あいつら……嫌いなんですよ
「何よ! そんな目で見て!」
「……さっき食べたでしょ」
そこにはもう”腹潰し”への畏怖も何もない。ただただ哀れだ。
「だって……おいしかったんだもん」
だもんってかわいい。拗ねてる顔もかわいい。でも二八歳にもなってそれはちょっと……。
エムトさんも微妙な視線を向けてるし。
「時間がないんですからプリンなんて食べてる暇ないでしょ」
「……あんたには言われたくないわ。誰のせいでこんなに時間をつぶしたと思っているのよ」
それを言われるとつらいところだけどすべての元凶はブルーノだと思うんだ、俺。ひいては育て方を間違った姉であるアイーシャさんにも原因の一端があると思うんだ。
心の中で責任転嫁に精を出していると、エムトさんが疑問を口にした。
「さきほどから時間がないとおっしゃってますが、こんな夜遅くにどこかにでかけるのでしょうか?」
まずい。第三騎士団所属が興味を持った。ここは適当に誤魔化してさっさとおかえり願おう。
アイーシャさんにアイコンタクトを送り誤魔化す方向で話を進めることにする。
「察するに魔族の王女を逃がすのかと思うのですが……」
「その察しのよさで俺とブルーノのことも気付けよ!」
「陽介! このバカ!」
いっけね。つい勢いでツッコんじゃった。ここは例の方法で乗り切ろう。
「アイーシャさん! 記憶を消す秘奥義をお願いします!」
「ひぃ! アイーシャ様! それだけはご勘弁を! 誰にも話しませんので!」
想像以上に恐れているエムトさんの様子に改めて王宮でのアイーシャさんの評判が心配になった。
「あんたたち……私を何だと思ってるのよ」
俺とエムトさんは答えない。なぜなら答えたらいつの間にか眠っていて時間が過ぎ去り直近の記憶がなくなってしまうことを知っているのだから。このとき俺とエムトさんは真に和解したことを感じた。恐怖への連帯感といったものだろうか。
「お、落ち着いてくださいアイーシャ様。私は確信があって聞いたわけではなかったんです。お二人に警戒されるだけの質問をする愚か者とは思われたくはないのです。少しだけ私の話に耳を傾けていただけたらと……」
「……というと?」
エムトさんは慌てた所を取り繕うと咳払いを一つしてから語り始めた。
「私は魔族の王女が偽物でも、逃げ出したとしてもどうでもいいのです。いえ、どうでもいいわけではありませんね。本物だったら良かったですし、このまま王宮に監禁されて処刑されるなら逃げて生き延びてもらったほうが良いのです」
「それは王命に背くことになるわよ」
「確かに王命に背くことになるのかもしれません。しかし今回のことはマギラスと……いえ、魔族と人間が手を取り合えるきっかけになると思っているのです。」
「それは……そうね。そうかもしれないわ。でもそれであなたに何の得があるっていうの?」
確かにエムトさんの利益になることがよくわからない。
「私が平民でありながら騎士になったのはコネがあったからでも元々腕っぷしが強かったわけでもありません」
平民だったのか。見た目がいいから貴族だとばかり思ってたけど、アイーシャさんもそうだし意外と平民の王宮勤めは多いのかもしれない。
「陽介、勘違いしてるかもしれないけど騎士団のほとんどは貴族よ。マルジスも平民だけどね。あいつは腕っぷしを認められて衛兵から騎士団にスカウトされたのよ」
そうだったのか。幼馴染で昔からアイーシャさんに接してたらいやでも強くなるのもわかる。おっと、目つきがきつくなってきた。こういう察しはいいなほんと。
でも騎士となることとエルを逃がすことの関連は何なのだろう。
「子供の頃に親に賢王記念館に連れて行ってもらいまして、それで賢王様に憧れたんです」
賢王記念館……何それ知らない。街はエルと一緒にあらかた歩き回ったはずなのに。
「衝撃でした。それまでの自分が崩れ去っていくのを感じましたよ。それまでの常識を壊し、民のことを第一に考えて国を良い方向持って行った。賢王様のおかげで獣人差別も奴隷制度もなくなり、キンギィとの国交もよりよい関係になった。他にもたくさんありますがとても語りつくせるものではありません」
冒険者ギルド潰したりな。賢王ほんといろいろしてるのな。
「二百年も前にこれほど偉大な人物が統治していたのか。ならばそれを受け継いだ我々が賢王様が存命中に成せなかったことをしなければならないんじゃないか、そう確信しました。それを為すには力が必要です。そのために研鑽をつみ騎士にまで上り詰めました」
実はすごい人だったのねエムトさん。変な噂流してほんとすんませんでした。
「賢王様が成せなかったことに魔族との和解があります。それが今回できるかもしれないのです。ならばなぜその芽を摘むようなことができるでしょうか」
