三日目 4
――18
「どうして助けたんですか?」
彼女が目覚め、開口一番の言葉がそれだった。
あの後、素子さんと内海さんが呼んでくれた警察の方々がその場の収拾に努めてくれた。そして、竜崎さんの事だが、今のところ彼女も連れ去られた行方不明者の一人という扱いで近くの病院に運ばれ今に至る。
竜崎さんが運ばれた病室には俺と素子さんと内海さんの三人が居る。竜崎さんは病院のベッドで横になっている状態だが、彼女の身体は革のベルトを使いベッドに縛り付けられていた。
「最後の攻撃、あの態勢からなら左手に持っていた短刀で私の首を狙えたでしょうに」
「確かに殺してでも止めるとは言ったけど、それは最終手段だ。殺さないで止められたらそれに越した事は無い」
「ああ、そうですね。私を殺してしまったら先生の事を訊き出せなくなりますものね」
竜崎さんが不敵に微笑む。
「しかし残念ですが、私は先生の事を話すつもりはありませんよ。例え頭を開かれたとしてもね」
「いい度胸だな。それじゃあ本当に頭開いてやろうか?」
「ちょっと待った素子さん」
マジで頭を開きかねない勢いで竜崎さんに詰め寄る素子さん。俺は咄嗟に止めに入った。
「そんな事できる訳ないんだからさ」
「そうよ。そんな事したら私が貴女を逮捕しなくちゃならないわ。それにここからは警察の仕事よ。……まあ、被疑者の確保も本来なら警察がしなくちゃダメなんだけど」
後ろでそんなやり取りを見ていた内海さんも止めに入る。いや、それだけではなく、内海さんは竜崎さんが横になるベッドの隣に立つと竜崎さんに質問をし始めた。
「私からも質問よろしいかしら?」
「ええ、どうぞ」
「昨日の夜、私とそこでキレかかってるポニテを襲ったのは貴女で間違いない?」
「ええ、そうです。私が貴女達を襲いました」
「理由は?」
「ブルードルフィンの事を嗅ぎ回っていたみたいだったので、邪魔なら消そうかと」
「そう……じゃあ次の質問。最近、神ノ宮で起こっている失踪事件だけど、失踪者を攫ったのも貴女で間違いないわね?」
「はい、私がやりました」
何か、内海さんの質問にはやたら素直に答えてるな。
「攫ってきた人達は生きてるはずですよ。もともとブルードルフィンの実験体にするつもりだったんですけどね」
「ええ、あの後警察が廃ビルの中に捕らえられていた失踪者達を保護しています。かなり憔悴してましたが命に別状はありません。……なんですが、一名だけ遺体で発見されました。名前は青木カズオ。彼について何かご存じ……」
「その人を殺したのは私です」
竜崎さんはあっさりと認めた。自分が人を殺した事を。
「彼には大分暴れられましてね、その当時は力の加減もうまくできなかったので勢い余って」
「そうですか、わかりました。」
自分の犯した罪は簡単に自白してしまったのに対し、『先生』と呼ばれる、おそらくは黒幕であろう人物に対しての質問は頑なに黙秘する竜崎さん。彼女がその人物に抱いている思いは憧れや尊敬といったものではなく、もはや崇拝の域に達しているのだろう。竜崎さんにとって『先生』は絶対なのだ。
「竜崎さん、最後に一ついいですか?」
恐らく、黒幕を訊き出す事は出来ないだろう。でも、これだけは言っておきたかった。
「竜崎さん、貴女はその『先生』に存在意義を与えてもらったって言っていたけど、存在意義っていうのは他人から与えてもらうものではないと思いますよ。」
俺の言葉は届いていただろうけど、彼女は天井を見つめたまま、何の反応を示さなかった。
「素子さん行きましょう。後は警察に任せた方が良い」
「はぁ? ちょっと、まだ何も訊き出してないでしょ」
「多分、彼女は何も答えないですよ。これ以上ここに居ても時間の無駄だ。それだったら足を使って調べた方が早い」
俺は振り返り、病室を出ようと歩き出した。その時だった。
「待ってください」
突然、竜崎さんに呼び止められた。
「何ですか?」
俺は再び竜崎さんの方を向く。
「今日はあの女の子は一緒じゃないんですか」
「あの女の子? もしかしてマナの事ですか?」
俺を呼び止め何をするのかと思ったら、この場にいない……いや、関係のないマナの事を竜崎さんは訊いてきた。
