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最後の夜の思い出に

 ――パチンッ!

 アイーシャさんがエルの手をたたく音が響く。


「これは私のよ。今あんたの話してるんだから真面目に聞きなさい。あんたの返答次第では私はあんたを処分しなきゃいけないのよ」

「むぅ、もうちょっと食べたかったのう。陽介、もうちょっとないかの?」


 自分の進退よりも食い気……、安定のアホっぷりで済ませられる問題じゃねーよ? お父さんこの子の将来がほんと心配です。


「夕食もあれだけ食べてたんだからもう十分でしょうが。それ以上食べたらあんたぶくぶくに太るわよ? 陽介に嫌われても知らないわよ」


 なっ!? アイーシャさん、自分の首を絞めるようなことを……。振りか? 振りなのか?

 押すなよ? 押すなよ? 絶対押すなよ? ドーン! 押したな、お前死刑。まさかこの流れか?


「ならあきらめるのじゃ……。陽介に嫌われたくはないからの。……でも年増には言われたくないのじゃ」

「なんでよ? 私は別に太ってないわよ? ねぇ、陽介?」

「モチロンデスヨ」

「……なんか含むところがありそうね」


 なんだこれ……。どうしてこうなった……。大事な話をしてたはずじゃないのか……? なぜ太りだしたことに気付いていない……。いやまて、気付いているからこそ自分を誤魔化したい? 他人に太ってないと言われて仮初の安心を得たい? いやだめだ流すんだ。今は流して本題に戻さなきゃならない。アイーシャさんの体重よりもエルのことの方が重要なはずだ。一応ダイエットメニューを考えておこう……。


「アイーシャさん、体重のことは後で考えましょう。それよりもエルが偽物ってどういうことですか。どういう扱いになっているんですか?」


 やっぱりわかるのかしら……、とつぶやいている。やっぱり気づいていたか!? あぶねーあぶねー。


「どういうことも何もそれは私もわかんないわよ。ただ、いくつか可能性は考えられるけどね。クソガキ、単刀直入に聞くけど、あんたって偽物なの?」

「何をいうのじゃ。アタシは本物の第三王女じゃぞ。証拠もほれ、角に刻印されているじゃろう?」

「まあ偽物は自分を偽物とは言わないわよね。でも今は本物だろうが偽物だろうが関係はないのよね。マギラスがあんたを偽物っていってることが問題なのよ」


 それはそうだ。本物だとしても偽物として扱ってよいとマギラスから言われてしまったのだ。


「アタシは本物なのにのう。どういうことなのかのう……」

「じゃああんたが本物だとして、わざわざ偽物の王女を仕立て何かしら得をする者に心当たりはある?」

「そうじゃのう……、爺や……はそんなことせんじゃろうし……、兄上たちも得をするとは思えんのう……。心当たりは特にないのう」

「そう。じゃああんたをすごく恨んでる者に心当たりは?」

「恨んでるかの? ないとは思うがのう……。よく怒られるのなら爺やや兄上たちや姉上たちや父上や母上や大臣たちや団長たちや……とにかくいっぱいいるのう」


 怒られすぎだろ……。いや怒ってくれるだけ愛されてるんだと考えよう。愛すべきアホの子……それがエル・アザリア・マギラス第三王女様なのだ。本当にそうか?


「あんたに心当たりがないならしょうがないわね。ま、あんたが気づいてないだけで恨み買ってたり、あんたの関係ないところで陰謀的なものが起こってたりするんじゃないかしら。……そう考えたらお偉いさん方が主張してた陰謀論もばかにはできないわね」

「可能性としてはあり得ますからね」

「話を戻すけど、クソガキが偽物ってことで処分が決定されるはずよ。いきなり処刑とはいかないけど拘束されて拷問はされるでしょうね。背後にいるのは誰だーとか、何が目的だーとか聞き出そうとするわね。あんたはそれだけのことをやらかしたんだしかたないわ」

「それは嫌じゃのう。なんとかならんかのう」


 アホの子もやっと事態の深刻さに気付いたようだ。でも拷問はいけない。拷問はプレイの範囲でとどめなければシャレにならない。


「明日には確実にあんたを連行しに来るでしょうね。そうだ、これからあんたのお別れパーティでもしよっか? 新たなる門出に乾杯ね」

「ひどっ! アイーシャさんひどっ!」


 すごいいい笑顔でなんちゅうこと言いやがるんだこの人!?


