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カナメ -君はどう考える?-  作者: 旭月
第三章 任せた先にあるもの
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三十五人の年末

 2032年12月。


 大阪・本町。


 株式会社カナメでは、今年も年末を迎えようとしていた。


 四月には、四名の新卒社員が入社した。


 その後も中途採用が続き、開発部では新しい仲間が少しずつ増えている。


 大型案件を担当する開発一課。


 小型案件を担当する開発二課。


 そして、保守・運用を担う基盤運用課。


 四月に始まった三課体制も、今ではすっかり日常のものになっていた。


 そんな十二月の初め。


 カナメでは、今年最後の中途社員を迎えることになっていた。


     *


「……これで、三十五名ですね」


 福原奈央は、社員一覧を確認しながら言った。


 隣では、高瀬が入社手続きの確認をしている。


「そうですね」


 高瀬がうなずいた。


「今年の採用計画も、予定どおり達成できました」


「はい」


 福原は、少し笑った。


「去年の今頃は、二十五名だったんですよね」


「そうですね。一年で十名増えたことになります」


「……結構増えましたね」


「そうですね」


 高瀬も、少し笑った。


 今年四月に入社した新卒社員が四名。


 そして、年間を通じて入社した中途社員が六名。


 合計十名。


 退職者もなく、社員数は三十五名になっていた。


 福原は、社員一覧を保存した。


「……ただ、まだこれで終わりではありませんね」


 高瀬が尋ねた。


「受け入れの方ですか?」


「はい」


 福原は、別の資料を開いた。


「今回入社された方の配属先と、最初に担当していただく仕事についても確認しておきたいんです」


「なるほど」


「入社手続きが終わっただけでは、仕事を始められるわけではありませんから」


「そうですね」


 高瀬がうなずいた。


「各課の受け入れ準備は進んでいますか?」


「はい。配属先の責任者とは確認できています」


「それはよかったです」


「ただ、入社後もしばらくは状況を確認したいと思っています」


「そうですね」


 福原は、少し笑った。


「今年は、採用したあとにも確認することが多いとわかりましたので」


 高瀬も笑った。


「そうですね。来年も続けていきましょう」


「はい」


     *


 十二月中旬。


 カナメでは、年末の社内交流会が開かれていた。


 といっても、全社員が事務所へ集まっているわけではない。


 本町の事業所には、十五席ほどの執務スペースと、一つの会議室、そしてオープンスペースがある。


 社員数が三十五名となった今、全員が同時に集まるには手狭だった。


 そのため、今回は出社している社員と、オンラインで参加する社員が混在する形になっていた。


     *


「……しかし、今年もようけ人増えたな」


 大本恭平が、画面に並ぶ参加者の名前を眺めながら言った。


 隣には、柴崎真帆がいる。


「そうだね」


 柴崎は、少し笑った。


「名前を覚えるのも大変だった(笑)」


「ほんま、それやな」


 大本も笑った。


「去年は、俺らが新人やったのにな」


「そうだね」


「今年は、後輩が四人も入ってきたやろ?」


「うん」


 柴崎は、少し考えた。


「最初は、先輩って呼ばれるのも慣れなかったけど」


「ああ、わかるわ」


 大本がうなずいた。


「なんか、急に偉なった気分するよな(笑)」


 柴崎が笑った。


「偉くなったわけじゃないけどね(笑)」


「……せやったな(笑)」


 二人は笑った。


 今年の五月。


 柴崎は、初めて新卒社員から仕事の相談を受けた。


 自分ではわかっているつもりだったことを、相手に説明する難しさを知った。


 そして、上條に教わったことを思い出しながら、少しずつ後輩の仕事を支えるようになっていた。


 一方、大本も、全社研修で営業の仕事について説明する機会があった。


 自分が松井や小坂から教わったことを、今度は新しい社員へ伝える。


 二人とも、まだ経験は浅い。


 それでも、一年前とは少し違う立場になっていた。


     *


「そういや、来年も新卒入ってくるんやんな?」


 大本が尋ねた。


「うん。二人って聞いてるよ」


「……また後輩増えるんか」


