カナメの一日
2034年3月。
大阪・本町。
株式会社カナメでは、今日もそれぞれの仕事が進んでいた。
社員数は三十九名。
開発部、営業部、業務部。
三つの部門に分かれ、普段はリモート勤務をしている社員も多い。
それでも、たまには顔を合わせて仕事をする日がある。
そんな三月の、何でもない一日のお話。
*
【八年前のTODO】
「……何やこれ」
開発一課の田村洋介は、画面に表示されたコードを見ながら、首をかしげた。
既存システムの共通モジュール。
以前から使われている処理について、改修のために調査していたところだった。
その中に、一行のコメントが残っていた。
――TODO:そのうちちゃんと直す。
「……そのうち、て」
田村は、履歴を確認した。
最終更新は、八年前。
「……八年前の『そのうち』かいな(笑)」
思わず笑ってしまった。
*
「西田、ちょっとええ?」
田村が連絡した。
「ええで。どうしたん?」
「古い共通モジュール見とったんやけどな」
「うん」
「八年前のTODOが残っとるんや」
「……八年前?」
「せや」
田村は、画面を共有した。
西田は、コメントを見て少し考えた。
「……ああ」
「知っとるんか?」
「……これ、金目やな(笑)」
「……社長かいな(笑)」
二人は笑った。
*
「……しかし、何で直してへんのや?」
田村が尋ねた。
「まあ、当時はいろいろあったからな」
西田が答えた。
「人も少なかったし、必要な機能を先に作っとったんや」
「なるほど」
「ほんで、あとから直そうと思っとったんやろな」
「……八年経っとるけどな(笑)」
「ほんまやな(笑)」
西田は、少し笑った。
「まあ、一回金目に聞いてみようか」
「せやな」
*
「金目、ちょっとええ?」
西田が声をかけた。
「おお、どうしたん?」
「昔のコードが出てきたんやけど」
「……昔のコード?」
金目は、共有された画面を見た。
――TODO:そのうちちゃんと直す。
「…………」
少し沈黙した。
「……まだ残っとったん?(笑)」
田村が笑った。
「残っとるから呼んだんや(笑)」
「……せやな(笑)」
三人は笑った。
*
「……ちなみに、これ何で直してへんの?」
田村が尋ねた。
金目は、コードを見直した。
「……ああ、思い出したわ」
「ほう?」
「当時、別の機能を先に出さなあかんかったんよ」
「なるほど」
「この処理も、動いとったしな」
「せやな」
「ただ、あとから整理した方がええとは思っとった」
田村は、うなずいた。
「……ほんで、八年経ったわけやな(笑)」
「……せやな(笑)」
金目も笑った。
*
「ちなみに、今は何か問題出とるん?」
金目が尋ねた。
「今回の改修で、ちょっと触る必要があるんや」
田村が答えた。
「なるほど」
「このままでも動くんやけど、処理がわかりにくいから、ついでに整理しようかと思っとる」
「ええと思うで」
金目は、うなずいた。
「今の人らが見てわかるようにした方がええやろ」
「せやな」
西田も、うなずいた。
*
「……ほな、直してええんやな?」
田村が尋ねた。
「もちろんやで」
金目が答えた。
「ただ、動いとるところ壊さんようにな(笑)」
「……そこはちゃんと試験するわ(笑)」
「頼むで(笑)」
三人は笑った。
*
「……しかし、社長」
田村が言った。
「何や?」
「八年前のTODO、よう残しとったな」
「……俺が残したんちゃうで(笑)」
「書いたんは金目やろ(笑)」
西田が笑った。
「……まあ、そうやけどな(笑)」
金目は、少し考えた。
「……そういや、TODOって期限書いといた方がええな」
田村が笑った。
「八年経ってから気づいたんか(笑)」
「……せやな(笑)」
三人は、また笑った。
*
田村は、画面を見直した。
八年前に書かれた一行のコメント。
当時は、それが必要だったのだろう。
今は、会社も開発体制も変わった。
だから、今のやり方で直していけばよい。
「……ほな、こっちは進めとくわ」
田村が言った。
「頼むで」
西田が答えた。
「……社長のTODO、ようやく片づくな(笑)」