「マナは、その、家に帰ったみたいです。……それで、どうして今マナの事を訊くんですか?」
「……彼女、家になんて帰ってませんよ」
「は? えっ」
一瞬、竜崎さんの言っている事が理解できなかった。何を言い出すのかと思えば、どうしてそんな事を知っているのか。
「帰って無いってどういう意味っすか?何でそんな事……」
「恐らく、彼女は連れて行かれたんだと思います。進藤という男に」
「つ、連れて行かれた?っていうか、進藤って?」
急展開に俺の頭がついていけず、自分で何を喋っているかもわからない状況だった。
「順を追って簡単に説明します。まず進藤という人物ですが、彼はA&Jファーマの社員です。彼の協力で先生はブルードルフィンの研究をしていました。まあしかし、社員といっても彼が実際何者なのかはわかりません」
「そ、それで、どうしてそいつがマナを連れて行ったりするんですか」
「社長さんの命令だったみたいですが、彼には他にも理由があるみたいです。多分、今日の『計画』とやらに関係あるんでしょうね」
「『計画』って?」
「神ノ宮市郊外にあるA&Jファーマ神ノ宮工場で今日の午後十一時に決行するとか仰ってましたね。私には何をするのかさっぱりわかりませんが、まあ、良からぬ事なのは確かでしょう」
そう言われ、俺は慌てて病室にある時計に目を移す。時計は午後十時四十分を指していた。
「行くなら急いだ方が良いと思いますよ」
「行くのか? もしかしたら嘘かもしんないぞ」
「……行きましょう素子さん。嘘かもしれなくても、数少ない情報だ。確かめる価値はあるし、それにもし本当だったら、マナの身が危ないかもしれない」
「わかった。それじゃアタシの車で行くぞ。早く来いよ」
素子さんはそう言うと、病室を出ていった。後を追おうと病室のドアに手をかけた。だが、一つ気になる事があり、振り返って竜崎さんに話しかけた。
「どうして、その『計画』の事を話してくれたんですか?進藤って人は先生の協力者なんでしょう?」
「別に、『計画』が成功しようが、失敗しようが、先生に影響は無いみたいですし、それに……いや、これは私が言える事じゃないですね。すみません何でもないです。ほら、早くした方が良いんじゃないですか? ポニーテールの人待ってますよ」
竜崎さんはそう言うと顔を背けてしまった。
「それじゃ内海さん。後はお願いします」
「え? ちょ、ちょっと」
内海さんには悪いが、竜崎さんの事を任せ、俺は病室を後にした。急いで駐車場に向かい、すでにエンジンのかかっている素子さんの車に乗り込む。
「遅い!」
「すいません」
俺が車に乗り込んだ瞬間、素子さんは車のスロットルを全開にし、とんでもない勢いで病院の駐車場を出ると、竜崎さんの言っていたA&Jファーマ神ノ宮工場へと向かった。
――19
神ノ宮市郊外には工場の密集地帯が存在する。その工場群の一角にA&Jファーマ神ノ宮工場があった。
時計の針は午後十時五十分を回り、昼間はとは違って警備員と数人の夜勤者しかいない工場は静まり返っている。そこに一台の高級セダンが入ってきた。高級セダンは入場ゲートをくぐり、ガラガラになっている来客用駐車スペースに停車した。
「着きましたよ。さあ、行きましょうか」
進藤はそう言うと運転席から車を降りた。
「……」
進藤に促され、同乗していたマナも後部座席から車を降りる。マナに言葉は無く、どこか思い詰めた表情をしていた。
進藤はマナを連れ、工場内を進んで行く。駐車場から歩くこと数分、二人は工場全体の管理や事務的な作業を行う工場の本館にやってきた。
「社長には無理を言って神ノ宮工場にきてもらっている。私もついているから、何でも訊いてみるといい」
進藤はニコっとマナに微笑んだ。しかし、進藤とは対照的にマナの表情は暗いままだった。
進藤は特別マナを気にすること無く、本館のドアを開け中に入っていった。マナも進藤の後に続き本館へと入っていく。
本館内は照明が落とされ真っ暗になっている。昼間なら、来客の対応をする為の受付も今は無人だ。
「こっちだよ」
進藤は本館に入るとすぐ右手側にあるエレベーターに乗り込んだ。続いてマナがエレベーターに乗り込み、それを確認した進藤は三階のボタンを押した。
