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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第四章 それぞれの場所で
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部長の判断

 2033年10月1日。


 大阪・本町。


 株式会社カナメでは、新しい組織体制が始まった。


 これまで使ってきたマネージャーという役職名を、部長へ改めた。


 開発部長、西田。


 業務部長、高瀬。


 そして、新たに営業部長へ就任した小坂千尋。


 三つの部門に、それぞれ正式な責任者が置かれることになった。


 もっとも、会社の仕事が今日から突然変わるわけではない。


 社員たちは、いつもどおり自分の仕事を進めている。


 その中で、小坂だけは、少しだけ違う朝を迎えていた。


     *


「……小坂さん、おはようございます!」


 大本恭平が、オンライン会議で声をかけた。


「おはようございます」


 小坂が答えた。


「……今日から部長ですね!」


「そうね」


 小坂は、少し笑った。


「おめでとうございます!」


「ありがとう」


「なんか、変わりました?」


 小坂は、少し考えた。


「……まだ朝なんだけど(笑)」


「……あ、そうでした(笑)」


 大本が笑った。


 松井慎吾も、少し笑った。


「大本さん、今日から急に何かが変わるわけではありませんよ」


「そうですよね(笑)」


 小坂も笑った。


「でも、これからは営業部全体の仕事を、もう少し広く見ることになるわね」


「なるほど」


「だから、大本さんにも、これまでどおり頑張ってもらいますよ」


「了解です!」


     *


 数日後。


 営業部へ、二件の新しい相談が届いた。


 どちらも、以前から取引のある顧客だった。


 一件は、比較的短期間で対応できる開発案件。


 必要な機能が明確で、利益率も高い見込みだった。


 もう一件は、長く付き合ってきた顧客からの相談。


 既存システムの一部を改修したいという内容だった。


 こちらは、作業に対して利益率が低めになる見込みだった。


 ただし、顧客側では日常業務に支障が出ており、できるだけ早い対応を希望していた。


     *


「……二件、重なりましたね」


 松井が、案件一覧を確認しながら言った。


「そうですね」


 小坂がうなずいた。


「どちらも、開発部との調整が必要になります」


「はい」


「ただ、今月は既存案件も進んでいますので、対応できる時期を確認したいですね」


「そうですね」


 小坂は、資料を開いた。


「まず、両方の条件を整理しましょうか」


「承知しました」


 松井は、二件の資料を並べた。


 必要な機能。


 希望する納期。


 想定される工数。


 そして、顧客が今回の対応を必要としている理由。


「……利益率だけ見ると、こちらの方がよいですね」


 松井が言った。


「そうですね」


 小坂が答えた。


「ただ、もう一件のお客様は、現在の業務に支障が出ているようです」


「はい」


「ですので、そちらも詳しく確認したいですね」


「承知しました」


     *


「小坂さん、ちょっとええですか?」


 大本が声をかけた。


「はい。どうしました?」


「今回の二件なんですけど」


「はい」


「利益率が高い方を先に進めた方が、会社としてはええんちゃいます?」


 小坂は、少し考えた。


「そういう考え方もあるわね」


「ですよね」


「でも、それだけで決めるわけにはいかないのよ」


「そうなんですか?」


「はい」


 小坂は、資料を示した。


「こちらのお客様は、今の業務に支障が出ているの」


「なるほど」


「一方、利益率が高い方のお客様は、まだ開始時期に余裕があるかもしれない」


「そうなんですね」


「だから、まずは両方のお客様が、いつまでに何を必要としているのか確認したいのよ」


 大本は、うなずいた。


「……なるほど」


     *


 十月中旬。


 小坂は、西田へ連絡した。


「西田さん、少しご相談してもよろしいでしょうか?」


「ええで。どうしたん?」


「営業部に、二件の開発案件の相談が届いていまして」


「なるほど」


「開発部で対応できる時期を確認したいんです」


「了解」


 西田は、案件一覧を開いた。


「どんな内容なん?」


 小坂は、二件の概要を説明した。


 一件は、比較的短期間で対応できる新しい開発案件。


 もう一件は、既存システムの改修案件。


 どちらも、同じ時期に開発部の人員が必要になる見込みだった。


「……なるほどな」


 西田は、少し考えた。


「技術的には、どっちも対応できそうやな」


「そうなんですね」


「せやな。ただ、今の予定に両方いっぺんに入れるんは、ちょっと厳しいと思う」


「なるほど」


「既存案件もあるからな」


