受けられる仕事
2033年5月。
大阪・本町。
株式会社カナメでは、新しい事務所での仕事がすっかり日常になっていた。
四月に入社した二名の新卒社員も、研修を進めながら少しずつ会社の仕事を覚えている。
社員数は三十七名。
開発部では、開発一課、開発二課、基盤運用課の三課体制が定着し、それぞれが担当する仕事を進めていた。
営業部でも、新しい相談が増えている。
以前なら、人員や既存案件との兼ね合いで引き受けることが難しかった仕事。
そうした案件についても、今では検討できるようになっていた。
そんな五月の初め。
営業部へ、既存のお客様から新しい相談が届いた。
*
「……これ、結構大きいですね」
大本恭平が、資料を眺めながら言った。
営業部では、小坂千尋と松井慎吾が、顧客から届いた相談内容を確認していた。
「そうね」
小坂がうなずいた。
「複数の業務システムを連携させたい、というお話ね」
「なるほど」
大本は、資料を確認した。
顧客が現在利用している複数の業務システム。
それぞれに登録されている情報を、必要に応じて連携させたいという相談だった。
現在は、同じ情報を複数のシステムへ入力している部分もある。
そのため、作業の手間がかかり、入力内容に違いが生じることもあるという。
「……これ、前やったら難しかったんちゃいます?」
大本が尋ねた。
「そうね」
小坂は、少し考えた。
「以前なら、既存案件との兼ね合いで、引き受けるのが難しかったかもしれないわね」
「やっぱり」
「でも、今は開発部の体制も変わっているから」
「なるほど」
松井もうなずいた。
「開発一課と二課に分かれたことで、案件の進め方も整理されていますからね」
「そうですね」
大本は、少し考えた。
「……ほな、今回は受けられそうなんですか?」
小坂が笑った。
「そこは、まだ確認してからね(笑)」
「……せやった(笑)」
三人は笑った。
*
「まず、何をしたいのか整理しましょう」
松井が言った。
「はい」
大本は、資料を開いた。
「複数のシステムを連携させたい、ということですよね」
「そうですね」
「でも、どのシステムの、どの情報を連携させたいのかまでは、まだわかっていません」
「なるほど」
小坂がうなずいた。
「それに、全部を同時に連携させる必要があるのかも、確認したいところね」
「確かに」
大本は、少し考えた。
「……まず、お客様に詳しく聞く必要があるわけですね」
「そういうことね」
小坂は、少し笑った。
「そのうえで、開発部に相談しましょう」
「了解です」
*
数日後。
営業部と開発部の間で、案件の相談が行われていた。
小坂、松井、大本。
そして、西田、田村洋介、尾崎達也が参加している。
「今回、既存のお客様から、複数システムの連携についてご相談をいただいています」
小坂が説明した。
「なるほど」
西田がうなずいた。
「現在は、同じ情報を複数のシステムへ入力しているそうです」
「ほう」
「それを自動的に連携できるようにしたい、というご希望です」
田村が資料を確認した。
「……技術的には、できると思うで」
「そうなんですね」
大本が尋ねた。
「せやな。ただ、どのシステムを、どこまで連携させるかによるけど」
「なるほど」
尾崎も口を開いた。
「あと、今の案件予定にそのまま入れるんは、ちょっと厳しいな」
「そうなんですか?」
大本が尋ねた。
「せやな」
尾崎は、案件一覧を確認した。
「小さい案件もいくつか並行しとるし、担当できる人を確認せなあかん」
「なるほど」
西田がうなずいた。
「技術的にできることと、今の体制で引き受けられることは別やからな」
「……そうですね」
大本は、うなずいた。
*
「ちなみに、お客様はいつまでに必要なん?」
西田が尋ねた。
「できれば、夏頃までに利用を始めたいとのことです」
小坂が答えた。
「なるほど」
田村は、少し考えた。
「全部を一度に作るんやったら、ちょっと厳しいかもしれんな」
「そうですね」
尾崎もうなずいた。
「既存案件もあるしな」
西田は、資料を見直した。
「……でも、全部同時に必要なんかな?」
小坂が答えた。
「そこは、まだ詳しく確認できていません」
「なるほど」
「まずは、お客様が何を優先したいのか、確認してみます」
「それがええと思う」
西田がうなずいた。
「何を先に使えるようにしたいのかがわかれば、進め方も考えられるしな」
「承知しました」
*
会議を終えたあと。
大本は、松井へ声をかけた。
「……松井さん、ちょっとええですか?」
「はい。どうされました?」
「今回の案件なんですけど」
「はい」
「技術的にはできるんですよね?」
「そうですね」
「でも、すぐに受けるとは言えへん」
「はい」
松井は、少し笑った。
「技術的に実現できることと、会社として納期や費用を約束できることは違いますから」
