにトンネルならいつか抜けられるさ」


 ――さわさわさわさわさわさわ……。


「これがトンネルじゃなくてただの洞窟だったら、どうしたらいいんでしょう。抜け出せなくなったらどうしたら……」

「そん時は他の出口があることを信じてひたすら進むしかねぇんじゃねぇか?」


 ――さわさわさわさわさわさわ……。


「必死に進んで野垂れ死んだりやっと出れたと思ったらすぐ崖で転落死したりするんじゃないんですか?」

「ネガティブになりすぎだぜ兄ちゃん。楽しいことを考えてこそ人生が鮮やかに光るもんだぜ」


 ――さわさわさわさわさわさわ……。


「バルバトスさんはいいですよね。他人事だから楽しいことも考えられますもんね」

「何言ってんだ兄ちゃん。兄ちゃんは真実を追求してその結果としてたまたま今こうなってるんだ。誇れこそすれ恥じることはないんじゃねぇか?」


 ――さわさわさわさわさわさわ……。


「今の俺を誇れるならこの世に悲しみなんて存在しませんよ。世界に争いなんて起きません」

「人はその悲しみを乗り越えてこそ大きく逞しく成長するってもんだ。それを誇らずに何を誇れっていうんだ」


 ――さわさわさ――


「トルジスさん! いい加減ケツ撫でるのやめてもらえません!?」

「……ボクだって耐えてるんだ。我慢しろ。もともと君が悪いんだし……。ボクの種族の掟だし……」

「そうだぜ兄ちゃん、減るもんじゃないんだ。こんな美人にケツを触ってもらえるなんて機会滅多にないぜ。思う存分触らせてやりな」

「減るわ! 心の均衡がどんどん削れて傾いてくるわ! 最初はなんか嬉しかったけど今は服で擦れ過ぎてそろそろ限界をなんですよ!」

「げ、限界!? つ、つまりあれか? 人間はケツを撫でても、その……出るんだな……。そ、その、服着たままだと汚れるから……脱がしてから出してもらったほうが処理しやすいよね?」

「何勘違いしてんの!? ケツの話してんじゃん! 血が出る寸前だよ!」

「おいおい兄ちゃん、痔は早めに治しとかないと手遅れになるぜ?」

「誰が痔の話をしとるか!」


 お縄を頂戴して二日、エルとは別の馬車の中で王城に連行されている間ずっと美人な魔族のトルジスさんにケツを撫でられている。一時間に一回は「撫でるのやめて」と要請を出しているが聞き入れてもらえない。掟だからと断固として撫で続ける。


 トルジスさんは美人だ。とても美人だ。掟とやらで二日間ずっとケツを撫でている変な人だけど美人だ。足と足の間に俺と同じものがぶら下がってるけど美人だ。男の娘だから美人だ。こんなに可愛い子が女の子わけがない。

 ブルーノ……早く性転換魔法開発してくれ……。この人に使うから……。



 二日前、俺達は捕えられて武具をはぎ取られすぐに馬車に乗せられた。それと同時に魔族達は王城へ早馬を出していた。この時点では俺たちはまだ手首を縛られるだけだった。

 どうやら殺されるわけではないらしいが、直接事情を話しに王城まで行かなければならないようだ。馬車は別となったがここでエルと別れずに済んで後味が悪い終わり方をしなかったのはよかった。しかし魔族の隊長が語った俺とバルバトスさんを連れていく理由が、


「エル様だぞ? あのアホ王女がまともに事情を話せるわけがねぇだろうが」


 というエルをよく理解しているものだった。それには周りの一般兵も「うんうん」と頷いており、エルのアホさが魔族の共通認識ということに憐れみを覚えた。

 そしてエルがぐるぐる巻きにされて馬車に放り込まれたとき叫んでいた、


「陽介と離れ離れになるのはいやじゃ! 夫婦は一緒にいるものじゃ~!」


 という前半は俺としては嬉しいセリフを聞いて誤解した魔族たちから、アホの子の旦那という憐みの視線を受けて悲しみを覚えた。隊長からは、


「お前考え直せって。あれはねぇよ。顔がよくてもあれはねぇ。どうせエル様の戯言だろうけどさっさと別れな。魔族でもいいならいい子紹介すっから」


 となぜか説得される始末だった。それには周りの一般兵も「うんうん」と頷いており、四本腕の魔族は飴玉を口に放り込んでくれた。鼻に通る爽やかな味わいでなかなかおいしかったです。