「鬼じゃ……年増は鬼じゃあ……」

「年増よばわりするクソガキにかける情けは私、持ってないの」


 顎に人差し指を当てて猫なで声を上げる。あざ可愛い。でも今の状況じゃ普通にうざい。


「うふふふふ」

「鬼じゃ……悪魔じゃ……魔族じゃ……」


 いや魔族はお前だろ!?


「正直ドン引きですよ……」

「ん、んぅ、まあ冗談はこれくらいにしてちゃんと考えましょうか」


 冗談だったのか……。普段冗談のように暴力を使う人の冗談は切れ味が違うぜ。エルなんてほとんど身売りされる前の仔牛状態になってるっていうのに。頭の中でドナドナってたぜ。


「じゃ、気を取り直していくわよ」

「そ、そうですね……」

「きっとクロシュードで負けたからアタシをイジメて楽しんでるじゃ……」

「いいから続きを話すわよ!」


 もしかして図星か……? 意外と変なところで小さいなこの人。


「私は上に意見は言える立場だけど、決定を覆すことはできないわ。それに決定には逆らえない。クソガキを差し出せって言われたらその通りにするしかないわ」

「……どうにもならないんですか?」

「どうにかしたいわよ。でもどうにもならないわね。私ではどうにもできないわ。」


 エルとはそろそろお別れになると思っていたがこんな別れ方は望んでいない。拷問されたあげく処刑されて死に別れるなんてあまりにむごすぎる。しかしそれがもう回避できないのならば……。


「……最後の夜の思い出に、忘れられないもっこりパーティを」

「普通に最低ね」

「陽介ひどいのじゃ……優しさがほしいのじゃ……癒されたいのじゃ……」


 あれいっけね。いつの間にか口に出ちゃってた。女性陣の視線が冷たい。でもその視線にちょっとだけドキドキしちゃうのはきっと妖精さんの仕業だ。


「こうなったら逃げるしかないですね」


 ちゃんと話し合おう。そうしよう。


「逃げるのかの? 逃げるのは性に合わんのう」

「あんたの性に合おうが合わなかろうがどっちでもいいんだけど、逃げてどうしようってのよ?」

「マギラスにさえ戻れればエルが本物かどうかもわかるでしょうし、もしここにいるエルが偽物ならわざわざマギラスになんて行かないでしょう。捕まって処刑されるでしょうからね」

「それならアタシは本物じゃからマギラスに行くぞよ。行って偽物を懲らしめてやるかのう」


 ちょっと元気になってる。やっぱりエルは元気なほうが似合ってるな。


「魔力の封印されてるあんたがマギラスまで無事に行けるわけないじゃない。

 追手だってあんたを追うだろうし、途中野盗だって出るかもしれないし。あんた魔族だし顔だけはいいから野盗なんかに捕まったら慰み者にされて殺されるわよ。

 それにうまくマギラスまで行けたとしても偽物まで用意してる連中があんたをマギラスの首都に入れるとは思えないわよ」


 はぁ、とため息をついて否定的な意見を述べている。いや、現実を見据えた意見と考えたほうがいいだろう。楽観的に進めていい問題ではないのだからこうした意見を出してくれるのは貴重だ。やっぱりアイーシャさんは頼れる大人の女性なのだ。