「そうですね」


     *


「ちなみに、どっちを先に進めたいん?」


 西田が尋ねた。


「そこを、今整理しているところです」


 小坂が答えた。


「なるほど」


「お客様の希望時期と、開発部の対応能力を確認したうえで決めたいと思っています」


「それがええと思うで」


 西田は、うなずいた。


「開発部としては、両方同時は厳しいけど、順番に進めるなら対応できると思う」


「ありがとうございます」


「ただ、具体的な開始時期は、各課の予定も確認してからになるで」


「承知しました」


「ほな、営業部の方で優先順位を整理してもらえる?」


「はい。こちらで判断します」


「了解」


     *


 会議を終えたあと。


 小坂は、二件の資料を見直した。


 利益率が高い案件。


 早期対応が必要な案件。


 どちらも、会社にとって大切な仕事だった。


 しかし、今の開発部では、両方を同時に進めることは難しい。


 だからといって、どちらかをすぐに断る必要もない。


 顧客の希望時期を確認し、対応する順番を整理する。


 そのうえで、双方が納得できる条件を考える。


「……まずは、そこからね」


 小坂は、少し笑った。


     *


 その日の午後。


 営業部では、小坂、松井、大本が、二件の案件について打ち合わせを行っていた。


「開発部へ確認したところ、両方を同時に進めるのは難しいそうです」


 小坂が説明した。


「なるほど」


 松井がうなずいた。


「ただ、順番に進めるのであれば、対応できる見込みです」


「それはよかったですね」


「はい」


 小坂は、資料を開いた。


「そこで、まずお客様の希望時期を確認したいと思います」


「承知しました」


 松井が答えた。


「利益率が高い方のお客様については、開始時期に余裕があるか確認します」


「はい」


「もう一件のお客様については、現在の業務への影響を詳しく確認しましょう」


「了解です!」


 大本が答えた。


     *


「……小坂さん」


 大本が尋ねた。


「はい?」


「今回、どっちを先にするかは、小坂さんが決めるんですよね?」


「そうね」


「……部長ですもんね」


 小坂は、少し笑った。


「そうね(笑)」


「なんか、大変そうですね」


「……今頃気づいたの?(笑)」


 松井も笑った。


「大本さん、部長になると、自分の案件だけ見ていればよいわけではありませんからね」


「……なるほど(笑)」


 大本は、少し笑った。


     *


 小坂は、二件の資料を見直した。


 これまでも、営業部の仕事を中心となって進めてきた。


 しかし、最終的な責任者は金目だった。


 今は違う。


 営業部の通常業務については、自分が判断することになっている。


 もちろん、会社全体に影響する案件は、経営側へ相談する。


 しかし、今回の二件については、営業部長としての権限の範囲内だった。


 誰かに決めてもらう必要はない。


 必要な情報を揃え、自分で判断すればよい。


「……では、進めましょうか」


 小坂が言った。


「はい」


 松井が答えた。


「了解です!」


 大本も、うなずいた。


 十月。


 小坂は、営業部長として最初の判断に向けて、準備を進めていた。


     *


 十月中旬。小坂の方針に沿って、営業部は二件の顧客との条件調整を進めていた。


「……では、まずこちらのお客様から確認しましょう」


 小坂が言った。


 松井慎吾が、資料を開いた。


「利益率の高い案件ですね」


「はい」


「開始時期について、もう少し詳しく確認したいと思います」


「承知しました」


 松井は、顧客との打ち合わせを設定した。


 大本恭平も、同席することになった。


     *


「今回の開発について、開始時期のご希望を確認させてください」


 松井が尋ねた。


「そうですね」


 顧客担当者は、少し考えた。


「できれば、年内には着手していただきたいと思っています」


「なるほど」


「ただ、利用開始は来年でも問題ありません」


「承知しました」


 松井は、うなずいた。


「では、開発の開始時期を少し調整させていただくことは可能でしょうか?」


「どのくらいでしょうか?」


「現在、開発部の予定を確認しているところですが、十一月以降の着手を想定しています」


「なるほど」


 顧客担当者は、少し考えた。


「それなら、問題ありません」


「ありがとうございます」


 松井は、少し笑った。


「正式な日程については、改めてご案内します」


「よろしくお願いします」


     *


 打ち合わせを終えたあと。


 大本は、松井へ声をかけた。


「……思ったより、調整できるもんなんですね」


「そうですね」


 松井がうなずいた。


「お客様にも、必要な時期がありますから」


「なるほど」


「最初に希望された日程が、必ずしも変更できないわけではありません」


「そうですね」


 大本は、少し考えた。