「そうだね」


 柴崎は、少し笑った。


「来年は、もう少し上手に教えられるようになりたいな」


「ええやん」


 大本がうなずいた。


「俺も、もっと仕事覚えなあかんな」


「そうだね」


 そこへ、今年入社した新卒社員が会話に加わった。


「あの、来年の新人研修って、今年と同じような形になるんでしょうか?」


 柴崎が答えた。


「どうだろう。まだ詳しくは聞いてないけど」


「そうなんですね」


「でも、来年も研修はあると思うよ」


「なるほど」


 大本が、少し笑った。


「今度は、俺らも教える側になるかもしれんな」


「そうだね」


 柴崎もうなずいた。


「……ちゃんと説明できるようにしとかないとね(笑)」


「それな(笑)」


 大本は笑った。


     *


 交流会が進む中、社員たちはそれぞれ近況を話していた。


 新しく入社した社員。


 以前から働いている社員。


 そして、普段は別の部署で仕事をしている社員たち。


 仕事ではあまり関わることのない相手とも、こうした機会に話すことができる。


 以前は、事務所に集まれば、ほとんどの社員と顔を合わせられた。


 しかし、今はそうではない。


 社員が増え、部署が増え、普段はオンラインで仕事をする人も多い。


 同じ会社にいても、まだ話したことのない人がいる。


 それも、会社が大きくなったことで生まれた変化だった。


     *


 十二月中旬。


 開発部では、今年の仕事を振り返る会議が開かれていた。


 西田のもとに、田村洋介、尾崎達也、井上修一が集まっている。


「ほな、今年の振り返りをしようか」


 西田が言った。


「了解」


 田村が答えた。


「四月に課を分けてから、もう八か月か」


「早いな」


 尾崎が、少し笑った。


「ほんまやな」


 井上もうなずいた。


 今年四月。


 それまで一つだった開発課を、大型案件を担当する開発一課と、小型案件を担当する開発二課へ分けた。


 基盤運用課と合わせて、開発部は三課体制となった。


 当初は、仕事の進め方や責任の範囲について、確認することも多かった。


 しかし、八か月が経ち、それぞれの課が自分たちの仕事を進められるようになっていた。


     *


「まず、開発一課からどうや?」


 西田が尋ねた。


「そうやな」


 田村は、資料を共有した。


「前より、大型案件に集中できるようになったと思う」


「なるほど」


「今までは、小さい案件も大きい案件も全部見とったからな」


「せやな」


「今は、長期的な予定とか、人員の調整を考えやすくなったわ」


「そらよかった」


 西田がうなずいた。


「ただ、課をまたぐ技術的な相談は、今でもあるで」


「せやろな」


「岩田が開発二課のレビューを手伝うこともあるし」


「そこは、今までどおり協力してもらえたらええと思う」


「せやな」


 田村も、うなずいた。


「課を分けたからいうて、技術まで分ける必要はないしな」


     *


「尾崎の方はどうや?」


 西田が尋ねた。


「こっちは、小さい案件の待ち時間が減ったな」


 尾崎が答えた。


「ほう」


「前は、田村に確認してから進めとったことも、今は課の中で決められるようになったから」


「なるほど」


「案件の進行も、前より早くなったと思う」


 西田がうなずいた。


「そらええな」


「ただ、今年はいろいろあったけどな(笑)」


 尾崎が、少し笑った。


「九月の件か?」


 田村が尋ねた。


「せやねん」


 尾崎は、うなずいた。


「お客様との約束の仕方で、ちょっと行き違いがあったやろ?」


「ああ、あれな」


「でも、あれで新しく入った人への説明も見直せたしな」


「なるほど」


 西田は、少し考えた。


「そういう改善も、これから必要になってくるやろな」


「せやな」


 尾崎がうなずいた。


「人が増えたら、今まで当たり前やったことも、ちゃんと説明せなあかんしな」


     *


「井上の方はどうや?」


 西田が尋ねた。


「こっちは、ようやく改善する余裕が出てきたな」


 井上が答えた。


「ほう」


「毎朝の確認作業の自動化とか、障害対応手順の見直しとかやな」


「せやな」


「小川にも、少しずつ仕事を任せられるようになってきたし」


「それはええことやな」


 西田は、うなずいた。


「ただ、自動化の方は、まだ全部切り替えたわけちゃうで」


「了解」