 魔族たちのエルの扱いがなぜあんな風なのかは馬車にガタゴト揺られながら同乗した美人な魔族のトルジスさんが教えてくれた。バルバトスのおっさんはよくマギラスまで来ているためエルのそういう話も少しばかり知っていたようだ。トルジスさんは額に生えた長い一本角にベリーショートの青い髪、やや吊り上がった大きな瞳、兵士であるためやや筋肉質なスレンダーな体型をしている。

 この時点ではエルのことを頭の片隅に待機させてトルジスさんの魅力にくらくらときていたがあとで後悔することになった。

 今まで乗ってきた馬車はバルバトスのおっさんが魔族の隊長と交渉してオークの肉と引き換えに国境の砦で預かってもらうことになった。


 トルジスさん曰く、エルは、

 気に入らないことがあるとすぐ癇癪をおこして魔法をぶっ放す。話し合いは通じないことが多い。魔法の制御がまったくできずにさらにはとてつもない魔力を込めて放つので周囲の被害が途方もない。そのため建物がよく破壊されるので建築業が潤う。行方不明者多数。二年後にぼろぼろになって帰ってきた例もある。


 子供のころ城下町に冒険と称して一人で王城を抜け出す。町に被害がある前に回収をしに王城のほとんどの兵士が駆り出されたがなぜか三日後に隣町で発見される。この間、城下町から逃げ出す住民が多数。流通が完全にストップする。


 王城でよく迷子になる。大抵どこかで爆発音がするのですぐ見つかる。王城専属の大工が増員される原因の一つ。


 よく王城の食糧庫が荒らされるのでトラップを仕掛けるとエルが入っていた。


 定期的にガス抜きさせようと王が思い立ち、有り余る魔力でアルフォンの軍勢を攻撃させようとしたら味方の軍勢に当てる。死者多数。行方不明者多数。その後砦を奪われるが砦ごとエルが爆破。アルフォン軍の占領部隊壊滅。


 よく城下町で食料が盗まれるのでトラップを仕掛けるとエルが入っていた。


 親族の名前を一週間呼ばないと間違える。一か月顔を合わせないと顔を忘れる。親族の名前入りの姿絵を作成。エルの部屋に飾る。


 この際誰かに押し付けようと王が思い立ち、国内の貴族に婚約を迫るが全て断られる。断られたときに謝罪として貢物が大量に献上され財政が潤う。エル税として貴族に恐れられる。


 週刊マギラスタイムズで今週のアホ王女が連載される。エルの所業が逐一国民に知れ渡る。


 クロシュード大会で無類の強さを誇る。参加者のストレスが溜まりすぎるため出場停止に。殿堂入りを果たす。


 よく砦の食糧庫が(ry


 などなどたくさんの逸話があるそうだ。マギラスタイムズ出版の『愛すべきアホ王女』にほとんど載っているらしい。マギラスタイムズ出版はその後たまたまエルに爆破されたようだがしぶとく生き残っているそうだ。

 魔力が封印されていないエルなら砦など力ずくで通っていくというのが魔族の共通認識だったようで、そもそも魔力が封印されるなどという発想が出てこなかったそうだ。それに今まで強すぎる魔力を持つエルに対抗する手段がなかったため放置されてきたが隊長の判断で逮捕に至ったと話してくれた。

 そして俺がずっとケツを撫でられ続けている原因となったのは――


「いろいろ教えてくれたのはありがてぇよ。でもな姉ちゃん、女のあんたがなんで俺たちの監視兼世話係をやってるんだ?」


 そうだそうだ。これは期待しちゃっていいのかな? いいよね。いいともー!