「……長いこと待たせたな(笑)」
金目が笑った。
八年前の「そのうち」は、ようやく順番が回ってきたようだった。
*
【昼休みの課長たち】
昼休み。
たまたま出社日が重なった田村、尾崎、井上の三人は、事務所の近くで昼食を取ることにした。
「……何食べる?」
尾崎が尋ねた。
「何でもええで」
田村が答えた。
「俺も何でもええ」
井上もうなずいた。
尾崎は、二人を見た。
「……それ、一番困るやつやで(笑)」
「せやな(笑)」
三人は笑った。
*
結局、三人は近くの定食屋へ入った。
田村は唐揚げ定食。
尾崎は焼き魚定食。
井上は日替わり定食を注文した。
「……しかし、今日は珍しく三人揃ったな」
尾崎が言った。
「せやな」
田村が答えた。
「普段、出社日バラバラやしな」
「ほんまや」
井上がうなずいた。
「まあ、リモートでも仕事はできるけどな」
「せやな」
尾崎は、少し笑った。
「でも、こうして昼飯食べるんは久しぶりやな」
*
「……そういや、田村って休みの日何しとるん?」
尾崎が尋ねた。
「寝とる(笑)」
「……それ、趣味なんか?(笑)」
井上が笑った。
「いや、ほんまに寝とるで(笑)」
「どんだけ寝るんや」
「朝、目覚まし鳴らさんでええだけで幸せやろ」
尾崎が、少し考えた。
「……まあ、それはわかる(笑)」
井上もうなずいた。
「俺も、当番ない日はゆっくりしたいわ」
*
「尾崎は何しとるん?」
田村が尋ねた。
「俺は、最近ちょっと料理しとるな」
「……料理?」
井上が、少し驚いた。
「せやで」
「何作るん?」
「この前は、カレー作った」
「……普通やな(笑)」
田村が笑った。
「普通でええやろ(笑)」
「いや、もっと凝ったもん作っとるんかと思ったわ」
「最初から凝ったもん作れるかいな(笑)」
三人は笑った。
*
「井上は?」
尾崎が尋ねた。
「俺は、最近ちょっと散歩しとる」
「散歩?」
「せや。休みの日に、近所を歩いとる」
「健康的やな」
田村が言った。
「まあ、ずっと座っとる仕事やしな」
「せやな」
尾崎もうなずいた。
「……しかし、俺ら、だいぶ普通のおっちゃんやな(笑)」
井上が笑った。
「そらそうやろ(笑)」
「会社では課長やけどな」
田村が言った。
「昼飯食うときまで課長せんでええやろ(笑)」
三人は笑った。
*
料理が運ばれてきた。
田村の唐揚げ定食。
尾崎の焼き魚定食。
井上の日替わり定食。
「……いただきます」
三人は、箸を取った。
しばらくは、料理を食べる音だけが続いた。
「……うまいな」
田村が言った。
「せやな」
尾崎がうなずいた。
「ここ、また来てもええな」
「ええと思うで」
井上も、少し笑った。
*
「……そういや、さっきのTODOどうなったん?」
尾崎が尋ねた。
「ああ、あれな」
田村が答えた。
「金目に確認したで」
「……社長に?」
「せや」
「何やったん?」
「八年前に書いたTODOやった(笑)」
尾崎が笑った。
「……八年前って(笑)」
「せやろ(笑)」
井上も笑った。
「……それ、もう歴史資料やん(笑)」
「ほんまやで(笑)」
*
「しかし、金目も昔はコード書いとったんやな」
尾崎が言った。
「そら、書いとったやろ」
田村が答えた。
「今は、あんまり見んけどな」
「せやな」
井上がうなずいた。
「まあ、今は社長やしな」
「ほんまや」
尾崎は、少し笑った。
「……でも、八年前のTODO残っとる社長って、どうなんやろな(笑)」
田村が笑った。
「本人に言うたら、また笑うやろ(笑)」
「せやな(笑)」
*
昼食を終えた三人は、店を出た。
三月の空気は、まだ少し冷たかった。
「……ほな、戻ろか」
田村が言った。
「せやな」
尾崎が答えた。
「午後も仕事あるしな」
井上がうなずいた。
「……しかし、昼飯くらい、もうちょっとゆっくりしたいな」
尾崎が言った。
田村が時計を見た。
「まだ時間あるで?」
「……ほんま?」
「せや」
尾崎は、少し笑った。
「ほな、コーヒーでも飲んで帰ろか」
「ええな」
井上が答えた。
「……午後の会議、忘れんなよ(笑)」
