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じゃあ、逮捕

 ――パシャ……ピシャ……


 何だろう……。馬スタート? 今日もまさかの馬スタート? すでにペロペロプレイ済み? 勘弁してくれ。


 ――バシャ、バシャ


 いやどうやら違う。顔が臭くない。それに少し離れた場所から聞こえてくる。

 ゆっくりと目を開けるとまだ外が白々としている時分だ。目の前に馬の顔はなかったし、では馬はどこだ、と外を見ると横になって寝ていた。薄霧が漂い少し冷やりとする朝だった。

 馬車の中から周りを見渡すがバルバトスのおっさんが見当たらない。だが馬車の死角になっている川のほうから音が聞こえてくる。外に出て一度屈伸をして体を伸ばしてから川のほうに向かう。

 薄霧の中から徐々に川が見えてくる。どうやらこの音の正体はバルバトスのおっさんが川で何かを洗っている音のようだ。


「おはようございます」

「おはよう兄ちゃん、悪い起こしちまったか?」

「いえいえ、何してるんです?」


 見たところ上半身裸で服を洗っているように見えるが水浴びでもしていたんだろうか。


「ついさっきオークが一匹襲ってきたんで返り討ちにしたんだがへましちまってよ」

「オークがですか。大丈夫ですか? 怪我したんですか?」

「いや、返り血をもろに浴びちまってよ。それで服を洗ってるんだが、なかなか落ちなくて困ったもんだぜ」


 さすがバルバトスのおっさん、オーク程度ではまったく苦にならないようだ。

 オークと聞いて昨日エルが言っていた丸焼きを思い出す。そんなものは作れないが切り分けて持っていければエルの食事の時の寂しそうな顔は見なくて済むだろう。それに俺もいいものが食べたい。


「解体って終わりました?」

「いや、今血抜きしてるところだな。ほれそっちの川ん中に沈んでるだろ」


 バルバトスのおっさんが指さした川下を見ると二メートルはあろうかという巨体が沈んでいた。その巨体の首と胴体から血が流れ出し川を真っ赤に染めている。本当に今しがた倒したようだ。馬すら気づかないうちに倒すとはいったいどういうことなんだろう。いやあの馬はそんなことは気にしない馬だった。


「じゃあ解体始めますね」

「お? 兄ちゃんできるのか? なら任せた」

「いえ、見たことがあるだけでやってみたいなと思ってたんですよ」


 以前エルと市場を歩いていた時にオークの解体をやっていたので見学したことがあった。いずれどこかでアイーシャさんに無理やりやらされると思い、解体の様子を必死に見ていたので手順だけは完璧に覚えている。もう二日も会っていないが大丈夫だろうか。痩せていないだろうか。いや痩せていてくれ。

 服が汚れるのを避けるため服を脱いで下着だけになった。川の中からオークの死体を引っ張り上げるがこれがまた重い。

 オークは腹を横一文字に切られて内臓がはみ出ている。まさに一閃といった感じがする。


「すさまじいですね」

「至近距離でやっちまったもんだから内臓をもろに浴びちまってよ。臭ぇのなんのって」


 バルバトスのおっさんも川から上がり一緒に解体を始める。最初に心臓を開き魔石を取り出したがゴブリンのものより一回りほど大きい。俺が大雑把に部位を切り分けてバルバトスのおっさんが各部位を丁寧に処理していく。

 半分ほど終わったあたりでバルバトスのおっさんがおもむろに口を開く。


「……これが二人の初めての作――」

「言わせねーよ!?」


 解体が終わり朝食の準備に入る。今しがた解体したオークのレバーやばら肉を薄切りにして熱した石の上で焼いていく。解体したばかりで血生臭いのは香辛料でごまかした。野宿の強い味方カレー粉だ。カレー粉を普及させた異界人には感謝の言葉を送りたい。

 おいしそうな匂いが漂い始める。その匂いに釣られてエルが目を覚ましてきた。


「おいしそうな匂いなのじゃ。なんの匂いじゃ?」

「おはようエル、バルバトスさんがオークを倒したからそれを焼いてるんだ」

「おう、おはようエルお嬢様」

「おはようなのじゃ、オークの丸焼きかの?」

「そんなの作ってたら日が暮れちゃうよ」


 期待に目を輝かせていたができないものはできない。それでも焼いている肉を目を輝かせて見ているので文句はないようだ。


「ごっはん~、ごっはん~」

「うまそうな匂いだなぁ、おい」

「この辺はもういけますよ」


 焼きあがった物から次々に平らげていく二人にあきれつつ、追加で肉を焼いていく。大量にあるのでお腹が一杯になるまで焼いた。すぐに悪くなりそうな部分と馬車の中でつまむ分を余分に焼き、残りの肉を全部ではないが馬車に備え付けられていた防水布に包み馬車に積んだ。