三階に到着するとチーンという音とともにエレベーターのドアが開く。二人はエレベーターを降りるとすぐ目の前にある一室の前で立ち止まった。
「ここだよ」
短くそう言うと進藤は目の前にあるドアをノックした。
「進藤です。失礼します」
進藤はドアを開け部屋の中に入る。中にはA&J社社長不動の姿があった。
「こんな時間に神ノ宮工場までご足労いただき大変申し訳ありません」
「いや、いいよ。例の件で大事な話があるのだろう?早速本題に入ってくれ」
「わかりました。ですが、その前に……入っておいで」
進藤のおかしな言動に不動社長は怪訝な表情を浮かべる。しかし、会議室のドアが開かれた瞬間、不動社長はその目を見開いた。
「真菜! お前、どうしてここに」
「いや~、僕はお家へ帰った方がいいよって何度も言ったんですけどね、どうしてもって」
進藤は笑顔で経緯を説明する。動揺している不動社長などまるで意に介さないようだった。そして、会議室に入ってきたマナが口を開く。
「お父さん、例の件ってブルードルフィンの事だよね?」
「どうしてそれを……」
娘の口から発せられた言葉を聞き、不動社長は自分の耳を疑う。
「偶然、お父さんの仕事場に入った時にその報告書を見つけたの……その時はあんまり気にしてなかった。でも、最近会社で変な噂が流れてるのを耳にして、それで、どうしても気になって北関東科学大学の明神先生のところにブルードルフィンの事を訊きに行ったの」
不動社長は自分の娘の行動を知り、改めて驚かされた。
「真菜、お前の行動は会社を心配しての事なのだろう。お前の気持ちは嬉しい。しかし、軽率な行動にはかわりない。あまり私に心配をかけさせないでくれ」
「でも」
真菜は涙目になりながらも食い下がろうとする。その姿を見た不動社長はゆっくり眼を閉じ、少し考えた後口を開いた。
「ブルードルフィンはな、世界を大きく変えるかもしれない薬なんだ。もしこの薬が完成すれば多くの人達を救う事ができる」
「でも、それならどうして十五年前にこの計画を打ち切ってしまったの?」
「当時は景気の悪化もあり資金不足に陥っていた。研究結果も良くなく、仕方なかったんだ」
自分の疑問をぶつけ、返ってきた父の答えを聴いたマナは顔を伏せ少し沈黙する。そして、顔を上げるともう一つの疑問を父に問うた。
「どうして今なの?」
「何?」
「何で、今このタイミングでこの計画を再開しようと思ったの?」
「それは……」
マナの顔つきはさっきまでの質問をしてきた時とは違い、不安そうな表情は消えていた。そんな娘の表情を見た不動社長は少し考えた後、口を開いた。
「この薬はな、母さんの病気を治せるかもしれないんだ」
「え……」
突然出てきた母親の事にマナは驚き、言葉が出なかった。
「私情を挟んでしまった事に関しては申し訳無いと思っている。だが、この薬は母さんの様な病気で苦しんでいる人達を助けられるかもしれないんだ」
「そ、それって本当なの? お母さんは元気になるの?」
「ああ、本当だとも」
さっきまで不安の表情を見せていたマナの顔に少しずつ笑顔が戻っていく。
「この事は進藤君が調べてくれたんだ。そうだろう進藤君」
「……進藤さん?」
突然出てきた進藤の名を聞き、笑顔に戻りつつあったマナの表情が固まる。そして、マナが進藤の顔に視線を移した瞬間、マナは背筋に悪寒を感じた。そこにあったのは親子の再開を祝福する暖かい笑みなどではなく、ゾッとする様な冷たい笑顔だった。
「ええ、実はその事なんですけどね……」
そう言いながら、進藤はスーツの内側に右手を入れ、あるモノを取り出した。部屋が薄暗いせいか、マナと不動社長は進藤が取り出したソレがすぐに何であるかわからなかった。そして、進藤は取り出したソレをゆっくりと構える。
「ブルードルフィンにそんな効果はありません」
進藤がそう言った直後、『パンッ』という乾いた音が薄暗い室内に響き渡った。
「がァ、グァァ!」
「えっ、い、いややああ!」
進藤が取り出したソレが拳銃だと理解した時には、進藤の放った凶弾が不動社長の左肩を貫いていた。
左肩を打ち抜かれた不動社長はその勢いで後ろに倒れ、蹲った。
「ぅうう……き、貴様これは……どういう……進藤、お前は一体……」
