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怒りたいのはこちらなのですよ

 エムト……、確か第三騎士団所属の騎士だったはずだ。もうエルを連行しに来たのか? いくらなんでも早すぎる。仕事のできる男たちなのか?


 俺はアイーシャさんに目くばせすると軽く首を横に振られた。その様子から追い返せというのが伝わってきた。体に緊張が走るのを感じる。


「――クソガキはこっちに……」


 エルを玄関から死角になるところまで連れていく。どうやらそこから様子を見守るようだ。


「こんな夜遅くにどういったご用件でしょうか?」


 声が上ずらないように慎重にしゃべったつもりだが、少し緊張が声に乗ってしまった。


「その声は陽介様ですね。先日のドラゴン討伐の際はご尽力どうもありがとうございました。扉ごしというのもなんですので開けていただけないでしょうか」


 丁寧な物言い、しかしその声に少しの圧迫感が含まれている。


「それはちょっと……」

「ははは、その様子だとこちらの要件はすでにわかっているようですね」


 軽い侮蔑を含んだ物言いをするエムトにわずかに怒りがこみ上げる。対応が丁寧なだけに余計に嫌味に聞こえる。しかし今やらねばならないことはエムトをひいては第三騎士団を追い返すということだと思い直し冷静さを取り戻すことに努める。


「要件……というのはよくはわからないのですが、そんなに急いでやらねばならないことなのでしょうか?」

「急ごうが急ぐまいがもう大して変わらないですよ。そのことを一番わかっているのは陽介様だと思いますが?」


 確かに、今日の夜と明日の朝では時間としてはほとんど大差はない。しかし今俺たちにはそのわずかな時間が必要だ。そのわずかな時間でできる限りのことをやらなければならない。何としても時間を稼ぎ出さねばならない。


 どうする……。どうやって追い返す……。


「陽介様……私はお二人のことを応援していたんですよ」


 どうやらエルと一緒にいることはエムトも知っていたのだろう。もしかしたら街中での監視の中にエムトもいたのかもしれない。


「それはそれは……ありがとうございます」

「お二人のことは世間は奇異な目でみるでしょうが、それでもお二人が愛し合っているのなら……そう思っていたんですが……」


 魔族と人間が結ばれる……そんなことは世間からみたら異常なのだろう。それでもエムトは応援していてくれた。エルがマギラスの王女だったなら、いや偽物とマギラスから認定されなければこの関係はまだこの国でも続けられたはずだ。エムトもそれがわかってくれているのだろう。しかし偽物では捕まえなくてなならない。エルはそれだけのことをやってしまったのだから。


「エムトさん。俺がこんなことをお願いできる立場ではないのはわかっています。それでも、今夜だけでも最後のお別れの時間をもらえないでしょうか」


 職務に逆らえない彼らに判断できることではないとは思う。それでも情に訴えることはできるかもしれない。そこにわずかな期待を寄せて問いかける。


「お別れ……ですか。別れる必要はないでしょう。お二人が望むのならずっと一緒にいられると思いますよ」


 それはつまり、俺も連行されるということなのだろうか。もしかして俺も捕縛対象になっているのではないか。何らかの関与を疑われている可能性がある。それを彼らは俺と一緒に暮らしているアイーシャさんに伝えるとは思えない。

 冷静沈着に対処しなければならないときにネガティブな考えがぐるぐると頭を駆け巡り、頭の働きが悪くなってくる。


「一緒にといいますが、具体的にはどのような感じなのでしょうか?」


 一緒に監禁されて拷問を受けるのか。それともエルが拷問されているのを見せつけられるのか。どちらにしても怒りがこみ上げてくる。


「……それは私にはわかりかねますが。そうですね、愛し合ってさえいれば死してもなお一緒にいられるのではないでしょうか?」


 一拍おいて告げられた答えに頭が沸騰してしまうのを感じる。こいつらは最初から殺す気なのだ。エルを、そして俺を。ならば捕まるわけにはいかない。エルを引き渡す前に逃げるのはアイーシャさんに迷惑をかけてしまうが、なんとしても逃げださねばならない。


「陽介様、そろそろ扉を開けて頂きたい。おとなしく話を聞いて頂けるなら手荒なことは致しません」

「……そうやって騙そうとしても無駄だぞ」


 もはや敬語を使う気も失せた。こいつは敵だ。いやこの国自体がすでに敵なのだ。


「騙す? ははは陽介様、私は騙そうだなんてしていませんよ。ただ私の……いえ、私たちの怒りを知ってもらいたいだけですから」


 怒りだと? 確かにエルがドラゴンに乗って来襲してきたせいで混乱は招いた。だが誰一人死ななかったし、焼け太りならぬドラゴン太りだってしたはずだ。第三騎士団の連中だってドラゴンを討伐した名誉が与えられたはずだ。そこにどんな怒りがあるというのか。


「お前たちの怒り? 面白いじゃないか! 言ってみろよ!」


 冷静さなどかけらもなくなっていた。ただただ頭が、感情が怒りに支配されてしまっている。


「怒りたいのはこちらなのですよ、陽介様。あなたが何を思ってあんな噂を流したのかわかりませんが……。そのせいで私とアスラン様は今王宮で冷ややかな視線にさらされているんですよ」


 え、噂? アスラン様って何のこと? いったい何言ってんのこいつ?