「……最初から無理です言わんでよかったですね」


 松井が、少し笑った。


「そうですね。ただし、できるかどうかを確認する前に約束するのもいけませんよ」


「……せやった(笑)」


 二人は笑った。


     *


 数日後。


 小坂は、もう一件の顧客と打ち合わせを行っていた。


 こちらは、既存システムの改修案件。


 顧客の業務に支障が出ているため、できるだけ早い対応が必要だった。


「現在、どのような影響が出ていますか?」


 小坂が尋ねた。


「一部の処理が、手作業になっていまして」


 顧客担当者が答えた。


「なるほど」


「そのため、毎日の作業に時間がかかっています」


「そうなんですね」


「できれば、早めに改善したいと思っています」


「承知しました」


 小坂は、資料を確認した。


「ちなみに、現在の運用を続けることは可能でしょうか?」


「はい。ただ、担当者の負担が大きくなっています」


「なるほど」


「できるだけ早く対応していただけると助かります」


「わかりました」


     *


 小坂は、打ち合わせの内容を整理した。


 業務が完全に停止しているわけではない。


 しかし、手作業による負担が続いている。


 対応を遅らせれば、その負担も続くことになる。


 一方、もう一件の顧客は、十一月以降の着手でも問題ないと確認できている。


 開発部の対応能力も、順番に進めるのであれば確保できる見込みだった。


「……これなら、順番を決められそうね」


 小坂は、少し笑った。


     *


 十月下旬。


 営業部では、二件の案件について最終確認を行っていた。


「お客様との確認結果を共有します」


 小坂が言った。


 松井と大本が、資料を開いた。


「まず、利益率の高い案件については、十一月以降の着手でも問題ないと確認できました」


「はい」


 松井がうなずいた。


「もう一件については、現在の業務に支障が出ているため、早期対応が必要です」


「なるほど」


 大本は、資料を確認した。


「ほな、そっちを先に進めるんですか?」


「そう考えています」


 小坂が答えた。


「ただし、開発部の予定を最終確認したうえで決めます」


「了解です」


     *


 小坂は、西田へ連絡した。


「西田さん、先日の二件について、優先順位を整理しました」


「了解。どうなったん?」


 西田が尋ねた。


「既存システムの改修案件を先に進めたいと考えています」


「なるほど」


「もう一件は、十一月以降の着手でも問題ないと確認できています」


「そうなんやな」


「開発部として、対応できそうでしょうか?」


 西田は、案件予定を確認した。


「……せやな」


 少し考えたあと、答えた。


「その順番やったら、対応できると思うで」


「ありがとうございます」


「ただ、具体的な担当と開始日は、各課で調整するわ」


「承知しました」


「ほな、その方向で進めてな」


「はい」


     *


 開発部との確認を終えたあと。


 小坂は、松井と大本へ方針を伝えた。


「今回の二件については、既存システムの改修案件を先に進めます」


「承知しました」


 松井が答えた。


「もう一件については、十一月以降の着手で調整します」


「了解です!」


 大本がうなずいた。


「……でも、小坂さん」


「はい?」


「利益率が高い方を後にしても、ええんですか?」


 小坂は、少し笑った。


「もちろん、利益は大切よ」


「はい」


「でも、今回はお客様が必要としている時期が違うの」


「なるほど」


「一方は、今の業務に支障が出ている。もう一方は、開始時期を調整できる」


「そうですね」


「それなら、先に必要な方へ対応するのが合理的だと思うわ」


 大本は、うなずいた。


「……なるほど」


     *


「それに、今回の判断で利益率の高い案件を断るわけではないのよ」


 小坂が続けた。


「そうですね」


「開始時期を調整して、両方を引き受けられるようにする」


「なるほど」


「もちろん、開発部の予定や契約条件が合わなければ、別の判断が必要になるけれど」


「はい」


 小坂は、少し考えた。


「今回は、その条件が整ったということね」


「了解です!」


 大本は、少し笑った。


 利益率だけを見れば、別の順番も考えられた。


 しかし、顧客の事情や開発部の体制を踏まえれば、今回の進め方には理由があった。


 大本は、そのことを少しずつ理解していた。


     *


 数日後。


 小坂は、金目へ営業部の状況を共有していた。


「金目さん、今月の案件についてご報告します」


「ありがとうございます」


 金目が答えた。


「二件の開発案件について、対応順序を調整しました」


「なるほど」


「既存システムの改修案件を先に進め、もう一件は十一月以降の着手で調整しています」


「了解」


 金目は、資料を確認した。


「理由は?」


「お客様が必要としている時期と、開発部の対応能力を考慮しました」