「異常時の確認も含めて、もう少し様子を見たいと思っとる」


「せやな」


 西田は、少し笑った。


「そこは無理せんと進めてくれたらええで」


「了解」


     *


 西田は、三人の話を聞きながら、資料を見直した。


 大型案件への集中。


 小型案件の迅速な対応。


 そして、運用改善と人材育成。


 それぞれの課で、仕事の進め方が少しずつ変わっていた。


「……こうして聞くと、だいぶ変わったな」


 西田が言った。


「せやな」


 田村がうなずいた。


「去年は、何でも田村のところへ集まっとったからな」


 尾崎が笑った。


「……それは言わんといて(笑)」


 田村も笑った。


「でも、今は尾崎も課長やからな」


「せやな」


 尾崎は、少し笑った。


「……その分、俺のところにも仕事が集まるようになったけどな(笑)」


 三人は笑った。


 西田も、少し笑った。


「まあ、そこはこれから調整していこう」


「せやな」


 田村がうなずいた。


「人が増えたら、また仕事の進め方も変わるやろしな」


「そういうことやな」


 西田は、資料を閉じた。


 四月に組織を分けたことで、すべての問題が解決したわけではない。


 それでも、それぞれの課が自分たちの仕事を判断し、進められるようになってきた。


 そして、新しく入社した社員たちも、少しずつ仕事を覚え、担当できる範囲を広げている。


 会社は、確かに変わっていた。


 人数が増えただけではない。


 その人数で、できる仕事が増えていた。


     *


 十二月下旬。


「金目さん、事務所移転の件ですが、候補物件の比較がまとまりました」


 高瀬が、資料を共有した。


 金目、高瀬、福原、西田の四人が、来年度の準備について確認していた。


「ありがとうございます。ほな、見せてもらおうか」


 画面には、本町周辺の物件を比較した一覧が表示されていた。


 現在の事業所からの距離。


 執務スペースの広さ。


 会議室の数。


 そして、賃料や初期費用。


 それぞれの条件が整理されている。


 現在の本町事業所には、十五席ほどの執務スペースと、一つの会議室、そしてオープンスペースがある。


 リモート勤務を併用することで、普段の業務には対応できていた。


 しかし、社員数が増えるにつれて、会議室や研修スペースの不足が目立ち始めていた。


 新卒研修。


 採用面接。


 顧客との打ち合わせ。


 そして、開発部の設計相談。


 それぞれが重なると、予定を調整しなければならないことも増えていた。


 そのため、福原と高瀬は春頃から事務所の利用状況を確認し、夏には本町周辺の物件調査を始めていた。


 秋には西田も加わり、必要な設備や移転条件を整理している。


 来年度の新卒社員を迎える四月一日を、新事務所の開設目標としていた。


     *


「候補は三件まで絞っています」


 高瀬が説明した。


「いずれも本町周辺で、現在の事務所から大きく離れない場所です」


「なるほどな」


 金目は、資料を確認した。


「会議室は、ちゃんと増やせるんやな?」


「はい」


 福原が答えた。


「研修や採用面接、顧客との打ち合わせを並行できる構成を想定しています」


「そらええな」


「執務席についても、四十名体制を見据えて検討しています」


「なるほど」


 金目は、少し考えた。


「でも、四十人分の席が必要いうわけでもないやろ?」


「そうですね」


 福原がうなずいた。


「リモート勤務を継続する前提ですので、全員分の固定席は想定していません」


「せやな」


 西田も口を開いた。


「開発部としては、出社したときに相談しやすい場所があると助かるな」


「なるほど」


「あと、ネットワークと設備の移設も、候補ごとに確認しとるで」


「そら助かるわ」


 金目は、資料を見直した。


「……まあ、立派な事務所が欲しいわけちゃうしな」


 少し笑った。


「仕事がしやすなったら、それでええんよ」


 福原がうなずいた。


「はい」


     *


「で、肝心のお金は?」


 金目が尋ねた。


 高瀬は、次の資料を表示した。


「こちらです」


 移転に必要な初期費用。


 毎月の賃料と共益費。


 設備の移設費用。


 そして、現在の事務所を退去するための費用。


 金目は、一覧を眺めた。


「……やっぱり、結構かかるな(笑)」


 高瀬が、少し笑った。


「そうですね」


「まあ、そらそうか」


 金目は、資料を確認した。


