来年の数字
2033年11月。
大阪・本町。
株式会社カナメでは、翌年の事業計画を考える時期を迎えていた。
四月に新しい事務所へ移転し、十月には組織の役職体系を見直した。
開発部長、西田。
業務部長、高瀬。
営業部長、小坂。
三つの部門に、それぞれ責任者が置かれている。
社員数は三十六名。
年内の中途採用も、当初の計画に沿って進められていた。
そんな十一月。
業務部では、来年の数字を整理する仕事が始まっていた。
*
「……来年も、採用は続ける予定ですよね」
福原奈央が、資料を確認しながら尋ねた。
「そうですね」
高瀬がうなずいた。
「現在の事業計画では、その予定です」
「なるほど」
福原は、採用計画を開いた。
今年四月には、新卒社員二名が入社した。
八月には、初めて一名が退職した。
その後も、中途採用の活動は続いている。
採用計画は、退職者が出たからといって変更していない。
必要な仕事と、今後の事業の見通しを踏まえて、当初の計画どおり進めていた。
「……今年も、いろいろありましたね」
福原が言った。
「そうですね」
高瀬は、少し笑った。
「ただ、まだ十一月ですからね」
「……そうでした(笑)」
二人は笑った。
*
「来年の採用人数については、どうしましょうか?」
福原が尋ねた。
「まずは、各部門の人員計画を確認しましょう」
「承知しました」
「必要な役割と、採用する時期を整理したいと思います」
「はい」
福原は、メモを取った。
「開発部は、西田さんに確認ですね」
「そうですね」
「営業部は、小坂さん」
「はい」
「業務部については、高瀬さんですね」
「そうなりますね」
福原は、少し笑った。
「……三部長体制になって、確認先がわかりやすくなりましたね」
「そうですね」
高瀬もうなずいた。
「ただ、役職名が変わっただけで、皆さんの仕事が突然変わったわけではありませんから」
「はい」
「これまでどおり、必要な情報を整理していきましょう」
「承知しました」
*
数日後。
高瀬は、金目へ翌年度の収支見通しを共有していた。
「金目さん、来年の事業計画について、現在の数字を整理しました」
「ありがとうございます」
金目が答えた。
「どうですか?」
「売上については、今年も計画を上回る見込みです」
「おお、そらよかった」
金目は、少し笑った。
「ただし、費用も増えています」
「せやな」
高瀬は、資料を切り替えた。
「まず、人件費です」
「はい」
「社員数が増えていますので、給与や賞与、社会保険料などの負担も増加しています」
「なるほど」
「それから、新事務所の賃料や設備費用です」
「ああ、そっちもあるな」
「はい。以前の事務所より、固定費が増えています」
金目は、うなずいた。
「……まあ、広なったしな(笑)」
高瀬も、少し笑った。
「そうですね(笑)」
*
「でも、今のところ問題ないんやろ?」
金目が尋ねた。
「はい。現在の売上と利益の見通しでは、予定の範囲内です」
「そらよかった」
「ただ、来年も採用を続けるのであれば、さらに人件費が増えます」
「せやな」
「そのため、売上だけでなく、利益と資金繰りも確認しておきたいと思っています」
「もちろんです」
金目は、人件費と賃料の欄から、支払い後に残る資金へ目を移した。
「ほな、部門の予定が揃ったら、そこも合わせて見せてもらえますか」
「はい。その形でまとめます」
*
十一月中旬。
カナメでは、翌年度の事業計画について、経営会議が開かれていた。
参加しているのは、金目、西田、高瀬、小坂。
十月からの新体制になって、三人の部長が揃って翌年度の計画を検討するのは、今回が初めてだった。
「ほな、来年の見通しを確認しようか」
金目が言った。
「はい」
高瀬が資料を共有した。
「まず、現在の収支状況です」
画面には、今年の売上見込みと、来年の費用計画が並んでいる。
「今年の売上は、計画を上回る見込みです」
「そらよかった」
「ただし、人件費と固定費も増えていますので、利益率については継続して確認が必要です」
「せやな」
金目は、うなずいた。
*
「営業部の方はどうですか?」
金目が尋ねた。
「来年も、受注は増える見込みです」
小坂が答えた。
「ほう」
「既存のお客様からの追加相談もありますし、新規のお客様との商談も進んでいます」
「なるほど」
「ただ、すべてが正式な契約になっているわけではありませんので」
「せやな」
「受注見込みについては、確度を分けて整理しています」
「ええと思います」
金目は、うなずいた。
「開発部の方はどうや?」
「今の体制なら、来年も対応できる案件は増やせると思うで」
西田が答えた。
「ほう」
「ただ、無理に詰め込むんは避けたいな」
「せやな」
「既存案件もあるし、社員の育成も続けなあかん」
「なるほど」
「人が増えたからいうて、すぐにその人数分だけ仕事増やせるわけちゃうからな」
「ほんま、それやな」
*
「では、営業部の受注見込みと、開発部の対応能力を照らし合わせましょう」