 大量の冷水を一気にかけられたような気分だった。先ほどまでの怒りの炎が一瞬で消されてしまったかのように頭が冷えていた。


「どういうこと?」


 俺は自然と扉を開けて呆けたように聞いていた。はたから見れば今の俺は相当間抜けな顔をしているだろう。


「何を言っているんです。私はなぜあなたがあんな噂を流したのかを聞きに来たのです」


 そこにはただ一人で玄関の外に立つエムトさんがいた。以前のような騎士団の装備はしておらず、上は品のいい白のカッターシャツ、下はくすんだ茶色のスラックスを履いている。帯剣もしておらず、エルを連行しにきた雰囲気はどこにもない。しかし顔には怒りが浮かんでおり、こちらを射殺さんばかりに睨み付けている。

 俺はどう対応したらいいのか、何を話せばいいのかわからず固まっていると


 ――バチンッ!

 という音とともに背中を強烈な痛みを感じてその場にうずくまった。後ろを見るといつの間にかアイーシャさんが後ろに立っていた。


「エムトさん……だったかしら。うちのこのバカが何かしたみたいだけど詳しく聞かせてもらってもいいかしら」

「これはアイーシャ様、夜分遅くに訪問してしまいご迷惑をおかけしています」


 アイーシャさん、お願いだから俺をブルーノと一緒のバカカテゴリーに入れないで……。


「とりあえずここじゃなんだから中に入って」

「ありがとうございます」

「陽介はお茶を入れてきなさい」


 アイーシャさんはそう命令するとエムトさんを応接室に連れて行った。エムトさんが見えなくなってからエルが足早に近づいてきた。


「背中、大丈夫かの」


 うずくまっている俺の背中をやさしく撫でてくれる。なんてやさしい娘さんなんでしょう。惚れ直しちゃう。


「大丈夫だから、エルは準備してて」

「うむ、わかったのじゃ」


 俺は台所でお茶の用意をして応接室に向かった。少しばかりの菓子と一個だけ余っていたプリンをお茶うけに持っていた。

 応接室に入ると二人から鋭い視線を受ける。その視線に耐えながらお茶をセットし、アイーシャさんの隣に座る。なんか三者面談みたいだ。


「当事者が来たのでいったいどういうことなのか詳しく聞かせてもらってもいいかしら」

「はい。ですがその前にお茶をいただいてもよろしいでしょうか。喉が渇いてしまっていて」


 少し照れくさそうにしているエムトさんに「どうぞ」とアイーシャさんが答えた。ほんの少しお茶に口をつけて、「おいしいですね」とつぶやくとさらに一口流し込んでいる。


 ほ、褒められたってうれしくないんだからね!


「アイーシャ様は私とアスラン様の噂をご存知でしょうか?」

「噂……ね。まったく知らないわ。どういったものなの?」


 アスランって確か筆頭魔道士だったはずだ。エムトさんとアスラン筆頭の噂か……。いったいそれが俺と何の関係があるんだろうか。心当たりがありすぎて困る。この間ミシェルさんにエムトさんがアスラン筆頭に手籠めにされているらしいと話したからな。しかしなぜ俺が発生源とばれた。


「私がアスラン様に夜な夜な緊縛されて性行為を強要されて嬉しそうに喘いでいるという噂です」

「そこまでの噂は流してねーよ!?」


 ――バチンッ!

 今度は太ももを叩かれた。最近はこれくらいの打撃では回復魔法をかけてくれないから痛みが残る。まったく、気持ちよくなって癖になったらどうしてくれるんだ。


「あんたはちょっと黙ってなさい。それでその元凶がこのバカってわけね」

「はい。最初は根も葉もない噂とみんな信じてなかったので私も気にしていなかったんですが、運悪く縄抜けの練習をしてまして、その縄の跡を同僚に見られてしまい一気に真実味を帯びてしまいました」


 なんでそんな練習してんだよ!? 忍者か!?

 でもそれなら俺はそこまで悪くなくない? 不幸な偶然が重なった結果じゃない?