一方の進藤は拳銃を片手に、薄ら笑いを浮かべ蹲る不動社長を見下ろしている。
「ああ、そう言えば私の事を何もお伝えしてませんでしたね。実はワタクシ産業スパイというヤツをやってまして」
「さ、産業スパイ……だと?」
「ええ、私がこの会社に入ってからもう五年も経つんですねぇ。早いなぁ」
涙目になりながら負傷した自分の父に抱きつくマナと意識が飛びそうな程の痛みを必死に耐える不動社長。しかし、そんな二人に構わず、進藤は自分がA&Jファーマに入ってきた経緯を話し始めた。
「私は元々、この会社の機密情報や独自の技術を盗み出すためにA&Jファーマに入って来たんですよ。その為、最初の一年間は信頼を得る事と機密情報の下調べなんかを主にやってましてね。その時に偶然見つけたのがブルードルフィンでした」
銃口を不動社長に向けたまま、進藤は一歩また一歩と二人に近づいていく。
「いやあ、素晴らしいじゃないですか。このブルードルフィンってヤツは。どうしてこんな素晴らしい物をお蔵入りにしてしまうのか、私には理解できませんよ」
「貴様……ブルードルフィンを……どうするつもりだ」
息絶え絶えになりながらも、進藤の思惑を訊き出すため、不動社長は左肩に走る激痛に耐えながら進藤を問い質した。が……、
「軍事利用させてもらいます」
進藤はあっさりと、あっけらかんと、即答した。
「ぐ、軍事利用?」
「そうです。軍事利用です。私の本当の雇い主にブルードルフィンの事を話したんですよ。そうしたら、この薬に大変興味を持たれまして、当初の予定を変更して、しばらくブルードルフィンの事を調べてくれと指令が出ました」
軍事利用という言葉を聞き、銃創からの出血も相まってか不動社長の顔が益々青ざめていく。
「ヒトに投与するだけで、筋肉量の増加、運動能力の向上。これを使えば、最初から屈強な兵士をいくらでも作る事が出来ます。ドーピングなんてチャチなものでは断じてない。まあ、雇い主も興味を持ったとは言いましたが、最初にブルードルフィンの事を見つけた時は動物実験でのデータしかありませんでしたから、始めは半信半疑だった様ですけど……でもつい数か月前にヒトを使った実験に成功した事を報告したら「急いで実物を持ってこい」なんて言い出しまして。流石に私にも準備というものがありますからね、今日まで待っていただいたという訳です」
「そんな……では、さっき貴様が言ったブルードルフィンにそんな効果は無いという話は……」
「ああ、アレですか。いやあ、どうやってブルードルフィンの研究費用を捻出するか考えたんですよ。一度凍結した研究でしたからね、半端な理由じゃ研究を再開するのは無理だと思ってました。ですがちょうどその頃、奥様がご病気で倒れたなんて話を耳にしましてね、冗談半分で「ブルードルフィンには奥様の病に効果がある」なーんて言ったら、社長簡単に信じてくれましたねぇ。お陰で、研究費用には困りませんでしたからホント助かりましたよ」
「き、貴様ぁ……」
笑顔で銃口を突きつける進藤を不動社長は鬼の形相で睨みつける。だが、そんな事は意に介さず、進藤は改めて不動社長の頭に照準を合わせる。
「さあ、お話はもうこの辺でいいでしょう。お別れの時間です」
「ま、待て! 私はどうなったっていい、だから……娘は、真菜だけは見逃してくれ……」
不動社長は無事な右腕でマナを庇うように抱きしめた。
「それは無理なご相談ですね。こんな所を見られて、こんな話まで聴かれちゃったら、始末するしかありませんから」
引き金にかかる進藤の指に力が入る。そして、二人が死を覚悟した。その時だった。
「じゃあ、俺も始末しなきゃならないな」
「ッ! 誰だ!」
突然、第三者の声が薄暗い会議室に響いた。進藤は慌てて声のする方へ銃口を向ける。死を覚悟し、目を閉じていた不動社長とマナもその声に反応して目を開けた。
「助けに来たぞマナ」
「恭輔!」
開かれた会議室の入口には黒野恭輔の姿があった。
「君は確か、明神先生のところの学生さんだったね」
「俺を知っているのか」
「まあね。なんたって君はブルードルフィンを創った男の息子じゃないか。ブルードルフィンとは兄弟という事になるのかな?」
進藤は不敵な笑みを浮かべ、黒野と対峙する。一方の黒野は丸腰のまま進藤を睨みつけていた。