高瀬が言った。
「そうですね」
小坂がうなずいた。
「契約の見込み時期も含めて整理します」
「頼むで」
西田が答えた。
「開発部の方も、案件ごとの対応可能時期をまとめとくわ」
「ありがとうございます」
高瀬は、資料を確認した。
「そのうえで、必要な人員と費用を整理したいと思います」
「せやな」
金目は、うなずいた。
「数字だけ先に決めてもしゃあないしな」
「そうですね」
*
高瀬は、営業の受注見込みと、開発が返せる時期を並べた。
小坂が示したものには、まだ契約になっていない商談も含まれている。費用と比べるときに、その違いが見えるよう、確度の区分を残した。
「これ、全部決まった仕事として足すわけやないな」
金目が確かめると、小坂がうなずいた。
「はい。時期と確度を分けて、高瀬さんへ渡します」
「開発の予定も、それに合わせて並べるわ」
西田が答えた。高瀬は、受け取る数字の区分を資料へ書き留めた。
*
「金目さん、何か気になるところがありますか?」
高瀬が尋ねた。
「いや、大丈夫です」
金目は、少し笑った。
「ただ、前とだいぶ変わったなと思って」
「そうですね」
「昔は、俺があれこれ数字見とった気がするわ」
西田が笑った。
「今も見とるやろ(笑)」
「……まあ、そうやけどな(笑)」
小坂も、少し笑った。
「でも、各部門で整理してから確認できるようになりましたね」
「せやな」
金目は、うなずいた。
「そら、助かるわ」
*
数字を合わせる先が揃うと、高瀬は次の資料を開いた。
計画はまだ検討の途中だった。営業の見込み、開発の対応時期、業務部の支払いを、ここから同じ案へ合わせていく。
「……ほな、次は売上の内訳を見ようか」
金目が言った。
「はい」
高瀬が資料を切り替えた。
画面には、顧客ごとの売上見込みが並んでいる。
*
「こちらが、現在の主要取引先別の売上構成です」
高瀬が説明した。
「なるほど」
金目は、資料を確認した。
長く取引を続けている顧客。
最近、新しく契約した顧客。
そして、今後の追加受注が見込まれる顧客。
それぞれ、売上への貢献度は異なっていた。
「……やっぱり、こちらのお客様は大きいですね」
高瀬が言った。
「せやな」
金目がうなずいた。
「長い付き合いやしな」
小坂も、資料を確認した。
「現在も、継続して案件をいただいています」
「そらありがたいな」
「はい。来年についても、現時点では契約継続の見込みです」
「なるほど」
*
「ただ、売上の構成としては、少し偏りがありますね」
高瀬が言った。
「せやな」
金目は、うなずいた。
「特定のお客様の比率が大きいいうことやな」
「はい」
「まあ、そこは前からわかっとったことやけどな」
「そうですね」
高瀬は、資料を確認した。
「今後も、ほかのお客様との取引を増やしていければと思います」
「せやな」
小坂がうなずいた。
「営業部でも、新規のお客様との商談は継続しています」
「ええと思います」
金目は、少し考えた。
「ただ、無理に新しいお客様増やす必要もないで」
「はい」
「ちゃんと対応できる範囲で、少しずつ増やしていけたらええと思う」
「承知しました」
*
「開発部としても、その方が助かるな」
西田が言った。
「せやな」
金目が答えた。
「急に案件増えても、対応する人がおらんかったら困るしな」
「ほんま、それや」
西田は、少し笑った。
「新しい人が入ってきても、すぐ全部任せられるわけちゃうし」
「そうですね」
小坂もうなずいた。
「営業部としても、受注できることと、対応できることは分けて考えたいと思っています」
「ええと思います」
金目は、うなずいた。
*
会議では、主要取引先との関係についても確認が行われた。
現在の契約状況。
進行中の案件。
そして、来年の受注見込み。
いずれも、現時点では大きな問題は確認されていなかった。
取引先との関係も良好だった。
金目たちは、通常の経営管理として売上構成を確認し、今後も顧客基盤を広げていく方針を共有した。
それ以上に、特別な対応が必要だと判断する材料はなかった。
*
「……ほな、次は費用の方やな」
金目が言った。
「はい」
高瀬が資料を切り替えた。
「こちらが、来年の固定費の見込みです」
画面には、人件費や事務所費用などが並んでいる。
「まず、人件費については、採用計画に沿って増加する見込みです」
「せやな」
「それから、新事務所の賃料については、来年は一年を通して発生します」
「ああ、そうか」
金目がうなずいた。
「今年は四月からやったもんな」
「はい」
「来年は、十二か月分になるわけやな」
「そうですね」
金目は、少し笑った。
「……そら、増えるわな(笑)」
高瀬も、少し笑った。
「そうですね(笑)」
*
「ただ、移転に伴う一時的な費用については、今年でほぼ完了しています」
高瀬が続けた。
「なるほど」
「そのため、来年は通常の運営費用を中心に考えられます」
「そらよかった」