「あの子はドラゴンを操ってこの国を侵略したのよ。それを許せるというの?」
「確かにその事実は覆すことができません。しかし侵略しに来たのならば人的被害がまったくないのはおかしな話です。私はあのドラゴンがアスラン様の魔法障壁を破壊するところを直に見ているのです」
俺も見てました。怖かったです。
「あれほどのブレスが放てて我が国の精鋭たちの攻撃をものともしないのですよ。侵略しに来たのならばあのブレスで相当数の死者が出ているはずです」
「そうよね。先発の私たちも攻撃しても完全に効いてなかったし」
まあ乗ってきた張本人は旅行しに来ただけだからね。
「ならば他に目的があってやってきたと考えるのは自然なことではないでしょうか。私はそのことを無視して事を推し進めている団長や第三騎士団の同僚に疑問を抱いているのです」
エムトさんの聡明さに嫉妬を禁じ得ない。
「我が第三騎士団は今回のドラゴン討伐で絶大な発言力を得ました。そのため増長もしてしまいました。ブルーノ様のおこぼれに預かっただけなのに、です。そして団長が今回の首謀者たる魔族の処刑を望んでいるため王も無視をできません」
「そうね。彼がそんなことを主張しなければあの子の処刑なんて事態にはならなかったわね」
なんてこったあの人のせいだったのか。この恨みはらさでおくべきか。とりあえずミシェルさんに流す噂を考えよう。
「ですから魔族の王女が逃げるのであれば、私も陰ながら助力をできないかと思い先ほどの質問をしたのです」
「ばれたらあなたはただでは済まないわよ。それを覚悟の上で言っているのかしら」
王命に背くわけだからな。除籍されてしまっても文句は言えないだろう。しかし……。
「私は王宮魔導士として明日あの子を第三騎士団に引き渡さなければいけないわ。逃げ出すのはその後になるのよ」
「それならばれるような手伝いはできません。私には騎士としてやらねばならないことがありますので直接的な逃走のお手伝いはできません。
私にできるのは明日、誰がどのように配置されどの様なルートで王宮に連行するかという情報を提供することだけです」
「それだけでも十分すぎるわ。どう頑張っても私には手に入らなかった情報だからね。ブルーノを呼んでくるわ。あの子にも聞かせたほうがいろいろと早いでしょうから」
スッと立ち上がり扉に向かうアイーシャさんに俺は慌てて声をかける
「待ってくださいアイーシャさん。その前にエムトさんに一つだけ質問させてください」
エムトさんの言動は確かに信用することはできるだろう。だが何かを隠しているような気がしてならない。ただ単に疑心暗鬼に陥っているだけなのかもしれない。しかしこんな状況だからこそ慎重に行かねばならないはずだ。
「エルが第三騎士団に引き渡された後、逃げ出してしまったらエムトさんたちは大きな失点になるはずです。それはエムトさんの目標を叶える妨げになるのではないですか?」
エムトさんは目をつぶり難しい顔をしている。そして決心したかのようにゆっくりと目を見開いた。
「おっしゃる通り、大きな失点になるでしょう。それもドラゴン討伐の功績を汚してしまうほどの。しかし私は今の増長した第三騎士団に我慢ができません。それに明日私は王宮で待機を命じられているのであまり影響がありません。そしてこれが一番の理由なんですが、明日魔族の方を連行しにくる同僚は第三騎士団でも特に偉ぶってる貴族のやつらでして……その……あいつら……嫌いなんですよ」
……なんですと?
「いつも平民平民ってバカにしやがって……。弱いくせに口だけは達者な臆病者どもが……。任務失敗して大恥かきやがれってんだ……」
いかん……開けちゃならない心の闇の扉を開けちまった……。隠してあるものは暴かないほうが幸せなこともあるよな……。さっきまでの聡明なエムトさんがどこかにいってしまった。残ったのはひたすら同僚の愚痴を言うサラリーマンエムトだけだ。噂のこともあって相当ストレスたまってたんだろうなぁ。
アイーシャさんに目を向けると少し頬がひくついている。さっきまでのエムトさんの話で俺と同じように感動してたようだからショックもでかいのだろう。
「ま、まあいいわ。陽介もいいわね?」
俺は無言でうなずく。
「とりあえずブルーノを呼んでくるわ。でもエムト」
「なんでしょう?」
おお、闇から帰還してきた。
「裏切るんじゃないわよ。わざと誤った情報を渡したり、私たちのことをリークしたりしたら……あなたの目標とやらを叶える前にあなたの人生は終了するわよ」
すごい。ナチュラルに脅迫できちゃうなんてさすがアイーシャさん! その危険な香りにくらくらきちゃう。
「もちろんですよ。”撃滅”のエクサス家を敵に回すつもりは毛頭ありません」
”撃滅”!? なにその二つ名! 家名に対して!? ミシェルさんからも聞いたことないのに!