「さぁて、腹もいっぱいになったし出発しますか。昼頃には境界領域にはいれると思うぜ」


 確か軍事演習って称される小競り合いをしてるところだったかな。


「そっから先はエルお嬢様にまかせることになるな。大丈夫か?」

「まかせるのじゃ。アタシは第三王女じゃぞ。なんの問題もないのじゃ」


 なんて不安にさせることを言うんだ。まさに何か起きますよと言わんばかりのフラグの立てっぷり。問題が起きたから逃げているのにこの能天気っぷりが悔しいけど愛らしい。


「バルバトスさん、確実に何か問題が起こるので気を付けていきましょう」

「そうだな。オレもそう思うぜ」

「ひどいのう。二人してひどいのう。アタシを少しは信じてほしいのう」


 しょんぼりしているエルも可愛らしいのでじっくりと眺めておこう。

 しばらく街道を進み前線の砦から見えてこないところで道を外れマギラスとの境界領域を目指す。整備された街道と違いでこぼことした平原を進んでいく。馬車が予想以上に揺れて少し気持ち悪くなるが寝転がってやり過ごす。


「もう少しで境界領域に入るぜ。心の準備をしておけよ」

「はい」

「わかったのじゃ」


 何事もなくようやく国境を越えられるのか、と安心していると後ろから馬が駆ける音が聞こえてきた。


「そこの馬車! 止まれ!」


 後ろを見ると三人の騎士風の奴らが馬に鞭を打って猛烈な勢いで追ってきた。


「バルバトスさん! 追手が!」

「ちぃっ! ここまで来て捕まってたまるかっての!」


 バルバトスのおっさんが手綱を軽く引き、馬に全速力で走るように指示を出す。馬は短く嘶くと今までが嘘のような速度で駆け出した。地面が荒れているため馬車の揺れが激しくなる。体勢を崩さないように馬車の縁につかまり後ろの追手を観察する。


「おお、追手じゃ追手じゃ。陽介、魔道具使うかの?」

「いや、ここまで来たら使う必要はないよ。あとは捕まるか逃げ切れるかのどっちかだから」


 速度が上がったがそれでも馬車を引いているため徐々に追手に距離を詰められる。徐々に近づいてくる追手に焦りを感じる。


「兄ちゃん! 少しでも軽くしたいからオークの肉を捨ててくれ!」

「了解です!」


 せっかく手に入れた肉だがこの際仕方がない。捕まってしまっては元も子もない。

 俺は肉を包んでいる布をほどき捨てようとすると、


「ダメじゃダメじゃ! 捨てたらダメじゃ!」


 エルが俺の腕をつかんで捨てるのを阻止してくる。


「エル! 状況を考えて! 肉ならまた手に入るから今はあきらめて!」


 若干イラつきつつも腕を振りほどこうとするがびくともしない。こんな細い腕のどこにそんな力があるのかと驚いてしまうほどだ。


「兄ちゃん! 早くしてくれ!」

「あいつらに近づかれなければいいのじゃろ! それなら簡単じゃ!」

「え? いったいどういう――」


 ――ドォォォンッ!!

 言い終わる前にエルが追手に向かって投げ出した何かが爆発した。さらに二つ投げつけ爆発していく。

 ――ドドォォォン!!

 かすかな悲鳴が爆音の合間を抜けて聞こえてきた気がした。土煙がもうもうと立ち上っているが風ですぐに飛ばされ、彼らの様子が見えてくる。

 どうやら直撃はしなかったようだ。しかし彼らは全員落馬して地面にふせっている。馬は一頭が倒れているが他二頭は逃げて行く後姿が確認できた。これならすぐに追ってはこれないだろう

 彼らはもそもそと動いているので落馬の衝撃で死んではいないようだ。追手を殺すのも目覚めが悪い……というよりも殺す意味が見当たらないので生きていたことに胸をなでおろした。


「どうじゃ! ブルーノにもらった爆魔石であいつらなんて一発じゃ」


 いや三発だったけどね。ブルーノめ……アホの子に刃物と爆発物を持たせたら危ないじゃないか。盗賊の時はあまり気にしてなかったけど没収しておこう。助かったことは確かだけど。