「ちなみに、今のままやとどうなん?」


「現在の事務所を継続利用した場合、賃料は抑えられます」


「せやな」


「ただ、外部会議室の利用や、予定調整にかかる負担も増えています」


「なるほど」


「また、今後の採用計画を考えると、現在の設備では対応しにくい場面が増えると考えています」


 金目は、うなずいた。


「……ほな、単純に家賃だけ比較してもあかんわけやな」


「そうですね」


 高瀬は、資料を切り替えた。


「移転後の固定費についても、現在の事業計画で負担できる範囲に収めています」


「そらよかった」


「ただし、今後も継続して確認する必要はあります」


「せやな」


 金目は、少し考えた。


「必要以上に広いところ借りても、しゃあないしな」


「はい」


「ほな、条件と費用のバランスがええところにしようか」


     *


 福原が、候補物件の一つを表示した。


「それでしたら、こちらがよいと思います」


「ほう」


 金目は、資料を確認した。


 現在の事務所から、それほど離れていない。


 社員の通勤経路も、大きく変わらない。


 会議室を複数設けることができ、研修にも利用できるスペースがある。


 執務席も、リモート勤務を前提とした四十名体制に対応できる見込みだった。


「……なるほどな」


 金目は、少し考えた。


「西田さん、設備の方は問題なさそう?」


「今のところ、大きな問題はなさそうやで」


 西田が答えた。


「通信回線の工事と、機材の移設については、事前に確認しとる」


「そらよかった」


「ただ、実際の切り替え日程は、もうちょっと詰めなあかんな」


「せやな」


 金目は、高瀬へ目を向けた。


「費用の方も、これで問題ない?」


「はい。事業計画の範囲内です」


「了解」


 金目は、もう一度資料を見直した。


 必要な機能。


 立地。


 費用。


 そして、来年度以降の社員数。


 それぞれを比較したうえで、第一候補を決める。


「……うん。これでいこうか」


 高瀬がうなずいた。


「承知しました。契約条件の最終確認を進めます」


「お願いします」


「四月一日の開設に向けて、準備を進めます」


 福原が続けた。


「頼みます」


 西田も、少し笑った。


「ほな、年明けから忙しなるな」


 金目が笑った。


「……今でも十分忙しいんやけどな(笑)」


 四人は笑った。


 こうして、カナメの事務所移転は、正式な実行段階へ進むことになった。


     *


 十二月下旬。


 株式会社カナメでは、年末の全社ミーティングが開かれていた。


 本町事業所の会議室には、金目と一部の社員が集まっている。


 ほかの社員たちは、それぞれの場所からオンラインで参加していた。


 画面には、多くの社員の名前が並んでいる。


 金目は、その様子を見ながら、少し笑った。


「……ほんま、人増えたなあ」


 西田が、隣で笑った。


「三十五人やからな」


「せやな」


 金目は、うなずいた。


 そして、全社員へ向けて話し始めた。


     *


「皆さん、今年も一年、お疲れさまでした」


 金目が言った。


「お疲れさまでした」


 社員たちから声が返ってきた。


「今年も、いろいろありましたな」


 金目は、少し笑った。


「四月には、新卒の方が四名入ってくれました」


「それから、中途の方も六名入ってくれました」


「おかげさまで、今年の年末には三十五名になりました」


 画面の向こうで、社員たちがうなずいている。


「開発部の組織も変わりましたし、今年は初めて賞与も支給しました」


 金目は、少し間を置いた。


「ただ、こうして一年を終えられるんは、みんなが日々の仕事を進めてくれたおかげやと思っとります」


 社員たちは、静かに話を聞いていた。


「新しい人が増えて、仕事を教える機会も増えたと思います」


「今まで自分でやっとった仕事を、誰かに任せるようになった人もおるでしょう」


「逆に、今年初めて任された仕事もあったと思います」


 金目は、少し笑った。


「まあ、うまくいったことばっかりではなかったと思いますけどね(笑)」


 社員たちから、小さな笑いが起きた。


「でも、そうやって少しずつ仕事を覚えて、任せられることが増えていくんやと思います」


 金目は、画面に並ぶ社員たちを見渡した。


「今年も一年、ありがとうございました」


     *


「それと、来年の話を少しだけ」


 金目が続けた。