金目は、資料を確認した。
社員が増えれば、人件費も増える。
事務所が広くなれば、賃料も増える。
しかし、それらは会社が仕事を続けるために必要な費用だった。
「……まあ、必要なもんは必要やしな」
金目が言った。
「そうですね」
高瀬がうなずいた。
「そのうえで、無理のない収支計画にしていきたいと思います」
「お願いします」
*
「ちなみに、採用の方はどうや?」
金目が尋ねた。
「現在の計画に沿って進んでいます」
高瀬が答えた。
「なるほど」
「年内の中途採用についても、福原さんが調整を進めています」
「そらよかった」
「来年については、各部門の必要人数を確認したうえで、計画へ反映する予定です」
「了解」
金目は、うなずいた。
「一人辞めたから一人増やす、いう話でもないしな」
「そうですね」
「必要な仕事があって、必要な人がおったら採用したらええと思う」
「承知しました」
*
十一月下旬。
各部門から提出された資料をもとに、翌年度の事業計画案がまとめられていた。
売上見込み。
開発部の対応能力。
採用計画。
人件費。
固定費。
そして、資金繰り。
それぞれの数字を照らし合わせながら、無理のない計画を作っていく。
「……ほな、最終確認しようか」
金目が言った。
「はい」
高瀬が資料を共有した。
*
小坂が整理した受注見込みには、商談の確度と時期が残されていた。その横に、西田が確認した対応可能な時期が並ぶ。
既存の案件を続け、新しく迎えた社員の育成も行う。その時間を抜かずに、来年の仕事を合わせた案だった。
*
「業務部としては、各部門の計画を踏まえて、費用と資金繰りを整理しています」
高瀬が言った。
「ありがとうございます」
「現時点の条件では、来年も安定した運営が見込めます」
「そらよかった」
金目は、少し笑った。
「ただし、計画はあくまで計画ですので」
「せやな」
高瀬がうなずいた。
「売上や費用が想定と変わった場合には、必要に応じて見直していきます」
「もちろんです」
*
「……しかし、こうやって見ると」
金目が言った。
「はい?」
高瀬が尋ねた。
「来年も、結構いろいろやることあるな(笑)」
西田が笑った。
「そらそうやろ(笑)」
「せやな」
金目も笑った。
「まあ、無理せん程度に進めようか」
「そうですね」
小坂がうなずいた。
「営業部も、必要な仕事を一つずつ進めていきます」
「頼みます」
*
会議を終え、金目は、営業の見込みと開発の時期が並んだ箇所を読み直した。
どちらかの数字を、そのまま会社の約束にするのではない。三人が合わせたものを、次は自分が確認する番だった。
「金目さん、来年度の計画案についてですが」
高瀬から連絡が入った。
「はい」
「本日の内容を反映して、最終版をまとめます」
「ありがとうございます」
「その後、改めて確認をお願いします」
「了解です」
金目は、うなずいた。
高瀬が最終版へ反映する箇所を確かめ、金目は確認する予定を返した。
*
十一月末。
株式会社カナメでは、2034年の事業計画案がまとまりつつあった。
売上は順調に伸びている。
社員数も、年内の採用によって増える見込みだった。
そして、三人の部長が、それぞれの部門の仕事を管理している。
来年も、今の仕事を続けていく。
新しい顧客を増やし、必要な社員を迎え、少しずつ会社を成長させていく。
そのための計画が、形になろうとしていた。
もちろん、計画どおりに進むとは限らない。
それでも、会社を続けるためには、今ある情報をもとに判断する必要がある。
金目は、資料を保存した。
「……ほな、来年もよろしく頼むで」
その言葉は、まだ始まっていない2034年へ向けたものだった。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、カナメが翌年の事業計画を考えるお話でした。
社員が増え、新事務所へ移転し、三人の部長が揃ったカナメ。
売上も順調に伸びていますが、その一方で、人件費や事務所の賃料など、毎月必要となる費用も増えています。
会社にとって、売上が増えることはもちろん大切です。
しかし、売上が増えたからといって、その分だけ利益が増えるとは限りません。
そして、利益が出ていても、必要なときに資金がなければ、会社の運営は難しくなります。
**売上、利益、資金繰り。それぞれ違う数字を見る必要があるわけですね。**
さて、今回から三人の部長が、それぞれの部門の数字を持ち寄るようになりました。
営業部は受注見込み、開発部は対応能力、業務部は費用と資金繰り。
金目は、それらをもとに会社全体の判断を行います。
以前は一人で考えていたことも、今では組織として進められるようになりました。
……もっとも、数字を見る仕事そのものがなくなったわけではありませんが(笑)。
さて、カナメは来年に向けた準備を進めています。
その計画がどのような一年につながるのか。
引き続き、お付き合いいただければ幸いです。