「……なるほど」
「それに、今回のお客様が本当に必要としているものも、まだ整理できていません」
「そうですね」
大本は、少し考えた。
「……前より会社が大きくなったから、何でも受けられるようになったわけちゃうんですね」
「そうですね」
松井がうなずいた。
「ただ、以前より選択肢は増えています」
「選択肢、ですか?」
「はい。以前なら、そもそも対応する人員が足りなくて、検討することも難しかったかもしれません」
「なるほど」
「今は、どのような進め方なら対応できるかを考えられます」
大本は、少し笑った。
「……それは、ええことですね」
「そうですね」
*
五月中旬。
小坂と松井は、顧客との打ち合わせを行っていた。
大本も同席している。
「今回のシステム連携について、もう少し詳しくお伺いしたいと思っています」
小坂が言った。
「はい。よろしくお願いします」
顧客担当者が答えた。
「現在、複数のシステムへ同じ情報を入力されているとのことですが」
「はい」
「特に、どの業務でお困りでしょうか?」
顧客担当者は、少し考えた。
「そうですね……」
そして、資料を開いた。
「一番困っているのは、毎日同じ情報を何度も入力しているところです」
「なるほど」
松井がうなずいた。
「それは、どのくらいの頻度で発生していますか?」
「毎日ですね」
「そうなんですね」
「担当者が、複数のシステムへ同じ内容を入力しているんです」
「なるほど」
大本は、メモを取った。
*
「ちなみに、ほかの連携については、いかがでしょうか?」
小坂が尋ねた。
「ほかの連携ですか?」
「はい。今回、いくつかのシステムを連携させたいというお話でしたので」
「そうですね」
顧客担当者は、少し考えた。
「もちろん、全部つながれば便利だと思います」
「はい」
「ただ、今すぐ必要かと言われると、そこまでではないかもしれません」
「なるほど」
「まずは、毎日の入力作業を減らしたいんです」
松井がうなずいた。
「では、最初にその部分を改善する方法も考えられそうですね」
「そうなんですか?」
「はい。技術的な確認は必要ですが、段階的に対応する方法もあります」
「なるほど」
小坂も続けた。
「最初に必要な機能を利用できるようにして、その後、ほかの連携を追加していく形ですね」
「それなら、ありがたいです」
顧客担当者は、少し笑った。
「全部完成するまで待つ必要がないなら、助かります」
「承知しました」
小坂がうなずいた。
「では、その方向で開発部と確認してみます」
*
打ち合わせを終えたあと。
大本は、資料を見直していた。
最初に届いた相談では、複数のシステムをまとめて連携させたいという内容だった。
しかし、詳しく話を聞いてみると、最も重要なのは、毎日の入力作業を減らすことだった。
それ以外の機能は、後から追加してもよい。
そう考えると、仕事の進め方も変わってくる。
「……なるほどな」
大本は、小さくつぶやいた。
お客様から言われたことを、そのまま実現するだけが仕事ではない。
何のために必要なのか。
何を先に改善したいのか。
そして、どのような進め方なら、無理なく実現できるのか。
それを考えることも、営業の仕事だった。
大本は、整理した内容を松井へ共有した。
「松井さん、今回の件、優先するところが見えてきましたね」
「そうですね」
松井がうなずいた。
「では、開発部ともう一度相談しましょうか」
「了解です!」
大本は、少し笑った。
以前なら、引き受けることが難しかった仕事。
しかし、今のカナメなら、別の進め方を考えられるかもしれない。
その可能性が、少しずつ見えてきていた。
*
五月中旬。
株式会社カナメの開発部では、営業部から届いた相談内容を確認していた。
既存顧客から依頼された、複数の業務システムを連携させる開発案件。
当初は、すべてのシステムをまとめて連携させたいという相談だった。
しかし、営業部が詳しく話を聞いたことで、最も重要な目的が明らかになっていた。
毎日、同じ情報を何度も入力する作業を減らしたい。
そのために必要な連携を、まず実現したいということだった。
*
「……なるほどな」
田村洋介は、営業部から届いた資料を確認していた。
オンライン会議には、西田、尾崎達也も参加している。
「全部いっぺんに作る必要はないわけやな」
田村が言った。
「せやな」
西田がうなずいた。
「お客様としては、まず毎日の入力作業を減らしたいらしい」
「なるほど」
尾崎も資料を確認した。
「ほな、最初に必要な部分だけ切り出せるんちゃう?」
「そうやな」
田村は、システムの構成を見直した。
「ただ、連携するデータの扱いは、最初に整理しとかなあかんな」
「せやな」
西田が答えた。