「来年も、新しい仲間が入ってくる予定です」


「年末には、四十名体制を目指しています」


 金目は、少し笑った。


「……まあ、人数増やすんが目的ちゃうんですけどね(笑)」


 小さな笑いが起きた。


「みんなが仕事しやすいように、会社としても準備を進めていきたいと思っとります」


 そして、少し間を置いた。


「その一つとして、来年四月に事務所を移転する予定です」


 画面の向こうで、何人かの社員が顔を上げた。


「移転いうても、今の本町から遠くへ行くつもりはありません」


「近くで、もう少し仕事しやすい場所を用意しようと思っとります」


 金目は、少し笑った。


「会議室も、そろそろ足らんなってきたんで(笑)」


 社員たちから笑いが起きた。


「今、候補物件の最終確認を進めています」


「四月一日から使えるように準備していますので、詳しいことが決まったら、改めてお知らせします」


 社員たちがうなずいた。


「ほな、来年もよろしくお願いします!」


「よろしくお願いします!」


 拍手が起きた。


     *


 全社ミーティングを終えたあと。


 金目は、西田とともに事務所を見渡していた。


 十五席ほどの執務スペース。


 一つの会議室。


 そして、社員たちが集まって話してきたオープンスペース。


 以前は、この場所で十分だった。


 しかし、今は三十五名。


 社員が増え、仕事も増えた。


 そして、来年には四十名体制を目指している。


「……三十五人になったんやな」


 金目が言った。


「せやな」


 西田が答えた。


「最初の頃は、こんな人数になると思ってへんかったわ」


「ほんまやな」


 西田は、少し笑った。


「今は、社長が知らん仕事もようけあるしな(笑)」


「……それは、ほんまそうやな(笑)」


 二人は笑った。


     *


「でも、こうして見ると、ちょっと狭なったな」


 金目が言った。


「せやな」


 西田がうなずいた。


「まあ、普段は何とかなっとるけどな」


「うん」


「でも、会議室一つでは、そろそろ厳しいわ」


「せやな」


 金目は、少し考えた。


「……ここにも、ようけ世話になったな」


 西田が笑った。


「まだ引っ越すんは先やで(笑)」


「……せやったな(笑)」


 二人は、また笑った。


 金目は、オープンスペースへ目を向けた。


 ここで、いろいろな話をしてきた。


 仕事の相談。


 新しい社員の紹介。


 そして、これから会社をどうしていくかという話。


 会社が大きくなるにつれて、仕事の進め方も変わってきた。


 以前は、金目自身が直接判断していたことも多かった。


 しかし、今は各部署に責任者がいて、それぞれが自分の仕事を進めている。


 そして、その社員たちが働く場所も、次の段階へ進もうとしていた。


「……まあ、来年もぼちぼちやな」


 金目が言った。


 西田が、少し笑った。


「四十人になる予定やけどな(笑)」


「……ぼちぼちの規模ちゃうなってきたな(笑)」


 二人は笑った。


     *


 2032年。


 株式会社カナメは、三十五名の会社になった。


 新しい社員が増え、組織が変わり、仕事の進め方も少しずつ変わってきた。


 しかし、会社が大きくなったことは、単に人数が増えたということではなかった。


 一人ひとりが仕事を覚え、任せられる範囲を広げ、それぞれの判断で仕事を進められるようになっていた。


 金目が知らないところで、新しい仕事が始まる。


 金目が知らないところで、問題が解決する。


 そして、その仕事を支える人たちが、少しずつ増えている。


 その積み重ねが、三十五名という数字になっていた。


 来年には、新しい事務所へ移る。


 そして、さらに新しい仲間を迎えることになる。


 会社の姿は、これからも変わっていくだろう。


 それでも、日々の仕事を一つずつ進め、必要なことを考え、誰かへ任せていく。


 その積み重ねは、これからも変わらない。


 株式会社カナメの2032年は、こうして静かに幕を閉じた。

お読みいただきありがとうございます。旭月です。


今回は、2032年最後のお話でした。


カナメの社員数は、ついに三十五名。


昨年末の二十五名から、十名も増えたことになります。


四月には四名の新卒社員が入社し、その後も中途採用を続け、十二月には今年の採用計画を達成しました。


……一年で十名増えるというのは、なかなかの勢いですね(笑)。