田村が言った。
「忘れへんわ(笑)」
三人は笑いながら、近くの喫茶店へ向かった。
カナメの、何でもない昼休みだった。
*
【社長への連絡】
午後二時。
株式会社カナメの業務部では、福原奈央が一件の資料を確認していた。
翌月に予定されている新卒社員の入社準備。
入社案内や必要書類の確認は、すでに進められている。
その中で、福原は一つ気になることを見つけた。
「……あれ?」
資料には、入社式当日の予定が記載されていた。
受付。
入社式。
各部門からの説明。
そして、社長からの挨拶。
しかし、金目の挨拶に割り当てられている時間が、少し長い。
「……これ、十五分も必要でしょうか」
福原は、小さくつぶやいた。
*
「高瀬さん、少しよろしいでしょうか?」
「はい。どうしました?」
福原は、入社式の予定表を共有した。
「こちら、金目さんの挨拶が十五分になっているんですが」
「そうですね」
「……金目さん、十五分も話されますかね?」
高瀬は、少し考えた。
「……どうでしょうね」
「去年の入社式では、かなり短かったような気がして」
「そうですね」
高瀬は、少し笑った。
「ただ、十五分はあくまで予定枠ですから」
「なるほど」
「必要な時間を確認しておいてもよいかもしれませんね」
「そうですね」
*
「……でも、これ、金目さんに直接聞いてもいいんでしょうか」
福原が尋ねた。
「もちろんですよ」
高瀬が答えた。
「必要な確認ですから」
「そうですよね」
「ただ、何を決めていただきたいのかは、明確にしておくとよいですね」
「なるほど」
福原は、少し考えた。
「では、挨拶の時間を五分程度に変更してもよいか、確認してみます」
「よいと思います」
*
福原は、金目へ連絡した。
『金目さん、お疲れさまです。来月の入社式について確認させてください。社長挨拶の時間を十五分で予定していますが、五分程度に変更してもよろしいでしょうか?』
しばらくして、返事が届いた。
『ええですよ。むしろ五分も要らんかもしれません(笑)』
「……やっぱり(笑)」
福原は、思わず笑った。
続けて、もう一通届いた。
『ほかの説明に時間使ってもろた方がええと思います』
福原は、うなずいた。
「……なるほど」
*
「高瀬さん、金目さんからお返事がありました」
「どうでした?」
「五分程度で問題ないそうです」
「そうですか」
「むしろ、五分も要らないかもしれないと(笑)」
高瀬が笑った。
「……金目さんらしいですね(笑)」
「そうですね」
福原も笑った。
「では、予定を変更しておきます」
「お願いします」
*
福原は、入社式の予定表を更新した。
社長挨拶、五分。
空いた時間は、各部門の説明に振り分ける。
必要な確認が一つ終わった。
それだけのことだった。
しかし、福原には少し気になることがあった。
「……そういえば」
高瀬が顔を上げた。
「どうしました?」
「金目さん、最近あまり入社式の準備に関わっていませんね」
「そうですね」
「去年は、もう少し確認されていたような気がします」
高瀬は、少し考えた。
「準備は業務部で進められていますからね」
「なるほど」
「必要なところだけ確認していただければ、問題ありません」
「そうですね」
*
その頃。
金目は、福原から届いた予定表を確認していた。
社長挨拶、五分。
「……五分か」
少し考えた。
「……何話そうかな」
去年は、新しい社員たちに向けて、仕事の進め方について話した。
今年も、同じようなことを話すつもりだった。
ただ、毎年まったく同じ話をするのも面白くない。
「……まあ、考えとこか」
金目は、予定表を閉じた。
そして、別の資料を開いた。
来月の経営会議に向けた確認事項だった。
*
【知らないところで】
午後五時過ぎ。
金目は、新事務所のオープンスペースで、西田と顔を合わせた。
「おお、西田。まだおったんか」
「お前もな(笑)」
二人は笑った。
「今日は出社しとったんやな」
金目が言った。
「せやで。田村らと打ち合わせがあってな」
「なるほど」
「……そういや、今日、昔のコード見つかったで」