「なるほどな」


「両方のお客様にも、進め方をご説明しています」


「そらよかった」


 金目は、うなずいた。


「ええ判断やと思います」


「ありがとうございます」


     *


「ちなみに、今回の件は営業部の決裁範囲内ですので、こちらで進めています」


 小坂が言った。


「もちろんです」


 金目が答えた。


「そのために任せとるわけですし」


「ありがとうございます」


「俺が毎回決めとったら、部長置いた意味ないしな(笑)」


 小坂も笑った。


「そうですね(笑)」


「ほな、引き続きお願いします」


「承知しました」


 小坂は、うなずいた。


 今回、金目へ報告したのは、承認を得るためではない。


 営業部として、どのような判断をしたのか。


 その結果、案件がどのように進んでいるのか。


 それを共有するためだった。


     *


 十月末。


 営業部では、二件の案件について顧客との調整がまとまり、それぞれ次の工程へ進むことになった。


 大本は、案件一覧を確認していた。


「……小坂さん」


「はい?」


「部長になると、こういう判断もするんですね」


 小坂は、少し笑った。


「そうね」


「なんか、大変そうですね」


「……今頃気づいたの?(笑)」


 大本が笑った。


「いや、前から大変そうやとは思っとったんですけど(笑)」


 松井も、少し笑った。


「小坂さんは、以前からこうした調整をされていましたからね」


「そうなんですか?」


「はい」


 小坂がうなずいた。


「ただ、これまでは最終的な責任者が金目さんだったの」


「なるほど」


「今は、営業部の判断について、私が責任を持つことになったということね」


「……そういうことなんですね」


     *


「でも、判断するいうても、全部一人で決めるわけではないわよ」


 小坂が続けた。


「そうなんですか?」


「もちろん」


 小坂は、少し笑った。


「お客様の希望は、担当者が確認する」


「はい」


「開発部の対応能力は、開発部に確認する」


「そうですね」


「その情報を整理したうえで、営業部としてどう進めるかを判断するの」


 大本は、うなずいた。


「……なるほど」


「だから、松井さんにも大本さんにも、これからも協力してもらいますよ」


「もちろんです」


 松井が答えた。


「了解です!」


 大本も、うなずいた。


     *


「……しかし、小坂さん」


 大本が言った。


「はい?」


「部長になってから、なんか落ち着いてますね」


 小坂は、少し首をかしげた。


「そう?」


「はい。もっと忙しそうになるんかなと思っとったんですけど」


 小坂が笑った。


「忙しいわよ(笑)」


「……やっぱり(笑)」


「ただ、慌てても仕事が減るわけじゃないから」


「……なるほど(笑)」


 松井も笑った。


     *


 2033年10月。


 株式会社カナメでは、三人の部長による新しい組織体制が始まった。


 開発部長、西田。


 業務部長、高瀬。


 そして、営業部長、小坂。


 それぞれが、自分の部門の仕事を進めている。


 今回、小坂が行った判断は、会社全体から見れば、それほど大きなものではなかったかもしれない。


 しかし、営業部にとっては、確かな変化だった。


 これまでは、金目が最終的な責任を持っていた。


 今は、小坂が自分の権限で判断し、その結果に責任を持っている。


 肩書が変わったから、突然仕事ができるようになったわけではない。


 これまで積み重ねてきた経験を使い、自分の判断で部門を動かすようになった。


 十月の終わり。


 カナメの営業部では、新しい部長のもとで、いつもどおりの仕事が進んでいた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、営業部長に就任した小坂が、初めて自分の権限で判断するお話でした。


利益率の高い案件と、早期対応が必要な案件。


どちらを優先するべきか。


単純に利益だけで考えれば、答えは違っていたかもしれません。


しかし、顧客が必要としている時期や、開発部の対応能力も考慮する必要があります。


小坂は、それぞれの条件を確認し、両方の案件を進められる方法を選びました。


そして金目は、その判断を承認するのではなく、報告を受けるだけ。


**任せると決めた以上、任せた人の判断を尊重する。**


これも、組織を率いるうえで大切なことなのでしょう。


もっとも、小坂自身は、部長になったから急に仕事ができるようになったわけではありません。


これまで積み重ねてきた経験を、正式な責任と権限のもとで生かすようになっただけです。


……大本は、部長の大変さにようやく気づいたようですが(笑)。


次回も、引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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