「誰が女だ! ボクは男! 隊長が面白がってボクを監視につけたんだ」


 なるほどなるほど。ボクっ娘ですか。しかも自分を男と言い張る。定番ですな。ごちそうさまです。


「はっ、姉ちゃんが男だったらこの世の女は全部男になっちまうぜ。なあ兄ちゃん」

「いやはやまったくですよバルバトスさん。けしからん。実にけしからんですよ」


 手を縛られているが命の危険がないと保証されたので俺達は強気に出る。立場が逆転しているような気がするのがまた良し。


「なんと言われようがボクは男だ! 人間なんかに蔑まれる謂れはない!」

「蔑んでるわけじゃねぇよ姉ちゃん。ただ俺たちは男だ。あんたみたいな美人の姉ちゃんと一緒にいたらムラムラしちまうから困るってことだよ」


 そうだそうだ。ムラムラさせた責任とれー。


「ム、ムラムラ!? 変態か! お前ら!」

「何言ってんだよ。たとえ魔族と人間であっても男が女に欲情するのは自然の摂理ってもんだろ?」

「さすがバルバトスさん、含蓄に富んでるぅ!」

「だからボクは男だ! 人間の男は男にも欲情するのか!?」


 しないこともない。特殊な事例ではあるが。


「そこまで言うなら証明するしかねぇよな。そうだな……兄ちゃん、触って確かめな」


 さっすがバルバトスの兄貴! チンケなアッシにもチャンスをくれる!


「そういうことなら仕方ありませんね」

「な、何をする気だよ……。く、くるな!」

「俺だってこんなことはしたくはないんです。悪いのはトルジスさんなんですよ」

「うわっ!」


 ゆらりと近づき、ガバッと股間を掴む。縄で縛られた両手にむにむにと押し返す感触が伝わってくる。


「どうだ兄ちゃん?」


 むにむにむにむに……。


「んぅ、く、やめ……」

「そうですね……。男ならではのお馴染みの感触ですね」


 むにむにむにむに……。


「ちょ、ダメ……」

「やっぱ男か! 兄ちゃんに任せてよかったぜ」

「バルバトスさん! わかってたならやらせないで下さいよ!」


 むにむに……あ、ちょっと固くなってきた。


「……いつまでも触ってるんじゃない!!」


 ――バキッ!


「ぐふぅ!」


 トルジスさんの右のボディブロウが深々とささった。だがエスパデルの暴力こと”腹潰し”に毎日のように殴られている俺はそんな攻撃ではゲロを吐くまでには至らない。でも誰も回復魔法かけてくれないから痛すぎる。


「な、なんて屈辱だ! 人間なんかにこんなことを……殺す! 絶対殺す!」

「落ち着きなよ姉ちゃん、いやトルジスさんよ。俺たちを殺したら困るのは監視を任されたあんだだろうが」


 いいぞバルバトスさん、俺は腹の痛みで動けないからなんとか手打ちに持ってって。もともとおっさんの責任でしょ!


「ふざけるな! やられたら千倍にしてやり返す。それがボクの種族の掟だ! こんな辱めを受けたら殺す以外にあり得ない!」


 千倍って……。それくらいやり返したらほとんどの相手死ぬだろう。


「千倍にしてやり返すんだったら殺すんじゃなくて兄ちゃんのを千倍揉まなきゃいけねぇんじゃねぇのか」

「そ……そんなことできるわけないだろ!」


 男だが顔を赤らめている美人に俺の益荒男をひたすら揉まれる……。喜んでいいのか悪いのか判断がまるでつかない……。


「トルジスさんも若いんだ。なんでも殺す殺すで解決してたら大成できねぇぜ? 第一兄ちゃんを殺したら困るのはトルジスさん達だろ? ここは騙されたと思って揉んでみなって」


 あ、このおっさん自分に被害がないからって楽しみ始めたな……。にやにや面をさらしてやがる。


「人間の汚いものなんて触れるか!」

「確かに兄ちゃんのは汚い」


 おいおっさん、汚いとかはっきり言うな。見たことないだろ。


「だがあえてその汚いものに手を突っ込むことだって時には必要なんじゃねぇか? 清濁抱き合わせてこそ人生の深みが広がるってもんだと俺は思うぜ」

「……そ、それは……そうなのかな?」


 説得されかかってる……なんてチョロさだ。がんばれおっさんもう一息。


「そこでオレからの提案だ」

「なに……?」


 提案だと……? また禄でもないこと言い出すんだろうな……。


「兄ちゃんを殺すことはできねぇ。兄ちゃんのを揉みたくもねぇ。しかし掟で千倍にして返さなきゃならねぇ。ここまではいいか?」

「……ああ」

「ならトルジスさんが耐えられる方法で兄ちゃんにやり返すしかねぇ」


 いったい何をさせるつもりだ……。そろそろ口を挟んだほうがいいか?