西田が言った。
「……ああ、あれな(笑)」
「八年前のTODO(笑)」
「……忘れとったわ(笑)」
西田が笑った。
「忘れとったから八年残っとるんやろ(笑)」
「……せやな(笑)」
*
「しかし、田村もよう見つけたな」
金目が言った。
「今回の改修で触るところやったらしいで」
「なるほど」
「ついでに整理する言うとったわ」
「そらよかった」
金目は、少し笑った。
「……しかし、八年前か」
「せやな」
「当時は、ほんまに人少なかったもんな」
「ほんまや」
「今は、田村らがちゃんと見てくれとるし」
「せやな」
西田は、うなずいた。
「まあ、昔のコードまで面倒見てもろてるけどな(笑)」
「……そこは申し訳ないな(笑)」
二人は笑った。
*
「そういや、今日、何しとったん?」
西田が尋ねた。
「仕事や(笑)」
「そらそうやろ(笑)」
「……何の仕事?」
「社長の仕事(笑)」
「……それは知っとるわ(笑)」
二人は笑った。
「いや、最近、金目が何しとるんか、ようわからんくなってきてな」
西田が言った。
「そうなん?」
「せや。昔は、開発も営業も、あれこれ一緒にやっとったやろ」
「せやな」
「今は、俺も開発部の仕事が中心やし」
「まあ、そうなるわな」
*
「……で、今日は何しとったん?」
西田が、もう一度尋ねた。
「今日はな……」
金目は、少し考えた。
「朝は、来月の採用計画の確認やろ」
「うん」
「そのあと、取引先との打ち合わせ」
「ほう」
「午後は、来年度の予算の見直しと、契約書の確認やな」
「……結構やっとるやん」
西田が言った。
「せやろ(笑)」
「何もしてへんみたいな顔しとるからな(笑)」
「……失礼な(笑)」
二人は笑った。
*
「しかし、昔とだいぶ仕事変わったな」
西田が言った。
「せやな」
「今は、現場の案件を直接見ることも減ったし」
「そうやな」
「それでも、会社全体のことは考えなあかんしな」
「せやな」
金目は、少し笑った。
「まあ、みんなが仕事進めてくれとるから助かっとるわ」
「ほんまやな」
「俺が知らんところで、ようけ仕事進んどるし」
「ええことやん」
「せやな」
*
「……そういや、来月また新卒入ってくるな」
金目が言った。
「せやな」
「……席、足りるんか?(笑)」
西田が笑った。
「三十席もあるやろ(笑)」
「……せやった(笑)」
「全員毎日出社するわけちゃうしな」
「ほんまやな」
金目は、少し笑った。
「……しかし、また人増えるんやな」
「せやな」
「今年は何人やったっけ?」
「……それ、高瀬さんに聞いた方が早いんちゃう?(笑)」
「……せやな(笑)」
二人は笑った。
*
「……ほな、そろそろ帰ろか」
金目が言った。
「せやな」
西田は、上着を手に取った。
「明日も仕事あるしな」
「ほんまや」
二人は、事務所を後にした。
*
2034年3月。
株式会社カナメでは、今日もそれぞれの仕事が進んでいた。
八年前のTODOが見つかったり。
課長たちが昼休みに定食を食べたり。
入社式の予定が少し変わったり。
そして、社長と取締役が、仕事帰りに何気ない話をしたり。
特別な事件が起きたわけではない。
それでも、社員たちにはそれぞれの一日がある。
そんな日常が、今日もカナメでは続いていた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は少し趣向を変えて、カナメの日常を四つの短編でお届けしました。
八年間放置されていた金目のTODO。
昼休みに集まった三人の課長。
社長へのちょっとした確認。
そして、金目と西田の何気ない会話。
普段はそれぞれの仕事をしている社員たちですが、仕事を離れれば普通の人たちです。
……もっとも、八年前のTODOを発掘された金目は、少々気の毒だったかもしれません(笑)。
会社が大きくなっても、こうした何でもない日常は続いています。
今回は大きな事件も、難しい経営判断もありません。
たまには、こんな一日があってもいいですよね。
次回も、引き続きお付き合いいただければ幸いです。