「あとから別のシステムを追加する可能性もあるし」
「そういうことやな」
田村は、少し考えた。
「ほな、全体の設計は一課で見ようか」
「了解」
西田がうなずいた。
「尾崎のところはどうや?」
「独立しとる部分なら、二課でも対応できると思うで」
尾崎が答えた。
「例えば、データの変換処理とか、個別の連携機能とかやな」
「なるほど」
「ただ、どこまでを二課で担当するかは、先に決めときたいな」
「せやな」
田村もうなずいた。
「そこが曖昧やと、あとで困るしな」
*
「ほな、案件全体の責任者は一課に置こうか」
西田が言った。
「了解」
田村が答えた。
「全体設計と進捗の管理は、こっちで見るわ」
「頼むで」
「二課には、切り出した機能を担当してもらう形やな」
尾崎がうなずいた。
「それなら、対応できそうや」
「ただ、既存案件との調整は必要やで」
「せやな」
西田は、案件一覧を確認した。
「ほな、まず必要な工数と担当できる時期を整理しよう」
「了解」
田村が答えた。
「営業部には、まだ納期を約束せんように伝えとくわ」
「せやな」
西田は、少し笑った。
「できるいうだけで、何でも約束したらあかんからな(笑)」
尾崎も笑った。
「……九月の件もあったしな(笑)」
「せやな(笑)」
三人は笑った。
*
数日後。
開発部から、段階的な開発計画の案が営業部へ共有された。
第一段階では、日々の重複入力を減らすために必要なデータ連携を実装する。
第二段階では、残るシステムとの連携や、運用上の改善を進める。
ただし、第二段階については、第一段階の利用状況を確認したうえで、改めて範囲と時期を決めることになっていた。
「……なるほど」
大本恭平は、資料を眺めながら言った。
「最初に必要なところだけ作るんですね」
「そうですね」
松井慎吾がうなずいた。
「全部完成するまで待つより、早く効果を確認できる可能性があります」
「なるほど」
「ただし、最初の段階で何を実現するのかは、明確にしておく必要があります」
「そうですね」
小坂千尋も、資料を確認した。
「お客様が期待していることと、こちらが提供するものが違っていたら困るからね」
「はい」
大本は、うなずいた。
「では、第一段階の範囲を整理して、お客様に確認していただく形ですね」
「そういうことね」
*
五月下旬。
営業部は、顧客へ段階的な開発計画を提案していた。
「今回、まず必要な機能から対応する方法をご提案したいと考えています」
小坂が説明した。
「なるほど」
顧客担当者がうなずいた。
「第一段階では、現在、毎日手入力されている情報を連携できるようにします」
「はい」
「それ以外の連携については、第一段階の利用状況を確認したうえで、改めて検討する形です」
顧客担当者は、資料を確認した。
「……それなら、最初に困っているところを改善できるわけですね」
「はい」
松井が答えた。
「ただし、連携するデータの内容や、運用方法については、詳細な確認が必要です」
「なるほど」
「そこを整理したうえで、開発を進める予定です」
「わかりました」
顧客担当者は、少し考えた。
「ちなみに、最初の段階は、いつ頃から使えそうでしょうか?」
小坂が答えた。
「現在、開発部と日程を確認しています。必要な条件が揃えば、夏頃の利用開始を目指せる見込みです」
「なるほど」
「ただし、正式な納期については、対象範囲と契約条件を確定したうえでご案内します」
「わかりました」
顧客担当者がうなずいた。
「では、その方向で進めてください」
「ありがとうございます」
*
顧客との打ち合わせを終えたあと。
大本は、小坂と松井へ声をかけた。
「……今回、結構うまく整理できましたね」
「そうね」
小坂がうなずいた。
「お客様が最初に必要としていることが、はっきりしたからね」
「はい」
「全部を一度に作る必要がないとわかったのも大きかったわ」
「そうですね」
松井も、うなずいた。
「ただ、まだ正式に受注したわけではありませんから」
「……ああ、そうでした(笑)」
大本が笑った。
「条件を整理して、会社として引き受けられることを確認する必要があります」
「了解です」
*
五月下旬。
金目は、小坂、西田とともに、今回の案件について最終確認を行っていた。
「……なるほど」
金目は、提案内容を確認した。
「最初は、全部まとめて連携させたいいう話やったんやな」
「はい」
小坂が答えた。
「ただ、詳しく確認したところ、まず日々の入力作業を減らすことが重要だとわかりました」
「なるほどな」
「そのため、段階的に開発する方法をご提案しています」
「ええと思うで」
金目は、うなずいた。
「西田さん、開発の方はどうや?」
「この進め方なら、対応できると思うで」
西田が答えた。
「ほう」
