最終日
――20
『深夜の神ノ宮市で起こりました、銃撃事件の現場であるA&J製薬神ノ宮営業所に来ています』
暗く狭いビジネスホテルの一室で、テレビニュースを観る一人の男がいた。男はベッドに腰掛け、テレビニュースを眺める様に観ていた。
「やはり彼は失敗したか。まあ、私には関係の無い事だが」
思っていた通りの出来事に、男は呆れるどころか何の感情も抱かぬ声でそう言うと、テレビの電源を切り部屋を出る。
ホテルをチェックアウトし、駐車場に停めてあった男のセダンに乗り込むとエンジンをかけ発進した。
「この街……いや、この国ともお別れか」
二十年以上過ごしてきた街だったが、男に特別な思いが込み上げてくることは無かった。男は何も思わぬまま車を運転し、真夜中の国道を東へと進んで行く。
深夜の国道は人気がほとんど無かった。たまにトラック等の運送用の車とすれ違うくらいで、男の乗る車以外の乗用車は走っていない様な状況だ。
神ノ宮市街地を出発して数十分が経ち、男の運転する車は大きな橋の架かる川に差し掛かった。男は架けられた橋を通り川を渡る。規則的に並ぶ街灯が暗い橋の上を照らしていた。
一定の速度を保って走行し、橋の中腹に差し掛かった時だった、男は突然急ブレーキをかけ車を停止させた。
「やはり来たか」
男は車の目の前にいる急ブレーキをかける原因となったモノを見た途端、笑みがこぼれた。
思っていた通りの事でも、先程のニュースを見た時とは違う表情。男は車を降りると目の前に立ち塞がるモノに話しかけた。
「道の真ん中に立っていては危ないじゃないか、黒野君」
「貴方がここを通るのは進藤とかいう男から聞きました。待ってましたよ。藤堂先生」
黒野は道のど真ん中に立ち塞がり、車から降りてきた男を凝視する。
「貴方に訊きたい事があります」
「何かな? 私には学生の疑問に答える義務がある。何でも訊くといい」
藤堂は余裕のある表情で黒野の前に立つ。まるで、黒野一人だけの為に講義を行うかの様に。
「貴方が……貴方がブルードルフィンの研究をしていたのは本当なんですか」
「ああそうだ、ブルードルフィンの研究をしていたのは私だ」
藤堂はゆっくりと簡潔に黒野の質問答えた。
「そんな事を訊くためにわざわざこんな所に来たのかい? どうせ進藤君から聞き出しているんだろう?」
藤堂の問いに黒野は答えずただ黙って下を向いていた。
「私がブルードルフィンの研究を行っている事を知っているのは進藤君か竜崎君しかいないしな」
「……竜崎さんは貴方の事を一切話そうとはしませんでしたよ。下手な嘘を吐いてまで貴方が黒幕である事を隠そうとした」
「……ふっ、そうか彼女らしいな」
一瞬、驚いた様な表情を見せた藤堂だったが、すぐに笑みを浮かべそう言った。
その後、しばしの沈黙が続いた。橋の外灯に群がりカンカンとぶつかる虫達の音と橋の下をザーと流れる川の音だけが聞こえる。
「どうしてですか?」
黒野がそんな沈黙を破り話始める。
「どうしてこんな事をしたんですか?」
「こんな事というのはブルードルフィンの研究の事かね?」
「そうです。ブルードルフィンの研究を含め、竜崎さんに対して人体実験まで行って……どうしてこんな事をしたんだ! 答えろ!」
黒野は藤堂に対して大声で問うた。黒野の眼は藤堂を凝視し、固く握られた黒野の拳は小刻みに震えていた。
「どうして、か……そうだな簡潔に言うと名誉の為、かな」
「名誉の……為?」
藤堂は黒野の剣幕に物怖じする事も無く、何の躊躇もせず、言った。黒野の質問に対する答えを言った。そして、その答えを聴いた黒野は呆然とする。
「そんなモノの為に……竜崎さんを実験台にしてまで、貴方は名誉が欲しいのか?」
もはや、黒野は怒りを通り越し、呆れに近いような感情を抱いていた。どうしてそんなモノの為に他人を犠牲にできるのか、黒野の頭では理解できず、おかしくなりそうだった。
「ああ、すまない言葉が足らず勘違いをさせてしまったようだ」
「勘違い?」
「私の名誉の為ではない。私の無二の友人であり、私の尊敬する先輩であり、ブルードルフィンの生みの親でもある男、そう、君の父黒野英嗣の名誉の為だ」
「親父の名誉?」
黒野は怪訝な表情を見せる。今度は父親の名誉の為と言われ、ますます混乱していた。
「突然だが、君は自分の父親についてどこまで知っている?」
「それは……」
今度は藤堂からの質問だった。いきなりの質問とその内容に黒野は答える事ができない。
「彼はたまにしか家に帰らないと言っていたからね、知らない事の方が多くて当然だろう」
そう言って藤堂は腕時計をチラッと見ると話を続けた。
「ちょうどいい機会だ。少し時間もある事だし、昔話をしよう。君の父、黒野英嗣の事とブルードルフィンが生まれた経緯について」
そして、藤堂は淡々と語りだした。遠い目をし、昔を思い出しながら。