「しかし、良いところに来たね。お姫様を助けに来た王子様ってところかな? 格好よく登場したところ申し訳ないんだが、君には私の後ろに居る二人を殺した殺人犯って事になってもらおうか。そして、その殺人犯は自ら命を絶っておしまい。こんなシナリオはどうだろう?」
「安いシナリオだな。程度が知れる」
「言うねぇ。この状況でよくそんな減らず口が叩けるな。もしかしてこの拳銃が偽物だとでも思っているのかい? それに、どうやってここを調べてきたのかは知らないが、こうなる事がわかっていたなら警察でも連れて来るんだったね」
「警察連れて来たら、アンタから話を訊けないからな。っと、そんな事はどうだっていい。アンタの後ろに居るマナの親父さんっぽい人が撃たれてるんだ。無駄話はいいからアンタをブッ飛ばしてとっとと終わらせる」
「へぇ、どうやって?」
絶対的有利な状況にいる進藤は余裕の表情を見せ、黒野を見下す様に訊く。
「マナ、目を閉じてろ。嫌なモノを見たくはないだろ」
「え? え? で、でもっ」
「いいから」
黒野の突然の言葉に動揺したマナだったが、重ねて黒野からの言葉を聴き、言う通りに目を閉じた。
「やさしいねぇ、血塗れの君を見せない為の配慮かい?」
「いや、ぶん殴られたアンタのマヌケ面を見せたくないだけだよ」
そう言って、黒野も両目を閉じた、と同時に半開きになった会議室のドアからコロコロと缶ジュースくらいの筒が転がってきた。そして、転がってきた筒はちょうど黒野と進藤の間でピタリと止まる。
「ん? 何だ?」
進藤が転がってきた謎の筒に目を移したその時だった。薄暗かった会議室に転がってきた謎の筒から強烈な閃光が走ったのだ。
「うっふうああぁぁぁ!」
暗闇に慣れた目で強烈な閃光を見てしまった進藤は目が眩み、視界を奪われた。
「目がァああ、ガハァ!」
両手で目を抑え悶え苦しんでいる進藤に更なる衝撃が走る。一瞬の隙をつき、黒野は一気に距離を詰めると進藤の顔面めがけて飛び膝蹴りを放ったのだ。その衝撃で進藤は後方へ吹っ飛ばされ、黒野は俯せで倒れた進藤の上に乗ると、進藤の腕を極めて押さえつけた。
「素子さん! マナ達をお願いします!」
「あいよ~」
黒野に呼ばれた素子が会議室に入ってきた。
「いや~化学部の連中とおふざけで作った閃光手榴弾だけど、我ながら良い出来だったな」
素子は会議室の奥で倒れているマナと不動社長の元へと駆け寄った。
「マナちゃん怪我は無い?」
「素子さん!」
真菜は涙目になりながら素子に抱きついた。
「よしよしもう大丈夫だからね。っと、こちらのお父さんは大丈夫じゃなさそうだね。早いとこ救急車呼ぼうか」
不動社長の怪我の具合を確認した素子はすぐさま携帯電話を取り出し、119のボタンを押す。
「っうう、き、君達は、一体……」
「私は北関東科学大学大学院博士課程一年桃山素子です。ああ、ちなみにあっちにいる奴は私の後輩の黒野恭輔っていいます。あ、もしもし、大至急救急車一台お願いしまーす。場所はA&Jファーマ神ノ宮工場、急いでねー」
「だ、大学院生?」
突然現れた大学院生二人に助けられ、不動社長は思わずポカンとしてしまっている。っと、その時だった。
「ほ、本当だっ!」
いきなり、進藤の声が会議室に鳴り響いた。
「い、今言った事は全部本当だ! 嘘なんか吐いちゃいない」
進藤の悲鳴にも似た声を聞いて、素子は黒野の元へと歩み寄って行った。
「どうした? コイツ何か喋った?」
「……」
素子の問い掛けに黒野は俯いたまま、何の反応も示さない。そんな黒野だったが、少しの間を置き、口を開いた。
「すいません素子さん。コイツとマナ達の事をお願いします。少し、用事が出来ました」
「ぐえ!」
そう言うと黒野は進藤の首筋を叩き気絶させると、立ち上がって会議室を出て行ってしまった。
「お、おい! どこ行くんだよ!」
「それと車も借ります。それじゃ後はよろしく頼みます」
黒野はそのまま、夜の暗闇に溶け込む様にして行ってしまった。
「何なんだアイツ」
流石にマナ達や進藤をほったらかしにして黒野を追いかけるのはマズイと思った素子は黒野に言われた通り、警察と救急車が来るまでその場に留まる事にした。