「なんとかならないでしょうか?」


 だから遠慮なく頼ってみよう。頼って甘えて母性をくすぐってみよう。母性が芽生えればそのうち、「子供……ほしいなぁ」とつぶやきながら熱い視線を向けてくれるに違いない。「お腹……空いたなぁ」とつぶやきながら熱い視線を向けてくるのはもう十分だ。


「逃げる手伝いをしろってんなら無理よ。私はクソガキを引き渡さなきゃならない立場にいるんだから」

「そこを是非なんとか。ほらエルもアイーシャママにお願いして」

「ママお願いなのじゃ。可愛い可愛いエルのためにひと肌脱いでおくれ。がさがさの肌を脱ぐだけでいいのじゃ」

「誰がママよ! あんたら今すぐ処刑するわよ!? それに私の肌はまだガサガサじゃない! ……ピチピチでもないけど」


 最後なんかつぶやいてたけど聞こえなかったな。うん、聞こえなかった聞こえなかった。

 母性を芽生えさせる計画失敗か。だが一度の失敗であきらめては最良の結果には結びつかないのだ。失敗は成功の母というじゃないか。


「陽介、失敗のようじゃ。次の案は何かないかのう?」

「そうだな。おだて作戦ならいけるかもしれないぞ、エル」

「あんた達……、最近似てきたわね……」


 そんなに似てきただろうか? でも四六時中一緒にいたから似てきても仕方ないかもしれない。エルは「夫婦じゃからのう」と惚気ているがアイーシャさんの禁句は今は遠慮してほしい。本気で処刑されてしまう。


「はぁ……おだてられようが何をされようが私はクソガキを引き渡すわよ。宮廷魔導士として国に背くわけにはいかないわ」

「……どうしても、ですか?」


 アイーシャさんが立ちはだかるのならば無理やり逃げるのもできそうにない。いやブルーノをおとりにして逃げきれ……ないだろうなぁ。


「どうしてもよ。ただ、私が引き渡したあと勝手にクソガキが逃げ出すんだったら……何の問題もないわよ」


 アイーシャさんは悪だくみをしているガキ大将のような笑みを浮かべている。この分だと逃げる算段もすでに考え付いているのかもしれない。さすがアイーシャママ、頼りになるぅ。


「何か手があるのかの? さすがアイーシャママは頼りになるのじゃ!」

「ママはやめなさい!」


 うん、確かにエルは俺にちょっと似てきたかもしれない。


「で、具体的にはどうすればいいんです? エルだけで逃げるんだったらさっきアイーシャさんが言ってたこともあるでしょうし難しいと思うんですが……」

「まず、明日の引き渡しはほぼ確実に第三騎士団が出張ってくるわね。ドラゴン倒して調子に乗ってるから。あいつらから逃げ出すのはブルーノにでもまかせるわ。ばれないようにやらせるわ」

「ブルーノじゃとちと心配なんじゃが……、むしろ魔力の封印を解いてもらえれば全部解決すると思うんじゃがのう」


 エルにすらそんな風に言われるようになってたのかブルーノ……。でもフォローはしない。だってできないから。


「私の弟をなめるんじゃないわよ……殴るわよ」


 ドスの利いた声で脅してる。もうブラコンって宣言しちゃえばいいのに。


「それにあんたの封印は解けないわよ。今まで聞いてもこなかったから言わなかったけど、向こう十年はそのままね。ブルーノが言うには解呪できるのは伝説のエルフくらいらしいわ」