「……ならいいのよ」
アイーシャさん、ちょっとこっちを睨んでる。これ以上聞くんじゃねーっていういつもの睨みだ。了解であります!
「陽介は準備をしてなさい。クソガキは……あんまり意味がないと思うけどブルーノと一緒に聞いてもらおうかしら。そこにいるんでしょ!」
そう扉の方に声をかけると扉が少し開きエルとブルーノが顔を出した。怒られると思ったのだろう。しゅんとした顔をしている。
「僕の名前が聞こえてきたので……」
「アタシは陽介が心配でじゃな……」
「はぁ、別に怒らないわよ。ブルーノ、明日エルをマギラスに逃がすからそのための情報をエムトから聞いておきなさい。クソガキに通訳もね。クソガキは頑張って逃げる方法を覚えなさい」
「「はい(なのじゃ)!」」
ビシッと敬礼を決め席に座る二人。それと入れ替わる形で部屋を後にする俺とアイーシャさん。部屋を出て扉を閉めようとしたその時、不穏な会話が聞こえてきた。
「――ブルーノ様、陽介様とは本当にお付き合いしてないんで?」
「――照れているだけ、姉ちゃんと一緒で愛情表現が不器用なんだ」
「――何を言うのじゃ! 陽介はアタシの夫じゃぞ」
「――そうなのですか?」
「――それは……」
「――で……がな……」
まだ疑ってたエムトさんはもう放っておこう。ブルーノもわざわざそんなこと通訳してまで話すなよ。
あいつらに関わってる時間はもうない。アイーシャさんも聞こえているはずなのに無視しているし。早く準備をしなくては……。
「じゃあ私は馬車と傭兵の手配をしてくるわ。今日の夜から明日の朝じゃ禄なのがないでしょうけどね」
「わかりました。夜ももう更けてきましたので気を付けて行ってきてください」
「うん、ありがと。行ってくるわ」
小走りで玄関から出ていくアイーシャさんを見送り、まずは食料を見繕うため台所に向かう。冷蔵室に入っている非常食を取り出す。本来なら常温においていても大丈夫な物ばかりなのだが、置く場所の関係で冷蔵室に入れている。干し肉やドライフルーツといったものだ。そして以前仕込んでおいたスープの素も少量持っていく。水は魔石さえあれば作れる魔道具が水道が止まった時のために常備してあるのでそれを持っていく。他にはパンを三斤ほど詰め込み台所をあとにした。
次に装備を見繕うために倉庫に向かう。この家を掃除しているのは俺なのでどこに何があるかはこの家の持ち主よりもくわしい。倉庫には古くなった武器や防具が置いてあり、その中で丈夫で軽い皮のチェストアーマーを持っていく。あまりにも重い装備で動けなくなるよりは軽く動きやすい装備のほうが戦闘時に有利になる可能性も上がるだろう。武器は身長ほどの長さの組み立て式の槍を持っていく。最近は力もついたし武器の中なら普段使っている槍が一番手になじむだろうという理由だ。組み立て式なのは持ち運びが便利ということで選んだ。何かと使うであろうナイフも見繕う。
変装用の衣装、身の回りの小物、そしてある程度の金を詰め込みリュックを背負ってみる。ずしりと体に重さが伝わるが重すぎるほどでもない。これなら普段通りというわけにはいかないがそれなりには動き回れるだろう。
小一時間ほどで準備が終わったがアイーシャさんはまだ戻ってきていない。しばらくは風呂に入れないので今のうちに入っておくことにした。風呂に浸かっているとだんだん眠くなってきたので湯船で眠らないうちに急いで上がった。風呂から上がるとブルーノたちの話が終わったようでエムトさんが別れの挨拶をしてくる。
「それでは陽介様、失礼させていただきます」
「多大なご迷惑をおかけしてしまいすみませんでした」
「陽介様、以前から言おうと思っていたのですが私に敬語はおやめください。陽介様には普通にしゃべっていただいたほうがありがたいのです」
「そうですか。じゃあエムトさんも敬語はなしで」
「いえ、私は普段からこのしゃべり方をしていないといざという時に出てしまうのでこのままでお願いいたします。貴族に難癖をつけられる口実になってしまいますから」
むぅ、残念。
「じゃあしょうがないね。わかったよ」
「では改めて失礼いたします。成功を祈っております。あと恋の三角関係はほどほどにしないとやけどしますよ?」
さわやかな笑顔を残して帰宅していく。俺の心には苦い気持ちが残っていた。
恋の三角関係って……あいつら何話してたんだよ……。ちゃんと逃走計画練ろよ。
それからほどなくしてアイーシャさんが戻ってきた。俺と目が合うとグッと親指を立てて微笑んだ。