「いやすげぇ爆発だったな。でも無事に境界領域には入ったぜ。あとはマギラス側からの攻撃をうまく逃れるだけだな」

「やっぱり攻撃してきますか?」

「そりゃあそうだろ。敵国から国境破って入ってくる奴に攻撃しねぇなんて有りえねぇよ」


 うう……、覚悟を決めておこう……。それはそうと爆発物を没収しておかなければ。


「エル、ブルーノからもらったの全部出して」

「今ので全部使ったのじゃ」

「本当に?」


 嘘を言っているようには見えないが確認しないと不安でしょうがない。


「本当なのじゃ。それより肉を捨てようとするなんて許せんのじゃ。食べ物を粗末にするのはダメなのじゃ!」


 その考えには賛成だけど自分の命を粗末にするよりは肉を捨てるほうを選ぶぞ、俺は。

 互いの考えが納得できないので睨み合っているとバルバトスのおっさんから声がかかった。


「捕まらなかったんだからいいじゃねぇか。二人とも肉でも食って落ち着きなって」

「でもですね、バルバトスさん……」

「そもそもバルバトスが捨てろと言ったのが悪いのじゃ!」

「おーこわ、こっちに飛び火してきやがった。そんなことやってたら飛んでくる矢に対応できねぇぜ?」


 飛んでくる矢? バルバトスのおっさんは何を言っているんだろう。


「ほら飛んできたぜ! 舌噛まねぇように掴まってろよ!」


 そう叫ぶと馬車が急激に右に曲がった。エルが体ごとぶつかってきた反動で頭を思いっきり壁に打ち付けてしまう。


「す、すまんのじゃ陽介。大丈夫かの」

「あ、ああ……」


 頭がくらくらするするが続いて左に大きく曲がり今度はエルを押し潰してしまう。


「ご、ごめんエル」

「重いのじゃ~」

「お前らどっかに掴まってろって! 馬車から投げ出されても知らねぇぞ!」


 バルバトスのおっさんの罵声を受け、馬車の縁に必死に掴まる。エルはなぜか俺に必死に抱き着いてきた。考えてみたら安定性を保つためにも二人がくっつくのは有りだろう。自分にそう言い訳をして、皮の鎧さえ着ていなければエルの体の柔らかさをもっと堪能できたのに……と歯がゆい思いをした。


 馬車は激しく蛇行を繰り返して進んでいく。飛んでくる矢は激しさをまし、たまに幌を突き破って矢が入ってくるが運よく体には当たらなかった。


「撃つな! こちらにはマギラス王国第三王女で在らせられるエル・アザリア・マギラス様がおられるのだぞ! 撃つんじゃない!」


 バルバトスのおっさんが大声で数回繰り返し叫ぶと次第に飛んでくる矢の数が減ってきた。馬車の蛇行も治まり縁を掴んでいる手の力を少しだけ抜く。飛んでくる矢が完全に止むと馬の走る速度が少し落ちた。


「兄ちゃんたち、まだ気を抜くなよ。相手を油断させて引きつけてからの一斉射撃ってのもあり得るからよ」


 そんな怖いことなんて言わないでほしかった……。


「まったく、アタシが乗っているというにどういう教育をされているのじゃ!」


 エルは俺から体を離し、ぷりぷりと怒っている。オークの肉から出てくる血が床に滲みているのに気付き、布で肉を包みなおす。

 ゆっくりと馬車は進み、前方から馬や馬のような魔物に乗ってやってきた魔族たちに囲まれる。エルのような山羊っぽい角を生やしている者、額に二つ小さな角が生えている者、腕が四本ある者など共通点はよくわからないが人間とは一線を画す特徴があるようだ。

 他の者よりは立派な鎧を身に着けている男が近づいてくる。男は槍を肩に担いで小馬鹿にしたような表情でこちらを眺めている。


「おい人間、第三王女が乗ってるって本気で言ってんのか?」

「そうだ。角に刻印もある。間違いなくマギラス王国の第三王女様だ。確認してもらっても構わない」


 男の言葉にバルバトスのおっさんがそう返すと周囲にいる魔族たちが一斉に吹き出した。


「だーはっはっはっは! お前、俺たちの言葉がうまいなぁ! しかも冗談もうまいときたもんだ!」

「隊長どうします? 俺、こんな面白いやつら殺したくねぇっすよ」


 こいつらの反応を見る限り王城にいる偽物はよほど巧妙に成りすましているのだろうか。それともこのエルが偽物なのか……。

 なぜかバルバトスのおっさんは振り向いて、ああやっぱり、というような視線でエルを見てくる。


「ひっひっひ、隊長、一応確認してみましょうや。本物かもしれやせんぜ?」


 四本腕の男が手拍子を打ちながら馬鹿にした感じで言うとまた魔族たちが爆笑する。嘲笑の嵐が巻き起こっている。


「お前っ、やめろって笑わせんなよ! 本物だったら確認するまでもなく俺たちあの世行きになってるっての!」


 エルの様子を見ようと横を向くと、エルは小刻みに震えていた。顔は真っ赤になっており涙も少し浮かんでいる。なんて声をかけようか迷っていると突然エルが馬車を飛び出した。


「何じゃ! お前ら! さっきから聞いておれば好き勝手言いおって! 魔法さえ使えたらお前らなんかぎったんぎったんにしてやるのじゃ! この角を見るのじゃ! 王家の証じゃぞ!」


 エルは地団太を踏み、フードを取ると角を見せつけるように首を傾ける。魔族たちの視線が角に集まると次第に笑いが収まる。隊長と呼ばれた男が顎に手を当ててしばし考え込むと、


「……本当にエル様ですか?」

「そうじゃ! 見てわからんのかの!」

「魔法が使えたらっておっしゃってましたがどういうことで?」

「ブルーノに封印されたのじゃ!」


 魔族たちがお互いに視線をぶつけると、隊長と呼ばれた男のもとに集まってきた。しばし話し込むとこっちを振り返りまた囲まれた。


「……エル様、本当に魔法が使えないので?」

「本当じゃ!」

「じゃあ、逮捕」

「なんじゃと!?」


 魔族たちが一斉に槍を構え、俺たちはなすすべなく縛についた。

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