「全体設計は一課で見て、切り出せる機能は二課にも担当してもらう予定や」
「なるほど」
「既存案件との調整も、今のところ問題ない」
「そらよかった」
*
「ちなみに、利益の方は?」
金目が尋ねた。
「見積もりについては、必要な工数と費用を整理しています」
小坂が答えた。
「なるほど」
「段階的な開発にすることで、最初の契約範囲は小さくなりますが、適切な利益は確保できる見込みです」
「了解」
金目は、資料を確認した。
「……無理に全部受ける必要もないしな」
「そうですね」
「お客様が必要なところから作って、使ってもらって、ほんで次を考えたらええんちゃう?」
「はい」
小坂がうなずいた。
「その方向で進めています」
「ええと思うで」
金目は、少し考えた。
「ほな、これで進めようか」
「ありがとうございます」
小坂が答えた。
「正式な契約条件を確認して、受注手続きを進めます」
「お願いします」
*
今回の案件は、通常の営業部の決裁範囲を超える規模だった。
そのため、金目が最終的な承認を行った。
しかし、顧客との要件整理や、開発部との調整まで、金目が直接進めたわけではない。
小坂と松井が顧客の目的を確認し、大本が必要な情報を整理した。
西田たちは、開発部の体制と既存案件を踏まえ、実現できる方法を考えた。
そして、会社として引き受けられる条件を整理したうえで、金目が判断した。
以前なら、金目自身がもっと多くの場面に関わっていたかもしれない。
しかし、今は違う。
それぞれの部署が、自分たちの仕事を進めていた。
*
五月末。
顧客との契約条件がまとまり、第一段階の開発案件を正式に受注することになった。
営業部では、大本が受注内容を確認していた。
「……受注できましたね!」
大本が言った。
「そうですね」
松井がうなずいた。
「お疲れさまでした」
「ありがとうございます!」
大本は、少し笑った。
「……これ、前やったら断っとった仕事なんですよね」
「そうですね」
松井は、少し考えた。
「少なくとも、以前の体制では、引き受けるのが難しかったと思います」
「なるほど」
「でも、今回は受けられた」
「はい」
大本は、資料を見直した。
「……人が増えたからですかね?」
「それもありますね」
松井が答えた。
「ただ、それだけではありません」
「ほう?」
「今回は、分けて受ける方法を考えられましたからね」
「そうですね」
大本は、うなずいた。
*
「……受けられる仕事が増えたんやな」
大本が言った。
「そうですね」
松井が答えた。
「以前なら難しかった仕事でも、今は対応できる方法を考えられるようになっています」
「ええことですね」
「はい」
松井は、少し笑った。
「ただし、受けられるからといって、何でも受けるわけではありませんよ」
「……そこは、まだ勉強中です(笑)」
大本が笑った。
「そうですね(笑)」
二人は笑った。
*
株式会社カナメは、三十七名の会社になっていた。
社員が増え、組織が変わり、それぞれが担当する仕事も広がっている。
以前なら、引き受けることが難しかった案件。
しかし、今は、どうすれば対応できるのかを考えられるようになっていた。
そして、引き受けられる仕事が増えたからこそ、何を引き受けるべきなのかを考える必要もある。
五月の終わり。
カナメでは、新しく受注した案件の準備が始まっていた。
会社が成長したことで増えた選択肢。
その一つを、社員たちは自分たちの判断で選び、仕事として進め始めていた。
お読みいただきありがとうございます。旭月です。
今回は、以前なら引き受けることが難しかった案件に、カナメが対応するお話でした。
社員が増え、組織が整い、少しずつできる仕事も増えてきました。
しかし、会社が大きくなったからといって、何でも引き受けてよいわけではありません。
今回、お客様から最初にいただいた相談は、複数のシステムを連携させたいというものでした。
ところが、詳しく話を聞いてみると、本当に困っていたのは毎日の重複入力。
そこで、必要な機能から段階的に開発する方法を提案しました。
**お客様が求めたものと、本当に必要としているものは、必ずしも同じではありません。**
そして、今回のカナメでは、営業部が要望を整理し、開発部が実現方法を考え、金目が最終的な判断を行いました。
以前なら金目自身が関わっていた仕事も、今では社員たちが進められるようになっています。
会社の成長とは、単に人数が増えることではなく、こうした判断ができる人が増えることでもあるのでしょう。
さて、今回も大本は一つ勉強になったようです。
受けられる仕事が増えたからこそ、何を引き受けるべきか考える。
……何でも受けていたら、いくら人がいても足りませんからね(笑)。
次回も、引き続きお付き合いいただければ幸いです。