「エルフですか。確かクレイフ大森林にいるっていう?」


 エルフか……エルフ……エロいエルフ……エロフ……。機会があれば会ってみたい。


「話が脱線するからくわしくは言わないけど、森に棲んでるエルフじゃなくておとぎ話に登場するエルフね」

「それってもう存在してないってことじゃないんですか?」

「存在はしてるみたいよ。なんせあいつら長生きだから。……いつまでも若いまんまだし」

「なら今度探しに行くかのう」


 エルはめんどくさそうにつぶやいた。

 伝説のエロフ……。是非会ってみたいから俺もついていこう。……男でないことを祈ろう。


「で、あんたが逃げた後は馬車に乗ってマギラスに行きなさい。護衛も用意しておくわ。犯罪まがいの依頼でも金次第では引き受ける傭兵だけどね」

「傭兵……ですか。こんなこと言うのは何なんですが、信用できるんですか?」

「信用はできないわね。でも野盗に捕まるよりはましだと思うわよ。それに金だけもらって騎士団に引き渡すこともしないはずよ。そんなことしたら自分も捕まっちゃうから。

 あとは追手につかまらないように必死で馬を走らせるしかないわね。計画性も確実性もないけど時間がなさすぎるわ」


 確かに成功するとは思えない。しかしやらないよりはましだろう。


「捕まったら陽介もただじゃすまないから必死で逃げなさい」


 おやおや? ちょっと待ってよアイーシャさん。


「……俺も行くんですか?」

「一緒に逃げてくれないのかの!? 見捨てるのはひどいのじゃ!」

「あんたが行かなかったらクソガキと護衛の傭兵は言葉が通じないでしょうが。見捨てるんだったら最初から拾ってくるんじゃないわよ」


 俺がついて行っても足手まといにしかならないと思っていたがそういうことなら仕方がない。少女の味方の力を見せてやろうじゃないか。


「ただし!」


 ビシッと俺に指さして言い放った。


「クソガキを送り届けたらすぐさま帰ってきなさいよ」

「何を言うんじゃ。陽介はアタシとずっと暮らすんじゃぞ」

「それができないならこの話は無しよ」

「ぬぅ、卑怯じゃのう。悪女じゃ。年増は悪女じゃ。アタシの夫を寝取る気じゃ」


 俺寝取られちゃうのか。口では、俺にはエルがっ、と言ってるのに体はすでにアイーシャさんのおもちゃにされて戻れない下り坂をごろごろと転げ落ちちゃうのか。


「陽介、顔が気持ち悪い……。吐き気を催すわ」

「陽介、さすがにアタシもその顔は愛せぬぞよ……。生ごみみたいじゃ」


 おっと、二人の俺の取り合いで顔がにやけを通り越して蕩けてしまったようだな。ていうかその言い方はひどくない?


「ともかく、落ち着いたらまた会いに来るなりすればいいんだからそれで手を打ちなさい」

「しょうがないのう。陽介、多少の浮気は認めるが年増はいかんぞ。カマキリのオスみたいに食べられてしまうからの」

「食べないわよ!」


 真肉食系女子!? これがほんとの肉食だ! どんなポップだ、怖すぎるわ!


「ばかやってないで準備にかかるわよ。時間がないんだから。私は今からいろいろ手配をしてくるわ。あんたたちは自分の荷物の整理と一週間分くらいの非常食の準備をしてなさい。あと父の部屋と倉庫にある武器防具も持って行っていいわ。陽介なら大体の場所はわかるわよね」


 アイーシャさんはそう言うと急いで自分のプリンを食べ始める。太るとわかっててもやめられないとまらない、そういうことなんだろう。

 プリンを食べ終えるとこちらに視線を向けた。


「そうそう、逃げるのにちょうどいい認識阻害の魔道具をブルーノが持ってるから借りときなさい。……思い出したくもなかったけどね」


 認識阻害の魔道具……そんなものがあるなら逃げるのなんて簡単なんじゃないか? しかしブルーノという変態プラス認識阻害の魔道具……。嫌な予感しかしません。没収ですな。


「あんたが使ったら擂り潰すわよ、変態……」


 うふふ、アイーシャさんったら何を擂り潰すつもりなのかしら? ……いかんいかん、すでに心が女の子になっていた。


 俺たちは立ち上がりそれぞれ準備を始めようとしたとき、玄関を叩く音が響いてきた。俺は訝しく思いながら扉の近くにより声をかける。


「どちら様でしょうか?」

「夜分に失礼いたします。私、エムトと申します」

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