 くそ、まだ腹の痛みが治まっていないから声が霞む。これじゃ馬車の振動音にかき消されて口が挟めない。


「性的にやられたことは性的に返す。つまり兄ちゃんの乳首を千倍コリコリするか、ケツを千倍撫でるかしかねぇだろ。」


 いや他にもいっぱいあるだろ! それに性的なことでやり返す意味がわからん。


「そんなこと……ボクにできるわけが……」


 引いてるよ! あきらかに顔を歪めてるよ! 眉間に皺が寄りまくってるよ!


「トルジスさんよ……いや、トルジス。そんなんだから人間なんかに舐められるんじゃねぇか……。きっちりやり返して真の男になりな!」


 人間のおっさんが言うなよ。


「真の……男に……」


 なに感動したような顔してんの!? ほんとチョロイなこの人!


「わかりました……。ならボクは尻を千倍撫でます!」

「撫でます! じゃねーよ!? 言い包められてんじゃねぇ!」

「兄ちゃん、自分の罪は償わなきゃいけねぇぜ?」

「元凶あんただろ!」


 俺にも確かにやましい気持ちはあったがそんなことは知らん。


「じゃあさっそく……」


 ――さわさわさわさわさわさわ……。


「……」


 怒鳴っちゃったけど撫でられるだけなら別になんともないな。目を瞑って痴女にひたすらケツを弄ばれていると想像すれば簡単に乗り切れるぜ。ビリーブ、己の妄想力を極限まで高めるんだ。

 俺が揉んでたのは二十秒くらいだから千倍だったら……五時間半くらいか。長すぎるだろ!


「しっかし大事なところを揉むのとケツを撫でるじゃ釣り合いがとれてねぇよな」

「というと……?」

「バルバトスさんは余計なこと言わないで」

「同じ重さにする必要があるんじゃねぇかってことよ」


 無視しやがったこのおっさん……。


 ――さわさわさわさわさわさわ……。


「どれくらいの重さの違いがあるものなのだ?」

「なぁトルジスよ。王城までは何日くらいかかるんだ?」

「お願いだからバルバトスさんはこれ以上余計なこと言わないで」


 被害を拡大させる気か?


「だいたい二日くらいで着くな」

「そうか……なら十倍くらいでいいんじゃねぇか?」


 十倍? 五十五時間だと? つまり王城までの間撫でられ続けろと!? そんなのお互い飽きるだろ! おっさんだってすぐに見てるの飽きるだろ!


 ――さわさわさわさわさわさわ……。


 なんとかして止めさせねば……。


「トルジスさんすみませんでした。お詫びのしようもないですがもう勘弁してください」

「何を言っている! 掟なんだから仕方がないだろ!」

「はっはー兄ちゃん、諦めな。人生ってのは試練の連続だ。その苦しみを超えた先に人は思いがけない大切なものを手に入れるもんさ」

「いい感じでまとめようとしたってまとまんねーよ!」


 こうして俺はケツを撫でられ続け、途中耐え切れなくなって暴れたときに足を縛られた。そして転がされて撫で続けられて二日間が経った。最初はやる気満々だったトルジスさんも二日目には俺と同じ淀んで濁った目になっていた。「何してるんだろう……ボク」とよく自分に問いかけていた。バルバトスのおっさんは楽しそうに外の景色を眺めていた。御者をしている魔族は面白そうにこっちを見ていた。


 ガタゴトガタゴト馬車は進む。俺とトルジスさんの精神汚染も進む。

 遠くに傾斜的な大きな石造りの城が姿を現す。

 ああ、王城が見える……。やっと解放されるんだ……。

 ガタゴトガタゴト馬車は揺れる。俺とトルジスさんは歓喜のあまり体が揺れる。

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