さて、今年のカナメでは、社員が増えただけでなく、さまざまな変化がありました。


まずは、四月の開発部の組織再編です。


それまで一つだった開発課を、大型案件を担当する開発一課と、小型案件を担当する開発二課に分けました。


基盤運用課と合わせて、三課体制になったわけです。


開発一課では、田村が大型案件に集中できるようになりました。


開発二課では、新しく課長となった尾崎が、小規模案件の判断を担うようになっています。


そして基盤運用課では、井上たちが日々の運用だけでなく、以前から後回しになっていた改善活動にも取り組めるようになりました。


もちろん、組織を分けたからといって、すべての問題が解決したわけではありません。


課をまたぐ調整も必要ですし、新しい社員の育成にも時間がかかります。


それでも、それぞれの責任者が自分の判断で仕事を進められるようになったことは、大きな変化だったと思います。


そして、今年は初めて賞与が支給されました。


四月二十日に賞与。


その三日後には、通常の給与。


大本が大喜びしていたのも、記憶に新しいところですね(笑)。


一方、金目と高瀬にとっては、短期間に二度の大きな支払い。


……同じ一週間でも、立場によってずいぶん見え方が違うものです。


もっとも、社員たちが喜んでくれたことは、金目にとってもうれしい出来事だったのでしょう。


そして、もう一つ。


今年は、新しく入社した社員たちが、少しずつ仕事を覚え、任せられる範囲を広げていく姿も描いてきました。


柴崎は、初めて後輩から相談を受けるようになりました。


大本も、営業部で学んだことを、新卒社員へ自分の言葉で説明できるようになっています。


二人とも、まだまだ経験は浅いですが、一年前とは確かに違う姿になっていました。


新しく入社した社員が仕事を覚える。


その社員が、やがて次の社員へ仕事を教えるようになる。


そんな積み重ねが、会社の成長を支えているのでしょう。


さて、今回はもう一つ、大きな話がありました。


事務所の移転です。


カナメでは、リモート勤務を併用しながら、本町の事務所を利用してきました。


しかし、社員が三十五名となり、会議室や研修スペースの不足が目立つようになってきました。


そこで、来年四月一日の開設を目指して、本町周辺で新しい事務所を探すことになりました。


もっとも、今回突然思いついたわけではありません。


春頃から利用状況を確認し、夏には物件調査を始め、秋には必要な設備や費用を整理していました。


そして、十二月にようやく第一候補を決めたわけです。


……事務所の引っ越しというのも、なかなか大変ですね。


新しい事務所を借りるとなれば、賃料だけでなく、初期費用や設備の移設費用も必要になります。


そのうえ、社員が普段どおり仕事を続けられるように、移転の準備を進めなければなりません。


今回の金目も、立派な事務所を持ちたいという理由で移転を決めたわけではありませんでした。


社員が仕事をしやすくなること。


研修や打ち合わせを、必要なときに行えること。


そして、今後の四十名体制にも対応できること。


そうした実務上の必要性から、移転を判断しています。


**会社が大きくなったから立派な事務所を持つのではなく、仕事を進めるために必要な環境を整える。**


このあたりは、金目らしい考え方なのかもしれません。


さて、今回の最後。


金目と西田は、今の事務所を眺めながら、これまでのことを振り返っていました。


十五席ほどの執務スペース。


一つの会議室。


そして、社員たちが集まって話してきたオープンスペース。


この場所で、カナメは少しずつ大きくなってきました。


しかし、今では金目の知らないところで、新しい仕事が始まり、問題が解決するようになっています。


社員が増えただけでなく、判断できる人が増えた。


そこに、会社としての成長があるのだと思います。


そして、来年。


カナメは新しい事務所へ移り、さらに五名の仲間を迎える予定です。


年末には四十名体制を目指します。


会社が大きくなれば、これまでとは違う仕事や課題も生まれてくるでしょう。


それでも、一人ひとりが自分の仕事を進め、必要なことを考え、誰かへ任せていく。


そんな積み重ねを、これからも描いていきたいと思います。


2032年のカナメにお付き合いいただき、ありがとうございました。


次回からは2033年。


新しい一年も、どうぞよろしくお願いいたします。

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