「そしてそれがアスラン様のお耳にも入り、私は部屋に呼ばれたのですが……。部屋に入るところを見ていた方々が面白がって口々に噂をして一気に王宮中に広がってしまいました」

「王宮中にね……。私は聞いたことないけど」


 アイーシャさん、王宮ではぶられてんじゃね? 口が裂けても言えないけど。


「アイーシャ様は……その……そういったことを話すと記憶を消されると噂されてるからではないでしょうか……」


 そういったことって多分、誰と誰がいい感じとか誰と誰が付き合ってるとかそんなんだろう。

 でもやっぱり王宮でもそういう扱いなのねアイーシャさん。なんか逆に安心しちゃった。


「……今は私の噂は置いておくことにするわ。それでその噂の元凶を見つけてここに来たってことね」


 ものすごく不満そうな顔をしてる。あとできっとブルーノに八つ当たりをするだろう。


「その通りです。それでお伺いさせていただきました」


 相当お茶が気に入ったのかすでに飲み干している。もう少し飲みたそうにしているのでお代わりを注いであげると小さく首をうなずかせて礼をしてくれた。


「それで陽介、あんたはどんな噂をなんで流したの?」


 ああ、エムトさんから見えないからって足をぐりぐり踏みながらそんなこと聞かれたら……、ってマジで痛いから勘弁してください!


 目で訴えるも勘弁してもらえそうもないのでされるがまま答えることにした。


「……エムトさんが俺とブルーノができているって勘違いしてたからお返しにミシェルさんにエムトさんがアスラン筆頭に手籠めにされているって話しました。ミシェルさんにしか話してませんし、緊縛うんぬんは言ってません」

「え? 陽介様は照れて否定してたんではないんですか!?」 

「そんなわけねーよ! お前のひたむきさが今は憎いよ!」

「うるさい」


 ――バチンッ!

 また太ももを叩かれた。あまりの音にエムトさんもちょっと引いてる。「これが、腹潰し……」ってつぶやいてるし。


「エムトさん、ブルーノと陽介ができているってどうしてそう思ったの?」

「それは、ドラゴン討伐のときにブルーノ様と陽介様がいちゃいちゃしてまして、それにブルーノ様が陽介様は照れ屋だから人前だと素直に認めないとおっしゃっておりましたので」


 あの野郎、俺の知らないところでなんちゅうこと言ってやがるんだ。アイーシャさん、真に裁くべきは俺じゃなくてあいつですよ。

 ん? ってことはさっきのって?


「ちょっと待って、さっき玄関で二人のことを応援してるっていってたけどそれって俺とエルのことじゃないの?」

「エル……とはあの魔族の王女の方ですよね。確か陽介様がお世話をされている」


 やっぱりそれは知ってたのね。知ってたけどそこまでは詳しくないということか。


「私はブルーノ様と陽介様が相思相愛なのだと思ってましたので、魔族の方とそのような関係だとは夢にも思いませんでした」


 この節穴め。


「……じゃあさっきの死んでも一緒にいられるってのは?」

「それはお二人が思い合っているのならたとえ死んだとしても死後の世界で一緒にいられるのではないかと」

「このロマンチストめ」

「はは、よく言われます」


 顔を赤らめ誤魔化すようにお茶に口をつけている。互いに勘違いしていたことに気づき怒りがどっかに霧散したようだ。お茶請けのプリンにも手を付けていてくれたので一安心といったところか。


「はぁ……とりあえず陽介は謝りなさい。時間がないっていうのにまったく……」

「エムトさん、俺の流した噂で大変なことになってしまってすみませんでした」


 俺は立ち上がり深々と謝罪した。やっと足をぐりぐりするのをやめてくれた。マジで痛かった。


「私のほうにも非がありますので頭を上げてください。私の勘違いでそうなってしまったんですから。それと……私も謝らなければならないのですが今日マルジスさんにブルーノ様と陽介様ができているという話をしてしまいました」


 なんですと!? 嫌な予感がマックスビンビンだぜ。


「……マルジスさんって?」

「第二騎士団所属の……ミシェルさんの旦那さんです……」


 終わった……。あの人が知ったらもうこの界隈全ての人が知ってしまっただろう。それも面白おかしく脚色した形で……。恥ずかしくてもう街を闊歩できない!


「今回は痛み分けってことでこれで手打ちでいいわね。アスラン様には私から伝えておくわ。エムトさんもアスラン様に近づいてこれ以上噂に拍車がかかったら困るでしょうからそれでいいわよね?」

「もちろんです。よろしくお願いいたします」


 エムトさんは座ったまま軽くお辞儀をした。その顔は問題がひとまず良い方向に向かうことの安堵に満ちた表情をしていた。


「ところで陽介」


 アイーシャさんは真剣な眼差しをむけてくる。


「私の分のプリンはないの?」


 俺はアホの子がアホなことをしたときに向ける憐憫の視線を初めてアイーシャさんに向けた。

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